独り遊び
〜破片がみえますか?〜



2004年10月30日(土) 僕の心はまだ君をさがしている

「君に逢いたくて」
「ピース」
を、本日ついに聴く事が出来ました。


最近、音楽雑誌を全く購入していないし立ち読みさえもしていない、
更にラジオも聴いていないし、歌番組意外のテレビも全く観ていない。
Gacktさんの心境は全く分からないまま、届けられた作品を受け取った。

最近、ipodにマリスの頃から現在に至るまでのGacktさんの曲を入れてから
全部の曲を耳にする機会が増えたけれど、
MARSやRiberthの頃からは考えられないストレート表現が最近とても目立ちます。

あの頃は、詩の世界は不可解で謎めいていて理解不能な表現が多かった。
そんな不可解な詩に、神々しい何重にも重なった音と
Gacktの低音で優しい声に、心全体がガッポリ持っていかれるような
胸がギューっと締め付けられる何とも言えない気持ちにさせられた。

何かをしながら、Gacktの曲を聴いていると
つい手を止めて聴き入ってしまう。
その謎めいた世界は、聴く時の状況や場合によって、心の中でいつも変化していく。
何度何度聴いても、聴き飽きない不思議な世界。
その謎めいた世界の答えが知りたくて、想像力を膨らませた。


あの頃のGacktさんは、いったい何を見つめながら曲を創っていたんだろう。
多くの人間達を見つめながら、沢山の人間達に囲まれながらも
周りを受け入れないような、冷め切った雰囲気。
壊れてしまいそうな崩れてしまいそうな危うさ。
ギリギリまで自分を追い詰めて絞り出す感情。
何もかもに餓えていて、今にも噛み付きそうな鋭さ。
プラグでがんじがらめに締め付けられた苦しそうな声から
「自分という人間に気付いて欲しい、見て欲しい」そんな魂の叫びを感じた。


今のGacktさんの心の中には、何が大きく存在しているのだろうか。
Gacktさんの目には何が映っているのだろうか。
Gacktは愛について歌っている。
ストレートな言葉で、普通の男の子のように、誰もが抱く感情を歌っている。

Love songを通して、自分自身と向き合って悟を開き始めてしまったような。
正直、物足りなさを感じるけれど…
縛りから開放された身軽さと爽快感はある。

私がGacktに抱いていた感情は、単なる偶像に過ぎず、
実はとても単純でスッピンな一人の男の子だったのだろか。
あるいは、数々の経験を通して、ストレートな表現をやっと出来るようになったのか。
ストレートな表現を使っても、伝える事が出来る”自信”を得たのだろうか。

そんな、Gacktの心境ばっかりが気になって、
歌に陶酔する事が出来ない。 


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アイコ [MAIL] [HOMEPAGE]

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