バイオリンに行きました。
せ、 せ、 せ、 政治の話シチャッター・・・ハハハ
いやあ、旅行好きの先生がパラオの話題をしておったからよ ついついネットでパラオの情報を出してプリントして見せようと・・・
国旗の意味とか!!
なーんてやってみたら。
先生は 先生は。
解ってらっしゃいました。
『恩知らずの国もあるからね。韓国とか中国とか』
『朝日新聞。あれは朝鮮日報よ』
・・・・・・・・・・・・誰から。 誰から吹き込まれたんですか?先生ェ!! いや、そんなことはどうでもいい。
朝日は書いてある事も変だし勧誘員も変。 平気で家宅侵入してくる。との事。
そうだよね・・・。 ウチもそうだった。
さらに。 NHKも変!と力説。わーい。 本当。そうだよね。死ねよ。NHK。
・災害が起こった場合、消防隊などは2〜3日で通常勤務に戻ってしまうため、自衛隊が後処理をしている。
こういう事実があるのにもかかわらず、NHKなどはテレビカメラには絶対に!自衛隊は写さない。との事。昔から不振に思っていたそうだ。 阪神大震災の時をキッカケにちょっと変わったけどねーと。 ああ・・・本当に昔っから・・・ご存知だったんですね! にわかで申し訳ない!
産経新聞勧めてくれました。 私も産経読みたい。 親さえ説得できればっ・・・今、朝日。 つらいー まあ、ネタと思ってみるしかない。
オリンピックでの選手のインタビューを捏造する新聞社。 なにやら、「日本選手として」というところを変更したとか?日本の為にというのが本当に嫌いな新聞社だ。
と、思っていたらNHKもだったね。 http://blog.livedoor.jp/adoruk626/tb.cgi/6003646 「アテネ五輪選手の発言を歪曲報道したNHK」
ついでに今日のお勉強。 いいデーター発見。 ---------------------------- これまでの賠償実績 当時の政府予算
ビルマ (ミャンマー) 賠償720億円(1955〜65) 1兆182億円(1955) 借款180億円(1955) 無償援助504億円(1963) 3兆442億円(1963) 借款108億円(同上)
フィリピン 賠償約1980億円(1956〜76) 1兆692億円(1956) 借款900億円(1956)
インドネシア 賠償803億円(1958〜70) 1兆3315億円(1958) ※賠償は日本の対インドネシア債権637億円を棒引き 借款1440億円
ベトナム 賠償140億4000万円(1959〜64) 1兆4950億円(1959) 借款59億7600万円 1兆7431億円(1960)
カンボジア 15億円供与(1959)
ラオス 10億円供与(1958)
マレーシア ・シンガポール 約29億4000万円無償供与(1967) 5兆1130億円(1967)
モンゴル 50億円無償資金援助(1977) 29兆598億円(1977)
スイス 補償約11億円(1955)
スペイン 補償約20億円(1957) 1兆1867億円(1957)
スウェーデン 補償約5億円(1958)
デンマーク 補償約3億円(1955) 補償約4億2300万円(1959)
オランダ 補償約36億円(1956〜60)
韓 国 1080億円無償協力(1965) 720億円有償協力(同上) 1080億円以上の民間借款(同上) 3兆7230億円(1965)
ミクロネシア 18億円拠出(1950) 6332億円(1950)
「まあ賠償じゃなくてODAとかもありますけど一応賠償はしています」 http://2.csx.jp/users/yosenabe/udaguda1.htm −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『侵略についての正直な謝罪も補償(償い)も、今なおなく』 という奴等の文句につきつける数字です。 いやー もーなんだかなー
さらにに今日のお勉強。 萌えキャラ達がわかりやすく説明してくれる世界史コンテンツ万歳。
スウェーデンという国
http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/gulfwar_01.html −−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1994年に政権の座についた時には50%以上の支持率があった社会民主党はその後支持率が急落し、先日史上初めて最右派の穏健党が30%の支持率で28%の社民党に逆転するという世論調査が新聞によって報道された。穏健党は明確なEU支持と、大減税それにともなう福祉予算の削減を主張しストックホルムや南部のマルメなど都市部で多きな支持を得てきたのである。穏健党政策委員のヨハン・ティードマン氏は、難民の受け入れに関しては右派も左派もそれほど差はないと明言した。 「ただ私たちは受け入れた難民に対しては全くアプローチが違います。現在の社民党政権は余りにも受け入れた難民を過保護にしすぎています。 それがかれらの労働意欲をなくす大きな原因になっており、そおいう難民はやがて生活保護の受給者になり今度はスウェーデン経済を圧迫する様になるのです。」 テービー市(ストックホルム市郊外)の市議会議員を務める穏健党のヨハン・クラヴゥス氏も難民の生活保護受給者の増大が市の財政を大きく苦しめていることを指摘した。 「難民は率直に言ってうんざりです。テービー市のアフリカ系難民の実に97%は失業して生活保護を受けている。現実にあまりにも文化が違いすぎる国から来た難民はスウェーデン社会に溶け込むことができず、その結果失業して生活保護を受けることになる。これ以上そういう難民が増えれば私たちの市はいずれ破産だ。」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「自国民>外国人」「労働は美徳」という当たり前のことを主張するとネオナチのレッテルを張られるのでしょうか?」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 移民を断ればナチ。
移民を社会に受け入れようにも、当事者の移民にその能力がない。
失業保険で喰わせる余裕もない。
このままでは待っているのは国家の崩壊だけ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あああっっ なんか思い当たる事ある!!
ナチなんだ・・・ そうか。ナチズムを知ったよ(マジで知らんかった) 悪じゃないじゃないかーなーんだーまともじゃーん。
それにしても、どこの国も苦労してんだなー。
湾岸戦争 http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/gulfwar_02.html
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1890年9月16日、ときのトルコ皇帝ハミル2世が日本に派遣した特使一行を乗せたエルトゥール号が、帰路、暴風雨に遭い、和歌山県串本町沖合で岩礁に衝突し遭難するという事故が起きました。
このときトルコ人には多くの死傷者が出ましたが、それを地元の人たちが看護し、死者も丁重に繕ったのです。
当時の常識から言えば、トルコのような黄色人種国家の国民が外国で困っても普通は誰も助けてくれません。
しかし、日本人は基本的に「人種差別ってな〜に?」という民族なので、困っているトルコ人を助けたのです。
この話は、和歌山県知事から明治天皇に伝えられました。
その後、遭難者たちは明治天皇の命により軍艦2隻でトルコに送り届けられました」
1892年4月4日、トルコの首都イスタンブールに上陸した寅さんは、外務大臣サイド・パシャに援助を手渡し、皇帝陛下に拝謁しました。
トルコ側は地球の反対側からわざわざ軍艦で送ってくれた日本の親切さに感動を覚え、21世紀現在でもトルコではこの話はトルコの教科書に載っています。
だからトルコ人に「行きたい国は?」って聞くと皆揃って日本って答えるらしいです」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ときは1985年3月17日、イランのイスラム革命潰しが目的ではじまったイラン・イラク戦争の真っ只中。 イラクのサダム・フセイン大統領は、世界に向けてこう言いました。
『今から48時間後に、イラン上空を飛ぶ総ての飛行機を撃ち落す』
「当時の世界各国は慌てふためき、イランに住んでいた自国企業人を迎えに行ったのです。 当然イランには仕事で駐留していた日本人とその家族、合計216人がいました。しかし、周知の通り、日本はこのような緊急事態に対応できるような国家ではありません。もうすぐ戦争が始まる、しかし政府は助けてくれない。 イランの首都テヘランの空港の日本人はパニックに陥りました」 「一向に飛行機が出せない日本政府。このままではテヘラン空港に残された日本人216人は孤立無援で戦場に残されてしまう」 「そこへ1機のトルコ航空の飛行機が到着しました。トルコ航空の飛行機は日本人216名全員を乗せて、成田に向かって飛び立ったのです。 タイムリミットの1時間15分前のことでした。 もしトルコ航空機がこなかったら日本人216人の命は危うかったです」
日本政府もマスコミも、トルコの行動は知りませんでした。 トルコの行動は、あくまでトルコの意志によって決定されたものです。 駐日トルコ大使のネジアティ=ウトカンさんはその理由についてこう答えました。
「我々はエルトゥール号事件の恩返しをしただけだ。
日本から受けた恩を、トルコは今でも忘れていない」
「日本でエルトゥール事件のことを、イラン・イラク戦争の前に知っていた人がどれだけいるでしょうか? タイムリミット内とは言え、戦争当事国の言うことがどれほど信用できるかなどわかりません。 40時間後に撃ち落すと言うのが、1時間後に変わってもおかしくないのです。 トルコの人たちは戦場になるかも知れない、自分たちも撃ち落されるかもしれない。 そのような危険を承知で、日本人を助けてくれました。 その理由が、日本人も知らない百年も前のエピソードだと言うのです。 そして駐日トルコ大使ネジアティ=ウトカンによれば、彼らはこのエピソードを今日の日本人が知らないことを承知で救出活動をしてくれたそうです。 まさにトルコこそ、日本の真の友人と呼ぶに相応しいでしょう」
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トルコ最高ー!!!!!!! いい国だ・・・。
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