つれづれ日記
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| 2011年05月30日(月) |
ワカメとブラビーに給餌。 |
昨夜、山手の給餌から帰り、そのままリビングのソファに座り込み、ドラマ「マルモのおきて」とそれに続くニュース番組を見てしまった。11時になってやっとパソコンを開きメールチェックなどの後、この「山手ネコロジーつれづれ日記」を書き始めた。あっという間に12時近くになり眠くてたまらなくなった。
寝る前に3つの猫トイレの掃除をしたりしているうちにもう12時半。 さて、寝ようと自室に入ったら昼間にバザーで買い込んだ大量の衣類が散乱している。いちいち試着してから片付けていたらあっという間に1時半を過ぎる。
ベッドに倒れ込みバタンキュー。目をつぶった、と思ったらもう目覚ましが鳴って6時半。眠い、しんどい。みんなを送り出したらゼッタイ、ベッドに逆戻りしよう!と思ったのに、起きたらすぐに雑事山積。眠気もしばし吹っ飛ぶ。
10時過ぎ、ユウコさんから電話。7月25日(月)の午後、大船の鎌倉芸術館で、谷川俊太郎の詩の朗読と音楽(ハーモニカ・ピアノ)の大震災チャリティーコンサートがあるので切符をもう買ってしまった。都合はいかが?というものだった。う〜〜ん、朗読ねえ。2500円かあ。
彼女は私より友人が遥かに多いので私が行かなくても相棒には困らないから断れるのだが、私と行きたいようだったのでOKした。チャリティーだし。
タイミングよく今日の夕刊に谷川俊太郎の「生きる」という詩の記事が出ていた。数十年前の作品なのだが、大震災のこの時期、内容が心打つものなので大人気になっているという。ACの「こだまでしょうか」をキッカケに何度目かの金子みすずブームが沸き起こっているのと同様らしい。
実は私は詩の良さが分らない。心を動かされることも少ない。例外は金子みすずだけ。被○○(弱者といおうか)に寄せるその身になりきった思い、表現が新鮮でどの作品も心に染み渡るが、とりわけ「みんなちがってみんないい・・・」がどんな差別禁止条例よりも分かり易い。
結婚後はあまりにも悲惨な人生だった。彼女を「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛した大御所西条八十は、苦しい現状から抜け出すため淡い期待を寄せたみすずに救いの手を差し伸べなかった。死後も完全無視した。彼女の才能に嫉妬したのだろうか?残念に思うあまり西条八十に八つ当たり。
家事を済ませ録画番組を見ているとやはりウツラウツラ。だが、もう午後だ。夕食の下ごしらえをしなくては。かくして今日もまた昼寝なし。ま、昼寝をすると返ってボーっとするから、我慢できたら、昼寝はしない方がいいと思っている。
まだまだ話題はあるのだが、書いている時間がない。眠い。
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午後8時ごろ山手へ。 ワカメとブラビーは正門脇の「東側猫庭園」の上にいた。 ワカメが高いところから飛び降りなくて済むように石垣に沿って歩いて行く。ブラビーが下の歩道を歩いたり、石垣の上に飛び乗ってワカメの行く手を遮ったり。ワカメが落ちないかとハラハラした。
水容器を引き上げてロッカー餌場へ。ワカメは歩くのが本当に遅くなかなかやってこない。
シーバ2袋、ニャンミー缶2個。喜んで食べた。 ワカメにライトを当ててよく観察する。だが、たまには週末の昼間などに来て明るいところでチェックしないとね。
今日は狸用にドライだけ持ってきた。余り餌はなし。ちっともねだりに来ないからわらびはもう食べに来ていないと思う。
帰りに突風が吹き、飛ばされそうになった。 軽いワカメは大丈夫だろうか?とまず心配になる。地面に近いところにいるから大丈夫だとは思うが。
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