日記のようなもの
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| 2024年03月29日(金) |
-3/29 ☆サクラサク、チカラツキル |
さて、金曜日
朝から天気は大荒れ 午後にはよくなるみたいだけれど
なんか、午後イチで八街まで納品に出ることに おお!すごい久しぶりだ!
って、昼前から準備するけれど まだ雨降ってるので濡れた荷台に毛布ひいて 最後はホロをかけて
で、メシ食って あとは出るだけって、昼休みにクルマでゴロゴロしてたら
姉から 「父、朝から呼吸が苦しいようでかなりの酸素吸入しています なるべく声掛けしてほしい との連絡あり 面会時間関係なく会えます 気兼ねなく会えるように個室に移動中」 との連絡
ま、一刻を争う状況ではないらしいので すぐには行かなくていいだろうから
まずは納品終わらせてから考えましょう
と、思いながらもちょっと悶々と
ま、急ぐことでもないなら定時後の夕方でもいいのかな?
で、出発して八街へ
雨が止んだからOKとか思ったけれど 高速乗ったらまた降ってきた
一応、ホロはってるので ゆっくり走行で佐倉ICまで
京葉道路の穴川で事故とのことで渋滞が伸びていたけれど なんとか、東関道に逃げれた
そして、八街に着いたら急に晴れた!
いや、前に来たのは2006年の年末だから すんげー久しぶりだ
納品するブツをおろして ついでに廃パレットやらを降ろして
あとは帰るだけ
近くのホムセンの駐車場で飲み物買ってひと休憩
降ろすときにバタバタしたから 一気に体温上がったわw
で、ゆっくりと会社に戻ったら16時前
軽く休憩して片付けやらしたら定時で終了
いや、怒涛だったわ 疲れた…
で、帰宅したら実家に長姉が来てたので オヤジの様子を聞く
そんなに大変そうな状況でもなく 念のためなカンジらしいけど
まぁ、会いに行ってみるかな? と思ったら、ニモも「行く!」とのこと
ニコはまだ風邪気味でまだパジャマなので 「行きたい」ってのをガマンしてもらってお留守番
そして、ニモと病院へ
酸素を最大の12リットルぶち込んでも 血中酸素飽和濃度が80と不安な数字
でも、心拍と呼吸は安定しているので大丈夫かな?
ただ、痰が多いようでゴロゴロ言ってるのは気がかり
ニモが一生懸命「おじいちゃんがんばって!」って 声掛けしたけれど反応はナシ
でも、きっと届いてる
ま、長居してもなんなんで10分ほどで撤収 スタッフセンターにお礼を言ってさくっと帰宅
コレなら明日に予定しているお出かけも出れるかな?
で、実家に行ってたヨメも帰って来て メシを食いに出て、家に戻ってチビらと風呂に入ってたら
下の姉から電話 「病院から電話あって、心拍が乱れて安定しなくなってきたから できれば家族は来てほしい」ってことで
急いで服を着て隣のお袋に声をかけて
で、髪の毛乾かしたりして10分後に出発
今夜は長くなりそうな雰囲気
病院に着いたら上の姉も到着 一緒に病室へ
って、入ったら ピーッという音に 数値がゼロになった計器
先ほど、呼吸が止まったとのこと
あれ?マジ? 死んじゃった?
あらま〜
まぁ、あれだけしっかりしてた心拍が乱れたってことは そういうことだよな
心配していた最悪の方になったか
ま、しゃーない
今まで何度も乗り越えたから 今回もって思っていたけれど
今度はダメだった ということ
お疲れさん、としか言えないかなぁ
いやいや、こいつはまいった
どうするよ?www
途方に暮れることしかできずに 涙も出てこない
って、いつ死んでもおかしくなかった この4年
よくがんばったね お疲れさまでした
コレばっかりはしょうがないさ
で、親子が揃ったので 先生を読んで死亡確認
診断書的には22:18
そんなもんよね
で、コレからどうする? 置いてくわけにもいかず 持って帰るのもムリ
とりあえず、葬儀屋と事前契約みたいなことしていたみたいだから 問い合わせてみたらビンゴ
引き取りに来てもらうことに
で、葬儀をどうするか
理想は 明日に通夜、明後日告別式
って、明々後日が4/1の月曜日 週明けの新年度で チビかずが警察学校入校 次姉のトコに2人が看護学校卒業からの病院配属って
孫8人中3人が就職の新生活
なにがなんでも明後日の日曜までに終わらせないといけない
というカタチで話を進めることに
12時半ぐらいに葬儀屋に人が到着して いろいろとひと悶着
家に連れて帰りたいけれど 明日の9時には回収しないといけないらしく オレ的には全然かまわないのだけれど 姉2人が拒絶
家には連れて帰らないことに
そこらは無念だけれどしゃーない
とりあえず、家族葬で通夜はやらずに 告別式のみということに
そしたら、明日は準備だけでいいやね
まぁ、出たとこ勝負だ
悲しむ暇もないw
実際、寂しさはあるけれど 悲しさはない
4年間頑張ってくれたおかげで そこらの覚悟は出来てたので ある意味感謝だなぁ
いや、喪主かぁ まいったなぁ
父親の死を悲しむ暇もないw でも、それもいいのかもね
89年お疲れさまでした
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