日々あんだら
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| 2017年03月30日(木) |
My New and Last Filmcamera |
うちの地元には、男の本厄である数えの四十二歳の新年に、家族や親せきや近しい人たちから御祝儀をいただく風習がある。 おれも、ちょっと不相応なほどのご祝儀をいただいた。 もちろん、その一部でお礼をお返しし、残りは貯金に回してある。
しかし、である。
これ、「御祝儀」とは言いつつも、本当は「厄払い」なのである。 全部貯金してたら厄払いにならん!多少は何かに使わないといけないのである。 (※物欲の言い訳ぢゃないよ)
ワタクシ、考えました。悩みました。 厄払いになるもの。記念になるもの。ずっと手元に置いておけるもの。 つまりは一生モノ。
時計にしようか。でも今使ってるので満足してるしな… 革靴にしようか。でも既に10足ぐらい持ってるし、足は2本しかないしな… 家具にしようか。普段なら手が出ないようなちょっとお高めな写真集か画集にしようか…
そしておれは悩みに悩んだすえ、一つの結論に達したのでした。
「そうだ、カメラ、買おう」
…誰や、今「いつもの物欲やん」って思ったやつ。(←しばく)
物欲ではないのである。 あくまで厄払いなのである。 短絡的に欲しいカメラに手を伸ばしたのではなく、悩みに悩んでグルグル駆け回った末に、 たまたまいつもの地点に着地しただけなのである。
…ホンマやってば。
カメラを買おう、と決めてからは早かった。 実は年末に、阪神百貨店のカメラ修理コーナーである1台のカメラを見て、相当揺さぶられたことがあったのだ。 よし、あれにしよう!!
…物欲じゃないってば。
さっそく阪神百貨店の江守さんに電話をかける。 この方はおれのオートコードやライカを何度も復活させてくれた恩人なのである。 技術が確かなことはもちろん、カメラに無理のかかる修理は絶対にしないし、修理しきれなかったところはきちんと説明してくれる。 おれのみならず、関西一円の古いカメラを使っている人たちから絶大な信頼を寄せられている方なのだ。
さて、電話に出た江守さんに「あの時のアレ、ありますか?」と尋ねたら、「ああ、アレはもう売れてしまってないんです」とおっしゃる。 そうやんな…あれから3ヶ月も経ってるし、状態が良くてあのお値段で置いてあったら持ってかれるよな… と落胆したおれに江守さんは続けてこう言わはった。
「でも、こないだ同じカメラがちょうど入ってきたところですわ」
ま、ま、ま、マジですか!?
「まだ整備してないけど、整備して使えそうならご連絡しましょか?」
わー!!是非ともよろしくお願いします!!
そんなやりとりの後、「2週間ぐらいかかる」と言われていた整備をたったの1週間でやってくれて、 先週末そのカメラが我が家に届いたのでした。
ツァイスイコンの、スーパーセミイコンタ。 言わずと知れた、カメラ史にその名を刻む6×4.5判の名機である。 6×9判のスーパーイコンタ、6×6判のイコンタスーパーシックス、と上位機種2台があるが、 かつては最も軽量コンパクトなこのカメラが国内人気��1だったらしい。 戦前はこのカメラ1台で家が1軒建つ、と称されたそうな。 これ自体は戦後の1948〜1951年頃にかけて製造されていた�厳燭辰櫃ぁ�
折りたたむと文庫本より少し大きいぐらいで会社鞄にもコートのポケットにも楽々入る。 こんなにコンパクトな中判カメラは他にないのではないだろうか。(軽量という点ではホルガには勝てんが。笑) このギミックや見た目にもメロメロである。 そして江守さんにより整備済み。状態にはなんの不安もない。
欠点は、畳んだ状態から撮影可能状態になるまで、手順がたくさんあって時間がかかること。 ピント合わせとフレーミングが同時にできないこと。 蛇腹の部分がやはり弱くて、いつか光線漏れしてしまうだろうこと。(修理は可能) そして、シャッターを押すのが左手なので、普通のカメラよりぶれやすいこと、である。 ま、どれも致命的ではないよね。
先週末の土曜日に山から帰って来て受け取って、日が残る内に試し撮り!!と急いでフィルムを詰めて撮りにでかけた。 まだ慣れてないせいもあるけど、手順がめんどくさいし素早く撮れない。 でも、操作する楽しみと、シャッターの優しい感触ににんまりしてしまう。
そしてなにより、シャープだけど優しい、素晴らしい写りである。
(Super Semi Ikonta �検�Tessar75��F3.5 + KODAK EKTAR)
もしかしたら、おれが買う最後のフィルムカメラかもしれない。 これから、こいつと一緒にいろんな光景を写し留めていこう。 撮れば撮っただけ、厄落としになるのだから。^^
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