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May日記 |
| 2004年11月08日(月) |
| 相変わらずのサボりっぷりです。 いつかの決心はどこへやら。毎度ご無沙汰いたしております。 さて、デルフィニアからさして日もおかず次の旅先地はイギリスはロンドン、ではなくああ・・・ちょっと立ち寄ったりも致しましたがホグワーツ。 三巻まとめ読みした後周辺書籍を買い集め、いっぱしのポッタリアン(やだなーこういう言い方)ぶりを発揮してから既に2年。熱もすっかりひいて完結してからでいいだろうと思っていたのに、たまたま読み始めた家人がその続きも読みたいと熱心に口説き倒した挙句、読んでる間中登場人物のあれこれや展開について執拗に話し掛けてくるのに観念して最初から読み直すことに。 当時の熱中ぶりが嘘のように、綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちていることにまずは愕然。えー?・・・とと、としのせいかしら?(汗 そのお蔭でしっかり楽しませては頂きましたけどね。ええ。 厚いわりには内容が薄い、という意見も聞きましたがそれに異を唱える気もありませんが(完結後はそれこそ文庫版にでもして入学から卒業までで一作、という形だってアリだと思う。一章ずつ切り売りしてる感が否めないんだよねえ)それでもやっぱり凄いと思うのは訳の上手さ。 これって本来子供向けファンタジーなんだよね、と時々確認してしまうくらいの語彙の豊かさと滲み出る文化背景。 もちろん難しいと思われる言葉にはルビが振ってあるのだけど、子供どころか大人だってなかなか使わないような言い回しが出てきたり、そしてそれが文脈にぴたりと合って、まるで目の前のことのように脳裏に浮かんできたり(これは一作だけ見た映画と時期がくれば必ずどこででも見かけたデモ映像が補完してくれる)と楽しみに事欠かない。 (単なる翻訳ではなく)実は超訳と言われて久しいが、使われる言語が変わればその意味する言葉も違うのだ。日本語で湯水の如くと言えば浪費のことと決まっているが、砂漠の国では吝嗇のことだ。オレンジ色の猫や封筒だって日本にくれば茶色い猫や茶封筒になるのだから、作者の意図したことが確実に伝わるのであれば大いに結構なことなんじゃないかと思う。もちろんその遊び心まで含めて。 その昔中学のころ、英語の教科書の一単元に「アリス」が入っていた。 なぜ学校の授業が月曜は6時限、火曜は5時限、水曜は4時限・・となっていくのかと訊ねるアリスに相手(誰だっけ?)はすました顔で 「Because, Lesson is lessen.」 訳者泣かせだと思った記憶があるが、韻を踏むのも含めてイギリスの伝統的且つ常套的な手法だと聞く。訳者の苦労が偲ばれると同時に、それを感じさせない腕前に(そりゃ完璧にとはいわないが)ひたすら敬意を払いたい。 ところで超訳といえば一頃はやったシドニィ・シェルダン。 めっきり聞かなくなったけどこの頃はどうしているのやら。(新作は出ているようだけど) 今なら一冊くらい読んでもいいかなと思ったり。 「O嬢」では正直言って渋沢訳が美しすぎて騙されてるんじゃないかと思っているのだが(なんせ読み終わって最初の感想が「別の人の訳で読んでみたい」だった)、ハリポタは原書で読めたらもっと、か或いは別の楽しい世界が広がるんだろうと思わせてくれるところがいい。 幸いなことに児童書だし、ご親切にも原書を紐解くための英語初心者向けガイドブックなんてものも発行されている。一考の価値はありそうだ。 ただひとつ問題は私にイギリス的文化背景に対する知識が皆無なこと。 クリスマスにヤドリギ(不死鳥の騎士団)ときたらこれは何かありそうだ と期待する程度の基本的知識すらないのだから心許ないことこの上ない(ちなみにこれは周辺書籍の一冊に指摘されていた)。本音を言えば、せいぜい「ちょっと描写がしつこいような・・、なんかあったっけかな」くらいにしか思えなかったことが悔しくて仕方がない。(一度も聞いたことがないとはさすがに言い切れないので)ほんのちょっぴり心の中に引っかかっていればすぐ気がついただろうに。 というわけで、とりあえずはただいまー。 |
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