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| 2004年12月09日(木) ■ |
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| 「ヘルタースケルター」 岡崎京子 |
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「ヘルタースケルター」祥伝社 岡崎京子 手塚治虫がマンガを始めたとき、アメリカ映画の良質な部分、ロシア小説のテーマと劇空間、科学の理論性、蝶の翔んでいく詩情、子供の無邪気さ、宇宙の深遠、生と死の謎、戦争という運命、いろんな事が混沌として「まだ描かれていない作品」として彼の前にあった。 彼は死んで「マンガの神様」になった。彼の名前を冠した「手塚治虫文化賞マンガ大賞」の受賞者たちは、必死に彼を超えたかのような傑作を描いてきた。想像力の力を見せつけた諸星大二郎、劇空間を見事に現した浦沢直樹、線の勢いが物語をリードする事を証明した井上雄彦、柔らかな線で詩情を描いた高野文子、萩尾望都の「残酷な神が支配する」にせよ、それはまさに金メダルに値する「一つの頂点」ではある。岡崎京子も初めて読む人になるほどと思わせるだけの「力」を持った作品を描いた。きちんとした資料に裏打ちされた硬質な線、女性の内面を描く情熱と、それに流されないクールな副主人公との使い分け、後半に向って崩れていく構成と時々に爆発させる感情。手塚では決して描きえなかった世界ではある。手塚の「ばるぼら」などと比べてもこちらのほうが確かに凄い。岡崎京子は確かに二億光年ほどは孫梧空張りに飛んだのかもしれない。しかし帰ってくると、やはり手塚の掌の中なのだ。手塚が「まだ描いていなかった作品」の掌の中なのだ、と私にはどうしても思えてしまう。 以上、この作者やこの本のファンにとってはなにも意味の無い戯言でした。この作品がマンガ史の中でどのような位置をしめるのか、ふと思ってしまっただけなのです。
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