2008年01月09日(水) ギリギリ

コレが終わった⇒次はコレ

と循環がとめどなく続くとたまに「UOOOOOO」って思うのだが、
だけどその循環が仮に途切れてしまったとしたらと考えると、
俺ってば仕事をさせてもらえているだけ幸せなのだなと思い返す。

数日前相談してきた彼女にも言ったが、

学生はお金を払って勉強をする。
大人はお金をもらって勉強をさせていただいている。

「気の持ちよう」とか「病は気から」って本当のようで、
俺も最近は大分楽観的になったかなとは思うが・・・

こうもなんていうか順調に降り積もっていく仕事を見ていると、
俺はまぁなんとか消化はしているものの、
俺がしたいものっていつできるんかなぁなんて考えつつ「も!」

こうやってちょっとずつの表面張力を繰り返すことで、
それにまた合わせようと僕という器は大きくなるのかもなぁ・・・

まぁそうだよね。
中身のない器はそれ以上大きくなる必要もないし。

その器の大きさは最初から決まっているという人もいるが、
まぁそれはさっきの気の持ちようってのともかかってくるが、
実際随分と経験ってのを積むとそれなりに拡がりを感じる。

カリにそれが最初から設定されているもので、
なおかつそれが僕自身が見えてなかったという理由だけだったとしても。
俺はそこに拡がりを感じるだろうと思うのよ。
実際広がったわけだし。俺は。

「ギリギリだなぁおい」

って毎日のように言うてる気がする。

もしこのギリギリを上層部が見極めて、今「ギリギリ」だとしたら・・・

ってそんなことは考えるだけ無駄か。
俺はやらなきゃいけないことをやるだけだ。

おう。その通りだ。


 past  ⇔  will


sk6 [手紙] [Ai to U]

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