| 2007年02月19日(月) |
サングラスの向こう。澄んだ瞳。 |
取材先で久しぶりに中学校の先生と再会。
コワモテの先生だった。 やっぱり変わっていない。
「よおおおお!元気かぁぁぁぁああ」
声がでかい。 皆マイクで話してるのに先生だけ素声。 やっぱりおもしろいなぁとファインダー越しに僕の顔をゆるむ。
思えばこの先生にはだいぶ叱られたし、心配もかけた。 授業中、俺全く聞いてなかったな。 クラス崩壊の引き金くらいになっていたかもしれない。
そんな俺をいつも真剣に叱ってくれたな。 ありがたいことだ。 勿論暴力教師だったけど、とても愛があった。
今日の取材はいじめに関することを、 地域の子ども達に関っている人々が話し合うというもの。
いじめという話題。 そして、カメラが廻っているということで、語る人はあまりいない。
いても、当たり障りのない意見。 そんな中、先生は語ってくれた。
子ども達の今と、先生の思いを。
ああ、この先生でよかった。と思った。
社会にでて、先生という存在が そうたいしたことないってことに気づいた瞬間があった。
大人になって先生という存在を見てみると、 たいして大きな声で返事もできねーし、 礼儀も知らない人がほとんど。
第一社会にでたっていえるのか?とさえ思っていた。 実際子ども達をとりまく仕事は今は大変だろう。 だけど・・・という部分があった。
だけど、20年以上、子ども達とひたむきに付き合ってきた男の姿は、 カッコよかった。 子ども達を思う気持ちに、 「俺もこう思われていたのかな」と思うと、嬉しかった。
きっとどこの町にも悪い先生も良い先生もいて、 こうやって今日も議論が行われている。
子ども達がより楽しく幸せに生きられる為に、 大人は何ができるかを毎日のように考えている。
子どもは大人になったことがない。 しかし、大人は子どもだったことがある。
これは大きな違いだ。
子どものことが分からないわけではない。 通った道だからこそ、正直「くだらない」のだ。
だけど、当の本人は、 校内での表彰式だって緊張するんだ。 まさに人生かけてんだ。
その気持ちを汲んであげることも、 大人の役目だろう。
大人が子どもの目線まで目を下げる必要なんてない。
ただ、背中から子どもを見守ってあげてほしいと思う。
今日重ねられた議論が明日役にたつわけではない。 いじめが明日からなくなるわけではない。 だけど、大人たちはそれぞれの立場で、 命の尊さを今日も真剣な顔つきで議論をしている。
大人が疑われる世の中ではいけない。 カッコいい大人でなくては。強い大人でなくては。
例え強くなくとも、カッコつけなくては。 お前たちをいつでも見守っているんだよ。 俺の命をかけて、キミたちを守りたいんだよ
その気持ちを伝えなければ。
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