ネガティ部 May日記

2003年07月06日(日) 
たかが人間 されど人間

時と共に癒されるも多けれど 時と共に積もるものもあり

正論が正しいからという理由で肯んずることはできない
置き去りにされる想いはどこへ流れ行くのか
それを知らずしては一歩たり進むことかなわず


何事によらず囚われてしまうのは 囚われていたいからにほかならない
それはまるで 高所恐怖症の人間が高層ビルの階段を上がっていく様のようだ
立ち止まり 引き返し また上る
自分はどこにいるのか
屋上は遠いのか 近いのか

何を見たいのか    そも何かが見えるのか
何をしたいのか    為す前に目を回して落ちてしまうかもしれない

思いは千々に乱れ 進むことは難く 

かとはいえ
地に降り立つことは死にも等しく




事実は一つしかなく 真実は無限
十人十色 百人百様 千差万別


人の数だけ心はあり
心一つにも想いは一つではありえず


自分の中の真実がどうであろうと 他人からすればそこにある事実しかないわけで
「たかが人間」でしかない自分が
「たかが人間」でしかない他人にそれを求めるのは
どちらにとっても酷な話でしかないのだろう


されど人間であるかぎり
求めることはやめられやしない

されど人間であるからこそ
与えてくれる手もあるのだと
信じていたい
信じたい




***


ふぅぅ。
たまにはまとまった休みがほしいな。
せめて二晩続けて家でだらだらしていたい。
仕事始めて約半年ですが、その間ずっと週4回休むことなく(休めないともいう)働いています。
だらだらは十八番なので、日中結構のんびり暮らしていたりもするのですが
気分的にね。
なんつかこう慌しい気がしてどうにも。
朝帰ってきて、明日の夜にはまた仕事ですからね。
どっか行くにしろ何かするにしろ中途半端な感があるのは否めません。
気力さえあれば体力なんてそこそこどうにでもなるはずなんですが、、、。
気力を奮い立たせるには人交わりをするのが手っ取り早いとはいえ、それで磨り減る神経があるのもまた事実で。

そうそう、神経といえば図太いことに(不本意ながら)定評があるのですが、太い分小回りが利きませんし、神経同士がぶつかって身動きならないこともままあります。
太いからって頑丈なわけでは決してない。と私自身は思っています。
ささくれも多いしね。



ここしばらく、とても自分らしくない行動をとってしまった。と反省しきり。
ある意味とても自分らしいとも言えるのですが。

謝罪する筋合いでもないと思うので、心配してメールくださった方とお声をかけてくださった方に感謝の意を込めて。
自分が存在することが無意味で無価値なものに思えたとき、省みてくれる人が居るのだと感じられたのは僥倖以外のなにものでもない、とそう思います。
私は大丈夫です、だから心配しないで下さい。とは口が裂けても言えない性分なのですが、お陰様でもうしばらく何とかやっていけそうです。
ありがとうございました。
     
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