下僕日記
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去年の春のライブでのMCとか聞いた頃からそんな感じはしていたのですが。 今年はTHE ALFEEの夏の野外ライブがないそうです。 高校生になったばかりの夏からずーっと夏といえば、ALFEEの野外。最初に野外に行って以来皆勤賞の私はあれがないと夏が終わらないというか、句読点がなくなるというか。 夏のその日のためにバイトしたり洋服やら野外対策グッズを買い揃えたりというのが毎年の恒例行事だったもんで、 「ああやっぱりなあ」 と思いつつも、公式に報道にのっかるとなんかやっぱりへこむのです。 野外のない夏なんてあるのだなあ。
というわけで、月曜からこっち若干へこみ気味。
あれだけの規模の野外ライブを四半世紀(まあ、正確には二度ほど屋根つきでしたが。そして最初の屋根つきの頃は私参加してないし)続けるということは、本人達、スタッフ・制作サイド、ファン全ての並々ならぬ継続しようとする努力と情熱の賜物なわけで。 本当に、すごいことだよなあ、と毎年思っていたのです。 あれがどれだけすごいことなのかは、毎年夏の一日をあのライブで過ごしてきた私にはとてもよくわかる。 何もない野原にセットが建てられ、人が集まり、一夜の思い出を共に作り上げる。 天気のいい夜も、嵐の夜も、蒸し風呂の時も、スコールの時も、稲妻が走った時も、夕映えの空に虹を観た日も、流れ星を見つけたことも、冷夏で凍える夜も、朝日を何万人+3人で観た日もあったよ。 ああ、来年はあるといいなあ。 どれだけ過酷であっても、あれがないのは本当に寂しい。 今年の夏は来年まで持ち越しだなあ、といつになくしゅんとしてしまいました。 来年はあるといいなあ。
継続するって大変なことです。 休まずに続けられるということは本当にすごいことだ。 続くことは「当たり前」なことではなくて、継続するためにより多くの努力と情熱が必要なことだと思うのですよ。 オーディエンスが「観たい」「聴きたい」と思うところは外さずに、常に新しい風を送り込まなくてはいけない。 ファンの望むものと、アーティストの望むこと、それが沢山重なってなければ、継続はありえない。 そんなことを改めて思ったわけです。
たかみーのソロは野外がなくて寂しいファンへのプレゼントみたいなものかな、と思っていたり。
光ちゃんの帝劇がほぼ私の冬の句読点になりつつある今日この頃。 毎年「あるもの」がなくなったこの衝撃に、来年も、やっぱり観ることができる私でありますようにと願わずにいられなくなったのでした。
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