納車日、 もう何がなんでも来週中です。 遅くても土曜日までです。
色々手続きは大変でしたが、 やっとここまでこぎつけました。
金利も4.25%からだいぶ下がりました。 むしろ+になりました(笑
あと、、、銀行というものは 堅実でありながらも、どこか不十分な部分がありますね。 「どこか」というのは遠慮して書いたんであって、 「一番大事な部分が欠けている」と言いたいんですけどね。 って書いたけど。
接客、対応の仕方、話し言葉。
何をとってもダメでした。 しかも、僕を対応した全ての人が。 まぁ支店の全員ではありませんが。
うちの会社だってそうです。 接客が出来ていない人が多い。
�‥渡辰鮴擇觧�は (1)相手が切るのを待つ。 (2)受話器を本体に「ガチャ」っと置くのではなく、 「切」のスイッチなどを押して丁寧に切る (3)3コール以上鳴らすときは「お待たせしました」をつける (4)声に表情をつける ・申し訳ないことをした場合は、申し訳ない声で謝るなど。 (5)「保留」にする際には、 「少々お待ちくださいませ♪♪〜」 ではなく、 「少々お待ちくださいませ」 「はい」 「♪♪」 返事がない場合は2秒ほど待つ。 (相手が保留を待つほど時間が無い時があるから)
こんなの常識じゃないですかね。 「いつもお世話になっております」 それはお世話になってなくても、 当たり前なんですよ。言うのが。
まぁ言えた人は一人もいなかったり・・・。
仕事を「働き蜂」だと捉えすぎてる。 相手に対する最上級の思いやりがない。 =何を目指しているのか分からない。
俺は取材してる時は、相手に負担かけるようなことはしたくないし、 最低限と、俺の最大限の配慮はしてるつもりです。
勿論、俺がバイトしてるときに先輩から教えてもらった事で、 俺が開発したことじゃないし、 知らない人は知らないまま生きていくんだろうとも想う。
少なくとも、仕事に対して、 愚痴ばかり垂れてるヤツには分からない話だがね。 (個人を指して書いていません)
仕事は明らかに「個」を越えている。 「公」である。
一人でなら鼻くそほじったり、 屁こいたりできる。 だけど、街中でそれができないのは、 いくら自分を知らない人でも「恥」という概念があるからだ。
会社は自分ではないと想っている人が多い。 あくまで自分の評価ではなく、会社だと。
俺は会社を愛しているし、 もっとよく見てもらいたいと想う。 愛されたいとも想う。
会社を愛してくれるということは 俺を愛してくれているということだ。
会社がけなされて腹が立つのは、 自分の一部のように会社を感じているからだと想う。
「お前はどうなりてぇんだ」 「お前はどう生きてぇんだ」
そう問われた時に、 すぐさま答えられる自分でありたい。
愛される俺でありたい。 そして、愛したい。
その銀行は作業を「サボっていた」 もしくわ、調べもせずに「答えていた」
最近、彼女の誕生日を買いに、 あるおもちゃ屋・・・ コレは批判ではないから実名を書こう。
「ハローマック」というおもちゃ屋に出かけた。
バイトの女の子はツメにラメ入ってるし、 おもちゃ屋という夢を売る場所なのに、 レジが笑顔じゃない。 それは気に食わなかったが、、、
店長は最高だった。
こちらの要求に対し、すぐに答え、 分からないものは分からないとはっきりし、 連絡もすぐさまくれた。
してほしいラッピングをしてくれた。
俺が望んでいることは、 そんなにも現実味からかけ離れているか。 「当たり前のこと」だ。
だけど、それができている嬉しさ。 嬉しかったなぁ。忘れられない。 またあそこで買おうと想う。 実際彼女のクリスマスのプレゼントは ハローマックで買う。
相手がどうしてほしいのかを聞く。 相手ならどうしてほしいかを考える。 どうすれば相手を立てれるかを考える。
相手が喜ぶ。
それが理想ではないのだろうか。
何気ないことで、人は喜ぶものだ。 それだけで一日の気分が変わることもある。
何気ない、たった一瞬の出会いも、 俺は大切だと想っている。
もうこの人と会う事はないかもしれないと想うと、 俺と会えて良かったと想ってくれる人で、俺はありたい。
情熱を持って生きたいと、 思わずに生きた日は、ないと思う。
|