ぶつぶつ日記
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| 2002年07月22日(月) |
日本語教師の資質について |
この場合の資質とは、教師としての(つまり教えるための)資質、ではない。 そんなことを堂々と述べられるほど、私にはまだ経験がありません。
なりたい自分」「天職」「自分らしく働く」という うたい文句を掲げた雑誌が数多くあるけれど、 電車の中で社内広告をみていたら、 いまだに日本語教師がすばらしい職業みたいに歌われていて、 はっきり言って苦笑いした。
日本語教師がつまらない仕事であるとは、 もちろん全く思わない。 けれども、この職業を選ぶには、あまりにも失うもの、 あきらめるものも多いことも事実で、 実際大学の日本語科関係者の人たちは、 入ってくる学生たちに正直に言いたいことがたくさんあるという。 でも、大学の、業界関係の、思惑ばかりがあって、 実情をなかなか伝えられない、と言う話しを聞いたことがある。
私が考える日本語教師の「物理的」資質はこうだ。
(1)東京近郊に、日本語教師たるいい年した子供を住まわせておけるだけの 家を持っている親がいる。
(2)ある程度の会社に勤めている男性と結婚している。
(3)OL、サラリーマン時代に稼いだ貯金が結構ある。
(4)いくつになっても仕送りしてくれる親がいる、もしくは親の名義のアパートなどが東京近郊にある。
(5)かけもちバイトをこなしていけるだけの体力と、図太さがある。
1つだけでもあればやっていける場合もあるし、 私の場合は自嘲気味に、2つの資質が自分にあると思うっている。 それは(1)と(5)。 両親はかなり近接した場所に2軒の家を持っていて(しかも都内)、 ぼろいが雨露しのげる家賃なし、の家がある。 そして、土曜日や日曜日に、バイトに出かけられるだけの 精神的・肉体的タフさもあると思う。
よく、大学生などに日本語教師になりたい!と言われることがあるけど、 同僚の先生と言うのは、 「とりあえず、普通の会社に勤めて、好きなだけお金を使ってからにしたら?」 日本語教師と言うのは、掛け持ちして掛け持ちして、 もしくは常勤になったとしても、 月の稼ぎの目標が20万円の世界。 「せめて、20万はもらいたいよね〜。」 がみんなの口癖。 そういう低賃金の世界なんです(−−;)。 人間、「真っ当な金額」のお給料を使って、 やれブランドだ、海外旅行だ、イタリア料理だ、エステだなんだ、 と言う時間を持つのも、人生経験として大切だと思う。 そして、「普通の会社の」企業経験を身につけた人に日本語の先生になってもらって、 健康保険も厚生年金も、健康診断も厚生福利もなくて当たり前、 なこの業界のどうーしょうもない体質を、 みんなで変えて行きたい、と思うのだ。 日本語教師は確かにボランティア的な部分もあるけど、 少なくともこれだけの業界が出来上がっているということは、 立派な1つの「仕事」と言えるのだから。
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