つれづれ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2009年09月09日(水) |
ワカメと黒アメに給餌。ゲンキ入院中。Nさん突然現れる。 |
午後7時40分ごろ山手へ。雨がポツポツ降ってきた。 ワカメは昨日と同じく山の石垣の上で待っていた。
一緒にロッカー餌場へ。本館には今夜も灯りが煌々と点いている。 黒アメはトラックの下にいなかったのだが、ワカメにカリカリを与えているといつの間にかトラックの下にいる。鳴きもしない。カリカリのトレイを差し入れると相変わらずシャーしている。
dbf缶を開けてもワカメが食べないのでそのトレイもトラックの下に入れておく。
トレイが1個足りないので「猫庭園」へ取りに行く。 ロッカー餌場の縁にしゃがんでトレイ3個を洗おうとしていると、車がやって来て停車。降りてきた女性がこちらに来る。何と地主夫人のNさんだった。8月22日(土)に、故のんちゃんの写真をたくさん良い写真紙に印刷してクリアフォルダーに入れて渡しておいたのだが、その中から3枚ほど抜いて後は要らないから返すという。???手土産の和菓子とビール券3枚も持参している。
あれから、私が作った「のんちゃんの訃報」ポスターを持って保健所へ行ったそうだ。(私に連絡先代行を断られたので)どこか愛護団体が自分の連絡先になってくれないかと頼んでみたそうだ。連絡先になってもらうことは叶わなかったが、親身になって相談に乗ってくれ、愛護団体の人を2人紹介してもらったという。
ひとりはOさんだろうと思ったらやっぱりそうで、携帯に電話していろいろと相談したそうだ。捕獲器は貸すと言ったそうだが、あの団体は区役所をバックに盛んに募金を募るばかりで、外猫の餌やりや捕獲・手術は行っていない。 もうひとりはひょっとして青葉区のOさん(捨て猫防止協会会長)かと訊くと図星だった。あのO女史が捕獲器抱えてN邸に駆けつけることは有り得ない。
9月初になってようやくポスターに自分の携帯番号を書いてお地蔵さんの傍の電柱に貼ったそうだ。するとゆかりの人から2件連絡があり、のんちゃん(とらちゃんと呼ばれていた)を偲んで涙にくれたという。
(あんなに親切だった)S井の態度が一変したのは、やはり「N家は豪邸なので連絡先を出すわけにはいかない。その点、S井なら大丈夫だろう。」とNさんが言ったからだと、Nさんにははっきり分かり、「自慢するわけではなかったが、気を悪くさせて申し訳ない。だが、一旦は快く引き受けておきながら後でイヤだと言うのは・・・云々」と謝罪とも言い訳とも恨みともつかないことを言っていた。彼女なりにあのままでは気持ちの整理がつかなかったのだろう。
Nさんは決して悪い人ではない。思ったことをぽんぽん言う人だからこちらも気にせずぽんぽん言い返した方がいいようだ。だが、私は鈍くてすぐにぽんぽん言い返せず、一呼吸も二呼吸も置いてから「あれ〜?何か変だなあ?」と気付くのだ。その時にはタイミングを逸して手遅れの場合が殆ど。
案の定、N邸から徒歩3分のF自治会館下の猫ハウスには行っていないという。近隣のHさんと交流するつもりはないようだ。
だが、家に来るクロちゃんの手術はやはりしたいという。「愛護団体?」のOさんの手厚い協力は多分得られないだろう。なので、結局やはり私が手伝うことになった。
話も終わり、Nさんが帰ろうとしているところへ偶然にもJ先生が通りかかった。紹介後、Nさんは帰った。急ぐJ先生と少しだけ重要な話をする。朗報はジェニーが里子に行けるかもしれないということ。
Nさんと話している間、黒アメがウロウロしていたがいなくなり、ワカメがトラックの下で黒アメの食べ残しの缶詰を食べていた。J先生と話している間にワカメもいなくなった。
トレイ3個を洗い、給水に行くがワカメは消えてしまった。
もう9時を過ぎている!
|