つれづれ日記
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| 2011年03月05日(土) |
ワカメとブラビーに給餌。タヌキは来て食べた模様。 |
今日、明日は晴天で花粉量は非常に多いとのこと。夜の給餌は仕方がないが日中は一歩も外へ出ないようにしよう。
朝食後はそうでもないのに昼食後は必ず睡魔に襲われ猛烈に眠くなる。何故?「ヤフー知恵袋」にでも訊いてみようか。たちどころに回答が来るらしい。うろ覚えの事柄などインターネットの検索には常時お世話になっているが、未だ「ヤフー知恵袋」なるものにアクセスしたことがない。
例えば、以前は翻訳で四苦八苦したものだったが、そういった原稿も「知恵袋」に丸投げすれば無料で翻訳が得られ、それを依頼元に渡して翻訳料を稼ぐ、というようなズルイことも可能になるではないか!? 昔おばさんにはもう何が何だか分からない。
ハングルをトイレ学習しているがさっぱりだ。意味を知るだけならばそれこそ自動翻訳機か知恵袋で用が足りる。だが台詞を自分の耳で聞き取りたいのだ。何のために?(こないだミツコさんにも即座にそう訊かれた。)う〜〜ん、実利的な目的はない。喋っている言葉をそのままこの耳で聞き取り理解したいというのはどういう欲求だろうか?カッコよく言えば「知的欲求」か。いや、そんなカッコいいものではない。単なる趣味か。しかも耳がどんどん悪くなっているので、効率の悪い趣味だ。
さて、たった今考えついた。今、騒がれている「知恵袋」の知恵を丸々借りて彼が京大に入学できたとする。数学に至っては全問、知恵袋に頼っていたという。それでも入学しさえすれば何とかなってしまう、日本の大学は情けないではないか。諸外国の大学のように、大学入学資格試験さえ受かれば大体の大学には入れるが卒業するには猛勉強しなければならないようにしてしまえばいいのに。口頭試問も課せば借り物の知恵など全く役に立たなくなる。
大学全入時代到来というのもおかしい。「みんな違ってみんないい」の精神でそれぞれの興味と意欲と能力に従っていろんな進路が開けるべきだ。偏差値秀才だけが価値があるのではない。一度働いてから、必要を感じて学校(大学や専門学校)に戻ってもいい、戻れるような社会であるべきだ。
それに「新卒偏重」というおかしな慣習は日本だけのものではないか?いいところに就職できなかったが、「既卒」では「キズが付くので」留年して「新卒」を装う、そのためにまた授業料を払うなんて、呆れ返って絶句だ。
「中途採用」(見下した響きあり)でも立派に一流企業に行ける。一流企業に行かなければいけない理由もないが。家庭の事情で中卒だったある人は働きながら英語学校で猛勉強して外資企業に転職。また働きながら通信教育で大学院まで進み先輩を差し置いて支店長にも抜擢された。
今の時代、そういうことは不可能なのかなあ?さっぱりわからん。
******
午後7時40分に山手へ。 校舎のあちこちに明かりが点いていてカフェテリアの前には人だかりが出来ている。生徒かなあ?遠くてよく判らない。
ハウスへ行くと左からブラビー、右からワカメが出てきた。 タヌキの餌場にフードを置いていつものように呼びかけておく。
ハウス右のカイロは暖かいが左は冷たい。昨日と同じ。部員の誰かが来たのかなあ?
ロッカー餌場に着いても猫たちはあんまり食べない。ワカメは水ばかり飲む。ブラビーでさえあんまり食べないからやっぱり昼間に給餌されたのかも。
片付けてハウスへ行こうとしても猫たちはトラックの前でストップして従いてこない。
ひとまず水容器をハウスの間に置いて、タヌキの餌場に残り餌を置きに行く。犬缶はすべてなくなっており、ドライも食べている。おおたぬかこたぬか分らないが来て食べた模様だ。残り餌を置いてまた呼んでおく。
ハウスまで戻ったが猫たちはまだトラックの前にいる。挙動不審。 戻って写真を撮ることにする。パチパチやっていると「こんばんは!」とどこからか声がする。2階の扉を開けてN村さんがこちらを見下ろしている。
もう一度ロッカー餌場に上がって焼きカツオを与えてみる。ワカメが喜んで食べ始めたらブラビーも食べようと寄ってきた。するともうワカメは食欲を失いその場を離れる。ブラビーが2本とも食べてしまった。
今夜は暖かいからかワカメは歩道に座ってノビノビしている。ハウスに行く気はないようだ。道路の真ん中でノビノビされると危ないので庭園内へ追い立てる。
何だか腑に落ちないが・・・
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