つれづれ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2012年04月23日(月) |
ブラビーに給餌。またしてもダニイボ!久々にマサコさんと。 |
逗子在住の同い年のマサコさんとは昭和の終わり頃、とある職場で知り合った。彼女はその職場へ給食を運んでくる仕出し弁当屋のパートさんだった。弁当と一緒に出す味噌汁を作り、食堂の掃除をしていた。彼女は奥様なのだがとても働き者でしかも職種を選ばない。
私は息子を保育園に預けるためどうしても働かなくてはならず(今では障害児の母親の就労は免除されている)人材派遣会社から派遣されてドイツ語の技術翻訳をしていた。(かなりちんぷんかんぷんではあったが。)
殆どの障害児家庭では就労実態はなくてもコネを使って雇用証明書を用意していたが、ウチにはそんな才覚はなく、律儀に働いていたのだ。だが、保育園と職場は遠く、その上目を離せばすぐにどこかに吹っ飛んで行ってしまう息子の育児と家事をこなすのは本当に辛かった。ヘトヘトクタクタだった。
平成元年になってまもなく舅が急逝した。いろいろな事後処理をしなければならない。息子の世話を頼むため神戸から姉に来てもらった。だが姉は保育園がどこだか分らない。その時、マサコさんが車で我が家まで姉を迎えに来て一緒に保育園に息子を迎えに行き、スーパーでの買い物にも付き合ってから2人を自宅まで送り届けてくれたのだった。2日間だったか。
それを私は非常に恩に着て今に至っている。数年に一度しか会っていなかったのだが、またもや偶然縁があった。夫君も働き者で定年退職後、いろいろな職を得ていたが、去年からとある障害者グループホームのパート職員になった。そこの居住者M田くんが我が息子の通う施設に入ってきた。そこでマサコさんの夫君がM田くんに「S井くんを知っているか?」と尋ねたところ、他のことは全然喋らないが、それから毎日S井くん(我が息子)の動向だけを知らせてくれるようになったという。
というのでマサコさんから電話がかかってきたので、「会おうよ!」ということになり今日来宅した。まず近くのバーミヤンでランチ。ここはすかいらーくグループ勤務のマサコさんの長男さんが統括担当している店舗だとのこと。偶然、その息子さん(とてもイケメン)も業務で来店していた。
その後、ウチへ戻り、お喋りに打ち興じる。マサコさんには一女二男がありそれぞれに孫がいる。ウチとは全く異なる濃密な一族家族関係の話を聞く。 働き者のマサコさんは今でも近くの老人宅で時々ヘルパーをしているという。趣味は20年来の鎌倉彫とダンス体操。聞けば鎌倉彫にはものすごくお金がかかるそうだ。すぐにン十万円になるそう。\(◎o◎)/!
4時半ごろ帰宅した息子の顔を見てからマサコさんは帰途に着く。 マサコさんちにも愛護センターからもらい受けてきた犬がいてもう18歳になる。猫には興味はないようだが、トム、シルビア、サミー、ミニーが出てきた。トムは撫でてもらってゴキゲン。
******
暴風雨ではないが一日中、結構強く雨が降り続いた。 午後8時15分ごろになって山手へ。 ブラビーはやはりトラックの下で待っていた。
いつものように遊び食べしながら時間をかけてほぼ完食。 右耳の付け根にまた新たなダニイボができている。 明日フロントラインするつもりだが、やっぱりむしり取り踏み潰す。
9時15分くらいに帰宅し、テレビタックルを見ていたらO田さんから電話がかかってきた。シタンダ公園猫のことをTウチさんから聞いた、餌やりさんのS木さんが老母に餌やりを止めるように泣いて言われて苦慮している、とても心配だから給餌に行こうかと思う云々。
かもめ町で手一杯のO田さんに余計な話を聞かせるTウチさんには腹が立つ。シタンダ公園猫のTNRの際、手伝ったので11匹の猫たちの健気な姿が脳裏に焼きついて離れないという。 だが、私も相談を受けているし、それは当地の人々に任せてO田さんは手を出さないように懇々と諭す。O田さんは20匹もの猫を家に抱えているのでそちらの世話に専念しなければならない。その支援態勢についても少々考えていることもある。
|