事実を日記には書いているが、 どうも「カッコわるい部分」を省いている気がしてならない。
つまり、偽っている気がしてならない。
ので、あえて書こうと思う。
俺は毎日気合入れて、仕事にとりくんでいるが、 うまくいかないこともあれば、現実として、まいっちまうこともある。 むしろ、そっちの方が多いくらいだ。
しかし、その中でも僕は最終的に悩んだ時、怠けそうになった時は、 必ずこの日記に書いたことや、志を思い出して、 僕は集中する。
今日、インターンシップ(職業体験)に大学生の子がうちの会社にきた。
何も知らない大学生だから、僕が教えてあげる。
一番ひよっこの僕が教えるっていうのはどうかと思うが、 実際有能な人は、そんなことしてる暇はないし、 無能な人には預けられないのだと思う。 そこらへんは上司も分かってる。
だから、その中間?の俺を選んだのかもしれない。
先日は高校生のインターンシップがきていたので そのレベルと同じくらいかななんて思っていたが、 やはり大学生。
何も言わずともメモを携帯し、言われたことを書いたり、 返事・態度も違う。
それなりに志のある子なんだろうなと思った。
質問も非常におもしろく、また気づかされる部分もある。
僕も自分が思っていること。 会社としての方針を改めてまとめ、話すことで、 いくつか思い出すことがあるので、 忙しくはなるが、メリットもたくさんあるし、 その小さなメリットは大きなメリットを産む気がする。
僕は1カット1カットをどういう思いで撮影したか、 どういう思いで編集したか。 原稿はなぜこう書いたか。 なぜ詳しく書いたのか。
5W1Hで一番大切な事は何か。
できるだけ分かりやすい形で伝えると彼もどうやら分かってくれた。
そして、一緒に取材に行った彼に、こんなことを言われた。
その取材はある高校生の運動クラブが好成績を収め、 役所を訪問するというものだった。 それはこの地域の人ならば知っている団体であったし、 彼も知っていた。
その取材を終えた彼はこう言った。
「新聞やテレビで彼らを見たことがありましたが、 こういう思いの中、彼らはがんばってたんですね。 前評判が悪くて、 僕は正直「運で勝った」くらいしか思ってませんでした。 今日取材して、感動しましたね。」
と。 僕は・・・すごくハッとした。 それは自分も感じている感情ではあったが、 気づけていなかったのだ。
そして、それこそ、伝えなければならない部分じゃないのかと。
事実を伝えるだけじゃなく、 主観を強制するわけでもなく、 創造性に問い掛けるものを。
あくまで僕たちメディアは脇役に立ち、 住民を主体として考えたときに、
あくまでメディアは政府ではなく、そんな社会に権利を言う資格はないと 思い知らされた。
そして、その影響力の強さを。
朝テレビを見て、冷静に考えてほしい。
「貴方は自分の頭で考え、良し悪しを決めているのだろうか?」
ニュースのよく話すコメンテーターや、 いつもイヤミのようなことしかいわない評論家の言わば 手先になっていないだろうか。
いつも確認もせずに、一方的な見地から 事実を真実に置き換えていないだろうか?
それによって、反省したことはないだろうか?
メディアに対しても疑いの目をもっているだろうか?
絶対真実と信じてはいないだろうか?
社会を盛り上げるのは、考える機会をつくるのは、僕らメディア。
しかし、僕らはメディアであって、 つくる側ではないのだ。
そう。主役ではないのだ。
主観で話すのではない。
社会を暗くするために存在しているのではない。
特に僕の会社はそうではない。
「ほっ」を届ける為にあるのだ。
事実を伝えるの「だけ」がニュースではない。
彼が現場にいって気づいたように、 その気づいた気持ちをテレビで僕は伝えなければならない。
それが仕事なのだ。
俺の仕事なのだ。
感動を伝えるのが仕事。
「これこれがありました」
だけでは、つまらないのだ。 ドラマと、愛と、根性と、努力と、青春と、苦悩と、喜びと、
そういうものを伝えなければならない。
who 誰が when いつ where どこで why なぜ what 何を
HOW どうしたか
「どうしたか」 そこにはたくさんの思いが詰まっている。
世の中には、色々な悲しい事実が起こっているのに、 それに関心がもてないのは、 メディアの責任だ。 くだらねーことばかりに先走って、 人の方向性を狂わせ、情報化社会だとうたい文句をつけて、 社会にとって何が大切かも混乱させ、 おもしろければ、人の心を動かせたらそれでいいとか くそったれめ! 朝から誰かが死んだとか!自殺したとか! なんでそんなニュースばっかなんだ!!!! ふざけやがってあああjdfkgj
誰かが死んだという事実をなぜそこまであおるのだ。 良いことばかり言えとは言わないが、 何故にそこまで過剰なんだ。
必要性はあるのか? 朝起きてテレビをつけるとなぜこんなにも不快なのだ。
こんな思いは俺だけがしているのか?
皆は平気なのか?みたいのか?!
そこにはビックステージが、俺の今の位置ではわからない 何かがそこにはあるのかい。
何かもう少しで俺の方向性をつかめそうなんだ。
大事なものってのが見つかりそうで、 そうすれば、原稿に、カメラに、 俺はもっともっと輝きをもてると思うんだ。
心を込めて、熱情を注入した原稿は、 プリンタから出力される時に、輝いて見える。
どうか誰かの心に届きますようにと願いをこめると、
本当に誰かに届いたと聞くと、 嬉しくて嬉しくて涙が出る。
俺はそんな気持ちをまだまだまだまだ忘れていない。
僕は、本当の意味で伝えるメディアになりたい。
何を伝えなければならないのかをハッキリとした着眼点で見つけたい。
俺はそう生きたい。
そうやって生きている大人がいるってことを 俺は未来に証明しなければならない。
それが俺の生きる意味だと信じている。
どれだけ小さくてもいい、俺は夢をもって生きていたい。
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