つれづれ日記
DiaryINDEXpastwill


2011年07月21日(木) ワカメとブラビーに給餌。ユウコさんと講演会、展覧会へ。

今日は西公会堂で行われた、やまゆり知的障害者生活サポート協会主催のやまゆり研修会にユウコさんと一緒に行ってきた。この世界では有名な堀江まゆみ氏(白梅学園大学教授)が「地域で安心して暮らす〜グループホーム、ケアホームの現状とこれからへの期待、権利を守ることと後見制度なども交えて〜」と題して講演を行った。堀江氏の人気は高く聴衆が100人を越える盛況ぶり。

氏は長年に亘り障碍者の権利擁護活動を続けてこられ、話のすべてが実体験に基づくものだったので聴衆みんな(半数が保護者、半数が施設やホームなどの支援者だとのこと)が頷きながら2時間みっちり聞き入った。話し方も明るく分り易く優しい人となりが偲ばれた。

12時を過ぎお腹も空いたので高島屋8階の食堂街、ローズダイニングへ。ユウコさんの勧めでホテルニューグランドのレストランに入り、ふたりともシーフードドリアを注文。ご飯は少なくて具がたっぷり。ホワイトソースが濃厚でおいしかった。コーヒーも注文しひとり2500円ほど。主婦のランチにはちと高めだがおいしかったし偶のことだし。

みなとみらい線に乗って3駅の馬車道へ。だが、またまたお喋りしていて乗り過ごし戻る羽目に。馬車道駅の真ん前の神奈川県立歴史博物館へ。古い建物でレトロ感いっぱい。ここでは特別展「ワーグマンが見た海〜洋の東西を結んだ画家〜」を鑑賞するためだ。説明は以下。

≪・・・1832年、イギリスに生まれたワーグマンは、25歳の時、同国で発行されていた新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の外国特派員となります。地中海、紅海を経て、当時の中国に赴き、アロー戦争を取材し、多くの絵を同紙に掲載しました。その後、1861年、文久元年、開国間もない当時の日本を欧州へ紹介すべく来日しました。横浜に住まいを定め、同紙に挿絵や記事を提供するほか、風刺誌『ジャパン・パンチ』を発刊し、報道画家として活躍しました。また、慶応元年(1865)には近代日本洋画界の先駆けとなった五姓田義松が、そして翌年には高橋由一が入門し、彼らに西洋絵画技術を伝えたことでも知られます。その意味では、まさに近代日本美術史の幕開けの年でもあります。・・・≫

ボランティアガイドの説明を受け、ぞろぞろと会場を歩く。膨大な数の展示品が集められていてビックリ。
日本女性(小澤カネ)と結婚し一男(一郎)をもうけ、59歳で日本に骨を埋めたワーグマンはとても優しい人だったように感じられた。

喫茶室があったので入ってみたら「手をつなぐ育成会」のふれあいショップだった。道理で値段が安いと思った。でもアイスコーヒーもおいしかった。ウェイトレスさんは障碍女性だがとても立派に仕事をこなしていて感じがいい。

4時半を過ぎ、関内駅まで歩こうと外へ出てすぐにユウコさんが「ここは岸恵子の行きつけのブティック」だという店を覗いてみることに。店名は人名(オーナー?)のようだったが忘れてしまった。ショッピングの好きなユウコさんと一緒でないとまんずこんな高そうなところに入ることはないのでいい機会だ。するとサマーバーゲンをやっていた。黒木綿の長いブラウスが1万円引きの2万3千円ほどだったのをユウコさんが気に入り買い求めた。

2階もあるというので目の保養に上がってみる。ランバンスポーツだったかゴルフウェア的なものが目に入った。大阪のネット友、ジュリママに似合いそうだ。(といっても未だ会ったことはないのだが。)

通行人に尋ねつつ関内駅に辿り着いたが、乗り込んだ電車が動かない。磯子駅でなんとかかんとか。座って待ったのだが動きそうにないので地下鉄で横浜まで戻ろうと階段を降りかけたところでアナウンスが入り、電車に戻るとすぐに動き出した。いつぞやもユウコさんと根岸線に乗っている時に立ち往生した。

地元駅のダイエーに入り、食料品売り場に行こうとしてふと思いついて2階の婦人服売り場に行ってみる。バーゲンをやっている。バッグとブラウスで3400円ほど。ハハハ、ユウコさんと一桁違うわ。これで十分、十分。

帰宅してすぐに着替えもせずに山手へ。丁度7時ごろ。
特別棟の前に警備員のHヅメさんが立っていてその近くにワカメがいた。「ワカメ〜〜!」と呼ぶと駆けて来た。Hヅメさんに会うのも久しぶりだ。

駐車車両がいっぱいだったが、リターンビジットで海外からお客さんが来るのでホストの車なども集結しているのだという。終業式は昨日だった由。

ブラビーも現れて一緒に坂を上がる。ハウスの水容器を引き上げに行くとトレイが2個出ていた。給餌されたらしいが2匹ともよく食べた。

4号棟脇を通って山手へ行く時にはなかった腹黒の車が帰りにはあった。すると駐車場からの帰り道、またしてもウチの入り口で何か悪事を働いたに違いないのでよくよく観察するとアガパンサスの葉の根元にセロファン紙の包み紙がたくさんつっこんであった。

そこへ4階の住民が帰ってきて「何か探してるんですか?」と言うのでかくかくしかじかと少し話したら、それを聞いていたのか地獄耳の腹黒が早速無言電話を寄越した。ウザイのでやっぱりナンバーディスプレイを契約しようか。月400円といえども腹黒のために出費したくない気持ちでいっぱいだがウザ過ぎる。被害者の殆どはナンバーディスプレイにして非通知電話はお断りにしている。そこで我が家に迷惑電話が集中するのだ。全くあほらしい。


ネコロジーHP主催者 |HomePage