| 2000年11月06日(月) |
語ってしまった^_^; |
今日は姉がなくなった日・・・もう20年も前の事だけど未だに鮮明な記憶があるのに、何故かいまだに夢の中のような出来事で、今も日本のどこかで幸せに暮らしているような気持ちにさえなってくる。 私とは学年で4年離れていたので、一緒に遊んだとかいう記憶よりお姉ちゃんに何かをしてもらったっていう記憶の方が多い。私と違って、美人で器用で兎に角1番が好きな姉だったけど・・・家族の中で一番に死ななくってもよかったのに・・・^_^;
まだ、典子が1歳・・・ちょっと歩けるようになったばかりの今日のような爽やかな秋の朝にかかってきた母からの電話・・・「姉ちゃんが死んでん・・・・」「えぇ〜〜〜〜ぇ」なにが何かわからなかったあの日の記憶はいろんな思いを持って蘇ってくる。 運動中の突然死・・・ってなんかわからない死因をつけられた姉はまだ幼かった甥っ子には眠っているように見えたんでしょうね。「お母さん〜なんで寝てるん!?」って幼稚園を早引きして帰ってきた時にそう言った言葉が今も耳に残ってる。 あれから20年・・・私の死生観を変えた出来事だった・・・あの後私はいつもいつ死んでも良いように!っていう想いを持って生きて行こう〜って思ったのに・・・ダメですね(^_^;)日常に流されてしまって・・
ずっと、何で?なぜ??っていう想いは消えなかった・・・苦しむ私に人生の先輩の方が「生きて守れる事もあれば、亡くなって見守れる事だってあるのよ!生きていれば地獄を見る事だってあるんだから〜」っておっしゃって下さった事があって、それでも中々理解できなかったんだけど、後でそういう受け止め方をする事も生きていく者の方便なのかもしれない・・・って思うようにはなってきた。 姉がもっと生きたかっただろうに・・・もっと子供たちの側にいてやりたかっただろうに・・・とか、頼りにしていた長女の突然の死に苦しむ両親(特に母)の姿に・・・生かされてる私の出来る事・・・それがその後の私の生き方だったかもしれない。 人生は一度しかないけれど、いつ もうおしまいですよ!って引導を渡されるかわからない・・・そういうものを知った日だったのかもしれない。
ある本に(寓話かな?)おさな子を亡くした母親がお釈迦様に「どうかうちの子を生き返らせて下さい。」って必死でお願いして、それを聞かれたお釈迦様が「あなたが、死人を一度も出した事の無い家を探し出せたら子供を蘇らせてあげましょう」とおっしゃって、それを聞いた母親は喜んで家々を訪ね歩いたけれど・・・結局死者を出した事の無い家は見つからなかった・・・(先祖があって初めて自分があるんだ!って事なんでしょうけど) 私はこの話をわが身に照らして・・・決して帰ってこない人を想うのは自分だけじゃない・・・世界中の人が同じ思いを必ず味わってるんだ・・・っていう気持ちになったことがある。
20年っていう歳月は生まれた子供が成人するほど長い時間なのに、振り返ればあっという間だったような気がする。 姉の歳を越えてから随分経つけれど、姉より余分に生かせてもらってる私の日々はどうなのかな??って反省したり・・・でも、こうして熱中できるものや、ステキな方々と知り合えた私は本当に幸せものだなぁ〜ってつくづく思う。ついつい不満や愚痴が出るけれどネ(>_<)
生きていれば50歳を越えてしっかりおばさんになってるかな!?一緒にお買い物や旅行なんか楽しめたかもしれないなぁ〜私と違って無口で物静かな姉だったけど・・・亡くなっても姉はいつまでも私のたった一人の姉なのだって思う(You're the only one〜♪)
長々語ってすいません・・・・(^_^;)
☆今日のおかず☆
ちらし寿司 おすまし
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