sakuraの日記
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自分のあさましさと醜さに嫌気がさした。
貪欲なわたし。。。
我慢の出来ないわたし。。。
ずるいわたし。。。
あぁ〜、いやなとこばっか。
決断力もなければ、勇気もない。
思い切りも悪い。
あぁ〜、なんて、歯切れが悪いんだろ。
一番嫌いなものが自分の中にある。
なりたい自分に、なかなかなれない。
親の愛情という名の元に、縛り付けるのはもうやめて。
依存心の強いわたしは、そうやって作られたんだ。
こんな年になっても、依存心が強いのなんて、なんの自慢にも
なりゃしない。
もっと、自分を好きになりたい。けど、なれない。
わたしを無能扱いするのは、やめて。
欠点が多くたって、私にだって、いいところはあるはず。
どんなに愛してくれてても、どんなにいいものを与えてくれてても、
本当に育てて欲しかったのは、自尊心。
私には自尊心が欠如している。
親の愛の名の元に、何も出来ない私に不足しているものを、与え続けて、
やっぱり、自分では何も出来ない事を思い知らせてきたから。
私はどんな小さな事でも、自分には出来ないと思い込んで育って来た。
今でも、あまり、自信が持てない。
幼少期の経験は、生涯に渡って、尾を引くものなんだと、思い知らされている。
この年になって、あぁ、私にもほんとは出来たんだって、気が付く。
でも、過去のその時に、私には出来るんだって、そう思いたかった。
親の愛って、怖い。
子どもをいかようにもしてしまう。
良くも悪くも、そこに生まれてしまったのだから、仕方がない。
親として、するべき事もして、愛情もしっかりと与えてくれてるとは思う。
その事には、感謝してる。
でも、子育てって、難しいものなんだろうな。
私はまだ、親になってないから、具体的には分かってないかも知れないけど、
でも、子どもは育てられ方を選べない。
今さら言っても仕方がない。
頭ではわかっていても、なかなか前を向けない。
あるいは、前を向いていても、結局、また、同じ目にあっている。
心から、子の成長を喜ぶ部分と、足を引っ張る部分が親にはあるのかもしれない。
親が子に注ぐ、無償の愛って、どんなだろう?
保護すべき部分と、放任する部分の微妙なバランスがなかなか取れないもの
なのかもしれないな。
でも、子が感じている、そういうデリケートな部分に気が付かないって、
ある意味、気楽でいいよね〜
そんな気に私もなりたいわ。
今は親が年取った分、こっちが、また違う悩みがあるよね。
心の中までは見えないもんね。
どうやって、脱皮するかな。。。わたし
ほんとに、決断力ないのは、こういう時困る(-.-)
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