ぶつぶつ日記
DiaryINDEX|past|will
大変残念な話しだが、遠方から襲撃されてしまう場合、 アラビア語が出来ようがなんだろうがほとんど関係ないのね・・・などと、 外交官が亡くなった時には思ったものだ。 これが、誘拐されて・・・というなら、少し話は違ったかも、と。
日本人もだけれど、アラブ人もみんな、 自分たちの言葉であるアラビア語は難しい言葉、 と考えていて(そしてそう考えるのが好き)、 なので、外国人がその言葉を話すと、親近感が一気に倍増する。 それが、フスハー(正則アラビア語)ではなく、 アーンミーヤ(その土地土地の方言)だった日には、 「オフティー、ワ、ビンティー(私の姉妹、私の娘)」と わらわらと大騒ぎである。
逆を考えてみれば。 言葉も出来ない武器を持った人がいるというのは、 イラクの人にとってもやはり、恐ろしいし不快であろう。 そして、駐留兵にとっても、親しみよりも恐怖が勝って当たり前だろう。 自衛隊の人たちも言葉がわからず、 にこにこと笑顔を向けているだけのようであるが、 その笑顔も、いつまでいい笑顔と思ってもらえるのか。 残念ながら、もしかしたらすでに、 「へらへら笑ってばかりいる、薄気味悪いやつら」 と思っている人がいるかもしれない。
駐留兵にアラビア語を話せなんて、そんな無理難題は言わない。 ただ、本当に心を結ぶ支援がしたかったら、 現地の人たちと話しができるように、 通訳なりをたくさん雇って、日常的に話さないと。 それが、日本語→英語→アラビア語、でもいいと思う。
言葉が全てじゃない。 言葉を超えた心の交流も確かにある。 しかし、むやみにそればかりを期待するのは、 時間の無駄だし、危険も多い。 言葉を使って、心を勝ち取ることも必要なのだ。
|