ネガティ部 May日記

2002年07月15日(月)  久しぶりに気持ちが高揚しているぞ
このところ、ずーっと寝てばかりだったのですが、これではいけないと羊さんに借りっぱになっているゾロサンアンソロ本を読む。
あー、やっぱ楽しいや。

ちょっと萌えのテンションが上がってきたとこで本日は起きていよう。久し振りだ。


***

某所の日記を読んで感じるところがあり、フォームメールで送ろうとしたら嫌がられた。ネスケは嫌いなのか・・。どんどん肩身が狭くなってくるよな。
別にマイノリティーを狙っているとかそういうのではなく、最初にネスケの方が使い良かったから使いつづけているだけなんですが。今更IEにするのも時流に乗り遅れまいとしているかのようでな。
たまに自分の書いたテキストをIEで見ると、え・こんななってるの?ということも。文字の大きさとか、見てくれを気にする割には適当この上なし。サイト運営どころかHTML編集まで羊さんに任せっきり。(・・・)

で、メルを出せば良いのだろうけどどうにも筆不精なものでこちらで私信めいた話をすることにする。



私はしょっちゅう「羊さんに嵌められた!」と叫んでいる(ような気がする)が、何度も言うように自分が同人活動をすることになるとは毛筋ほども思っていなかった。それどころか今でも、何でこんな妄想度の低い、書く毎に文章力の低さが露見する、頭の中でちらっとそんなことを考えるだけで満足してしまうような読み専の人間を引きずりこみ、あまつさえ相方にしているのか理解に苦しんでいる。
書くことは楽しい。そう言いながらも毎度のように、自分が何を書きたいのか、どう書いたら良いのか迷うことばかりである。
「書けなくても書けって言われるんだよ!わからなくても書けって言われるんだよ!」
というのは以前私がとある人とチャット中、思わず吐いてしまった言葉だが、恥ずかしながら事実である。
それでも私は書きつづけている。おかしなもんである。


話は変わるが私は「J●NE」草創期の読者だった。
「ポーの一族」「恐るべき子供たち」に心惹かれはしたが、「風木」の存在も知らず、女子の一部で既に取り沙汰されていた「まよてん」なるものも貸してもらって読んだが特に興味を惹かれるものでもなかった。
それがなぜ「J●NE」を購読するようになったのか自分でも定かではない。
確かなことは、雑誌の内容が「J●NE」→「や●い」→「ボーイズ●ブ」になるに連れ(私自身はそれを成り下がると感じた)関心が離れていったということである。
差異については感覚的なモノとしか表現できないが、私の中ではこの3つには厳然とした違いがある。

中島梓の著書「コミュニケーション不全症候群」(だったと思う)にはや●いに走る女子の分析が詳しい。私は出版当時これを読んで、なるほどと思ったりいや、自分はそうじゃないぞと思ったりしたものだが今でも読まれているのだろうか。
私は子供の頃から「女であること」を強要されたことは(憶えている限り)ないし、女であることを疎ましいと感じたことも少ないと思う。
「男だったら良かったのに」と思ったのも、社会的な要請が男にばかり向いてるからではなく、例えばバイトで泊り仕事があったとき、男同士の遠慮ない会話に混じることが出来ない(そりゃ泊る部屋は男女別だからね)とかその程度のことで、どちらかといえば女であることを積極的に受容していた。そう思っている。
そして私は恋愛が好きだ。
変な言い方だが、恋愛もしくは一見恋愛らしく見える関係、そういったところで一喜一憂する自分が愛しい(まぁ単なる自己満足ですが)。
だから、『女であることを受け入れられない』から『擬似恋愛』の形として同性愛を書いているわけではないような気がする。
少年愛好者(というと変質者じみててなんだかな・・・)だが、だからと言ってどうこうしたいとも思わない。


じゃあ一体何を書いているのだ、何故書いているのだ、何が書きたいのだ、ということについては、正直答える言葉がありません。
強いて言えば、耽美になりたかったホモ作文でしょうか。
(・・・ここ笑うとこですな)






あぁまた意味不明なことをつらつらと書いてしまった。
メルしなくて良かった(笑)



***




それにしても、私はなんで書いてるんでしょうかね?

私の内なる欲求とか、私自身の必然性とか、あるんでしょうか。

羊さん曰く
「人生の迷子」


・・・おぃおぃ(汗)













     
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