ぶつぶつ日記
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1年が経とうとしている。 テレビや新聞、雑誌など、目に付くメディアの全てが、 あの日の特集を組んでいる中で、 明日が来る前に少し思い出そう。 明日の出来事ではなく、その他の、本当に色々な出来事を。 なんとたくさんのことを、私たちは忘れてしまっていることか。
例えば、チェルノブイリ。 土地はまだ荒れ、人は住むことが出来ない。 村は地下に埋められ、人々はその場所に戻ることが出来ない。 そして、あの当時幼くして被爆した子どもたちは、 どんどん成人している。 彼らのほとんどは甲状腺ガンやその他の病気を発病していて、 恒常的な治療の援助が必要なのに、 資金難から、18歳になるとその治療援助が打ち切られてしまうという。 そうなると、体に時限爆弾を抱えたまま、 医者に検査に行くことも出来ず、 肉体的にだけでなく、精神的にも病を抱えて生きていかなくてはならない。 なぜなら甲状腺をとってしまうことで、 女性も男性も、本来の体のバランスを失ってしまい、 それはありとあらゆる部分に軋みを生み出していくから。 体が出す悲鳴を受け取りながら、彼らにはどうすることも出来ない。 満足な治療を受けることすら出来ないのだ。
例えばイラク。 湾岸戦争のときに使われた劣化ウランの調査は全く進んでいない。 その中で空爆が行われようとしている。 一日に何度も警報が鳴り響く生活の中で、 生まれることなく死んでいくたくさんの子どもたち。 連続して5回も流産した女性、 生まれて来ても、「人間」として形を成しておらず、 ただ死んでいくのを待つばかりの赤ん坊。 それをむなしく見ているしかない医師や看護婦。 そこまで悲惨ではなくても、たりない物資。 子どもたちの勉強に必要なエンピツさえ、 武器に使われる可能性があるということで、 輸入が規制されている現状。
そして、コソボは?グアテマラは? ルワンダや、コンゴ、 クルド人たち。
私たちが忘れていくもの。 見えなくなっていくもの。 その全てが、私たちの現在の平和に、 しっかりと確実に、黒い影をおとす。 光が当たっている部分は、 私たちが見ているものは、 あまりにも小さく狭く、そして偏っている。
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