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■ わたしは いつも あたらしくなるのよ
今日買った本を数ページ読んだら、 思ったことを書き留めたくなって。
いらないものを削ぎ落として、よりシンプルに、クリアーに、 まるでもともとの魂一色とか、透明へ向かうことを良しと感じていました。 整理整頓された心でいることを目指すことなど話してきたけれど、 その表現は少し違っていたなぁと思った。
ごちゃごちゃ、ごつごつのままでいたい。と、 ある作家さんの言葉がその本には書いてあって、 あぁ、それだと思った。 それが自然な姿だって。 あちらこちらへ飛んだり、多様な感情が湧き続けることも、 楽しめばいい。 人として生きているのだから。 ある意味、ごちゃごちゃごつごつのすべてをそのまま受け入れるとゆうことではシンプルになるのかもしれない。
そして実際には、自分も周りもそうなってきていたことにも気づいた。 こないだのイベント帰りに、まめちゃんと話していたことを思い出した。 イベントに関して、最終目的や最終目標を立てるつもりはないねとゆう話。 その場しのぎ、計画を立てずに何となくダラダラとゆうことでもない。 瞬間瞬間が次へとちゃんとつながっているので、 私たちはその瞬間を生き続ければいいと思うのだ。
今の時点で見えるはずもない枠組みに無理矢理くくりつけてしまうと、 柔軟性は失われ、本来の流れから逸れざるをえないことが起きてくる。 ここ数年、音楽活動をしていても感じていたことで、 いつも枠組みを決めたがっている自分を見つけた。 結局それは何の役にも立たなかった。
楽しむことは、嬉しいだけじゃなくて、 怒るのも、悲しむのも、喜ぶのも、痛いのも、ボーッとするのも、 全部をそのまま受け入れることなんだね。 って書いてみて、これまた知ったような言葉だわ。
大好きな絵本の最後のページ。 「わたしは いつも あたらしくなるのよ」は、 こうゆうことでもあるなぁ。
私もいつまでもごつごつの原石でいたい。 洗練されないように、磨きあげたりしないように。
明日の朝は、モンゴルの草原の朝日を浴びて、 ある夜は、サハラ砂漠の砂に埋もれて、 次の日は、カリブ海の夕陽に照らされて波に洗われているのかも。 たまには近くの川の石になって、桜を見るのもいいね。 道路に落ちて、小学生に蹴られてもいいよ。 もう少ししたら、100万年前の地層にもぐりこもう。
ぴょんぴょん時空を越えて、 わたしはいつもあたらしくなろう。
2007年05月07日(月)
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