つれづれ日記
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| 2009年11月20日(金) |
ワカメとブラビーに給餌。ゲンキ、暖かい家庭募集中。 |
友人から情報を得て、東神奈川の神奈川公会堂へ行ってきた。「星の国から孫ふたり」という映画の自主上映会があった。会場はほぼ満員の盛況だった。
「寝たきり婆ぁ猛語録」など介護問題の書を著している門野晴子さんというノンフィクション作家がいる。娘さんが福祉の勉強のためアメリカのバークレイに渡りアメリカ人と結婚。一男一女に恵まれるが、ふたりとも自閉症だった!ひとりだけでも大変な自閉症幼児を二人も抱えて娘さんは悪戦苦闘。
そこでおばあちゃんの門野晴子さんの出番だ。日本での仕事もあるからバークレイとは行ったり来たり。孫のエリックとジェニファーの面倒をみるうち、彼の地での恵まれた自閉症療育事情を本にした。すると遅れている日本との余りの違いに日本の当事者たちが門野さんに情報を寄せ始めた。
孫たちとの日々を描いた本も3冊発行し、車椅子の女性映画監督、槙坪多鶴子氏が映画化した。今日の上映会でも舞台挨拶があった。キャストは非常に豪華。
友人から情報を得てすぐ図書館で「星の国から孫ふたり」を借りて読んだ。彼の地では、1歳半〜3歳くらいで自閉症と診断されるや、療育専門家が次々と訪問してくれて至れり尽くせりのケアが始まり、ぞれがずーっと継続する。しかもすべて無料。日本では高額の謝礼を払ってもこんな良質のサービスは得られない。羨ましくて涙が出る。
それどころか日本では小泉政権の下、「自助努力、応益負担」などという掛け声と共に悪名高い障害者自立支援(その実妨害)法があっという間に施行され、重度になればなるほど障害者は寝返りひとつ打つにも、助けを借りればお金をむしり取られるようになってしまった。 この国では、不慮の事故で障害者になったり老化により何らかの障害を負っても安心して生きていけないようだ。誰にとっても他人事ではないはずだが、世間の関心は薄く偏見は濃い。
それはともかく、映画そのものは日本の家庭での出来事に置き換えられていた。暖かい親族、理解ある幼稚園、周りの商店、すべてが美しく仕上げられていた。これまであったテレビドラマと同じかそれ以上に「美しい」。当事者からみれば、「実際にそうだったらいいのになあ・・・」と熱望する夢の世界だ。それでもいろいろと昔を思い出して涙すること多。
上映終了後、別室で12時半からフリートークをするというので、隣接のサティで弁当を買い込み参加してみた。
神奈川公会堂での上映会を主催した「ラビーの会」というのは若いお母さんたちたった4人で、この映画の上映を目的として結成されたのだという。司会進行役はジャネット・ジャクソン似の元気はつらつとした女性でダウン症児のお母さん。4人のうち自閉症児のお母さんはひとりだけ。
集まったのは20人ほどだが、当事者ばかりでなく支援したいから来たという人や熱意ある支援センターの職員が何人もいたのには驚いたし、非常に嬉しく思った。
私は場違いな「大先輩」だったのだが、「ジャネット」さんに口説かれて今後の協力を約束することになった。
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午後7時45分、山手へ。 ワカメは山から出てきたが従いてこようとしない。抱っこしようと追いかけると逃げる。そうこうしているうちに私の声を聞きつけてブラビーがやって来た。するとワカメはますます逃げる。
その場は放っておいて、ひとまずロッカー餌場に行くことにした。ブラビーはすぐにやって来たがワカメはいつまで経っても来ない。ロッカー餌場の前にはトラック類は1台も停まっていない。ワカメが隠れる場所がないから来ないのか?
カリカリとdbf缶をブラビーに与えるが、彼もしきりにワカメのことを気にしているふうで食が進まない。
餌バッグを持ってワカメを呼びに行くと、まだスカイラインの階段でじっとしていた。ブラビーが従いてくるし、ワカメはこちらに来られない。そのうちにブラビーがワカメを追いかけ、ギャーッ!と言わせている。しょうがないなあ・・・
ワカメが何とか庭園にやって来た。ブラビーが来るので岩場に逃げる。抱っこしようと近寄り尻尾を踏んでしまった。ワカメはギャーッ!
ブラビーに追いかけられてハウス左に飛び込んだ。ミニトレイにシーバを2袋開けてハウスの中に差し入れる。ブラビーが覗き込もうとするので阻止する。ワカメは何とか1袋半ほど食べた。そうして隙をみて右のハウスに移った。やっぱり右がワカメのハウスなんだ。
ロッカー餌場に戻るまでにもブラビーはとにかくゴロンゴロンして甘える。 カリカリもdbf缶も気に入らないようだが、少し食べた。だが、空腹になれば後で食べるだろう。
給水し戻ってきたらブラビーはいなくなっている。さっき本館前の植え込みにいたのに。
ワカメへの給餌方法については本当に頭が痛い。ブラビーを排除することはできないが、もしできたとしても、すぐまた別のオス猫が来るだろうし。
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