ネガティ部 May日記

2004年06月01日(火) 
人間阿呆なことをやらかしてしまうと穴に入りたくなったりとか逐電したくなったりとかするわけです。
がこれは体裁が日記で未来日記なんかは書けないので、他にどうしようもなく仕方が無いので下につけたりせず上に書き足したりなんかして。
あ、別に適当に空いた日にでも突っ込んでしまえばいいことなんですがそれもちょっとなあと。
我ながらアホな話だ。

三つ子の魂百までと申しますが私の思想みたいなものは中学くらいの頃からちっとも変わってないらしい。
当時は「生意気な」と評されて結構ショックだったりしたんですが、私自身中学生やそこらで人生悟った風な口聞かれたら同じように言ったと思います。
ていうかそいつの将来が心配だよ・・・。

瞬間瞬間の岐路の中でこの道を選んでしまった自分というものに思いを馳せたとき、結局のところ人はそこへ戻っていくんだなという気が致します。
私は決して自分が選んできた道が最良であるとも思わないし、だからといって全てを妥協と諦念で歩んできたとも思いません。
ただ、こういう道もあるんだなと誰に対してもひとしなみに感じることを、自分に対しても感じるだけにすぎません。
愚かな人間のひとりとして、感じたことを感じたままに伝えていけたらというのが私の唯一の願いです。



***









僕と君の間にできた溝はもはや取り繕いようもなくって

僕は足元の亀裂を見るたび深く溜息を漏らしてしまう。

僕が溜息を漏らしてしまうのは亀裂ができたことじゃなくって

そこにあることを気付かぬ振りして跨いだつもりになってたことだ。

僕にとって言葉の通じない人というのは世の中にごまんとあって

そうでないほんの一握りのひとたちとつるんできたりしたわけだけど

その中の誰とでも君ととの同じ溝がたしかにある。

僕は迂闊にもそのことを忘れていたんだ。

人はだれかと引き合う時期というものがあって

僕はそれを蜜月と呼ぶ。

蜜月は蜜月であって永遠には続かないからだ。

蜜月が終わりに近づくと見えなかったものが見えてくる。

それがこの横たわる溝だ。

だれか

それが世の中の誰であっても人との溝を思うことは寂しくまた悲しい。

しかし人は誰もが一人だ。

だれかが踏みしめた位置を他人が侵すことはできない。


僕は僕である限り誰かになることはできないし誰かに寄り添うこともできない。

僕にできることといえば穏やかにその溝を共有しそれを愛していくことだけだ。

愛する友よ

願わくば僕の罪を赦してほしい。







蜜月の終焉に










     
Past / Menu / Will 赤烏帽子/ Mail/