サッカー観戦日記

2015年03月23日(月) 雑文・南長野スタジアムこけら落とし探訪記

3月22日、南長野にJ3第3節、長野−相模原戦を観に行った。J1規格のサッカースタジアムのこけら落としも初めてなら、J3も初めてである。いつもなら3月22日の日付の欄に書くところだが、観戦ノートを全くつけていないので、探訪記として、こちらに記載する。

J3は全くの初生観戦。天皇杯で昨年金沢を観て、大学よりはるかに強いと思った。大学関係者はちょっと前までJ2下位より大学のほうが強いなんてことを平気で言っていたわけだが、主観が入ると人はここまで物が見えなくなるのか、と思っていた。もちろんチームが崩れると、どんな戦力でもダメになるのがサッカーだが、しかしJ2より上はないだろうと。そして昨年天皇杯大阪予選でテレビ中継で当時関西リーグのFC大阪の試合を観ると、やはり大学サッカーより強いとしか思えない。これならJ3上位はもちろん下位でもそれなりにやれるのではないかと思った。もちろん黎明期はJ3下位なら阪南大や流経大より弱いことはありうるのだが。しかしあっという間にJ2のレベルが上がったことを考えれば、J3にも同じことが起こる可能性は高いと思う。現状J3に特別指定選手制度が適用されないのは、大学生を助っ人に戦うJ3クラブがありうるからだが。いずれ完全にJ3が大学を上回る日が来るだろうと。

さて、私はケチで、しかも電車に乗っていても本さえあれば疲れないタイプである。そこで、最小限の金銭的負担で遠征する方法を考えた。まずさっさと長野のホーム、南長野のバックスタンドの前売り券を抑える。そして青春18切符での移動を考える。高槻を5時23分の鈍行で出発すれば、中央西線の中津川〜松本間を特急しなのを使えば、あとは鈍行で間に合う。帰りは篠ノ井〜塩尻間を特急しなの利用であとは鈍行ルートである。行きの特急券+乗車券は3700円ほど、帰りは2300円ほどになる。帰宅は23時02分。

さて高槻出発。改札に駅員がいないので青春18切符のスタンプを押せない。いきなりつまづく。千里丘駅で乗員が客を救護したために鈍行が5分遅れ。当然京都到着も遅れる。そしてギリギリ連絡の京都〜米原間の鈍行は待ってくれているけど、ホームが違うので、ダッシュで移動、着席した。進行方向右手、南東向きに座る。やがて太陽が出てきて赤がかった色から、徐々に高度を上げて白っぽく眩しくなる。結構頭は冴えていたので、読書、主にマンガは進む。そして米原に到着。やはり遅れている。そしてここでも不親切にも別のホームに止まるので、浜松行の快速に急ぐ。こちらは余裕があった。そして名古屋へ。ここで中央線まで4分しか乗換時間がない。急いで移動して乗り込む。中津川行き。ここで急に眠くなり、多治見付近まで眠る。そして中津川まで30分強読書して9時32分に到着。ここまで4時間強。鉄道慣れしていない人にとっては苦痛だろうが、私には何ということはない。改札を出て青春18切符のスタンプを押してもらい、みどりの窓口で松本までの乗車券と自由席特急券を買う。松本へは9時50分発の特急しなのと10時発の鈍行があるが、鈍行では間に合わない。中央西線特急の自由席は進行方向左手が鉄則である。なぜなら木曽川は見えるからだ。右手は山しか見えない。木曽郡上松町は上松少年SSが全少フットサルで全国準優勝したことがあるので知っている。その手前付近を寝覚めノ床といい、木曽川の花崗岩むき出しの大岩と、川底がエメラルドグリーンに光る美しい車窓で知られる。そして浦島太郎を祀ったほこらも観られる。つまりここは浦島太郎伝説の場でもあるのだ。そしてさらに進むと川沿いに雪が残っていたり、山の上に雪が見えたりと、長野って寒いんだ、ということがよくわかる。塩尻に着くと開けている。塩尻から松本はすぐ。広域合併するのでは?と思わせる距離だ。
松本では大阪の友人が鈍行の席を取ってくれている。あいにく重要な進行方向右手がロングシート、左手がクロスシートという残念車両だった。松本を出てしばらくすると、トンネルが続いて、やがて姨捨に着く。スイッチバック駅で、日本鉄道三景と言われる名所である。丘の上から善光寺平を見下ろせ、一気に視界が広がる。姨捨伝説も有名だ。老人を捨てるように命じた大名が一見役に立たない老人の知恵の重要性を学ぶ逸話で、姨捨山が眼前に広がる。スイッチバックとは要するに急勾配を乗り切る切り返し。駅は行き止まりで、出発時に引き返し、そこから再び駅方向に進み下り線に入る。急坂を下りていき、しばらくは山あいに沿って右にカーブしながら下りていき、善光寺平を楽しむ。そして2駅目が篠ノ井。200円のシャトルバスが出ており、ルートは簡単ながらも急ぐので乗る。南長野まで2.5km強。運動公園に入ると、オリンピック種目でもないのにオリンピックスタジアムを名乗る野球場がある。しかも冬季五輪用ですよ。堤一族の政治力は凄かった。全く無駄な野球場を税金で作るのだから。年に1回あるかないかのプロ野球のためにすでに全国各地に国民の血税で建てている野球場をさらに作るより、明らかに不足しているサッカー場を作る方が公共の福祉のためというものだろう。これだから老人のための政治は度し難い。

そして一番奥にサッカー場がある。ぐるっと回ってバス停へ。ここで降り階段を上って入場する。メイン側なので、バックまで時間がかかる。すでに人でいっぱいなので売店に寄らず、まず座席の確保を考える、バックスタンドまで早足で移動し、コンコースから中が見えると光景に圧倒される。人で埋まったスタンド。友人と二人座れる席を探すが見つからないのだ。アウェイ―の相模原付近、というかコーナー付近まで席が見つからなかった。手洗いに行き、ビールを買って着席し、観戦ノートは一切付けずに楽しむ。試合はあっという間に長野が佐藤のオーバーヘッドで先制する。佐藤はU−16代表では5番手のFWだった。何でもできるが得点意欲が足りず、奈良育英では上級生の点取り屋タイプと組んで、トップ脇タイプとして活躍していた。このゴールは長野サポに語り継がれるだろう。しかし相模原も追いつき、そして後半、長野・仙石が2枚目の警告で退場。コーナーのこぼれを自陣深い位置で相模原、高原にドリブルでかわされたところを、足を入れて、エルボーを入れての退場だった。一枚警告をもらっている選手が、敵陣でするファウルではない。軽率だった。それまでは長野は仙石が右のボランチから左ウイングバックの山田への斜めのパスが効いている一方、相模原は本人の責任ではないが、�歓榮�、㉑トロが引き気味で全く効いてなく、サイドバックへ出してサイドに開いた高原に預けて何とかしてくれ、的なサッカーで全然怖くなかったのに。そして長野は3バックから4−4−1に変更。佐藤が左ハーフへ。しかしボランチが高い位置を取り始め、攻めに厚みに加わった相模原が須藤のボレーで勝ち越し、勝利した。観客8600人強は意外に少ない。2階席に入っていなかったのかなあ。芝の状態も非常によく、良いスタジアムだった。帰りにスタジアム建設の寄付者のネームプレートを見かける。結構少ない。こういうのは寄付じゃなく税金で建てるのが基本なのだが。

帰りは徒歩。解りやすい。しかし途中コンビニが見当たらず、昼夜ごはんが買えない。35分ほどかかって駅について駅コンビニで買った。そして塩尻までの乗車券・特急券を買ってホームへ。サッカーで寄った街にはお金を落としたいが、信州そばすら食べる余裕がなかった。駅にもあったが。ホームに降りると在来線と同じ高さで北陸新幹線が走っていたことに気付く。早いうちに乗ろう。帰りの特急は混んでいて自由席に座れなかった。姨捨では車内放送があって、やはり鉄道三景に触れていた。ゆっくり坂を上って丘の上へ。車掌が社内を回るが、特急券のチェックはない。40分かかって松本へ。ここで座れる。甲府方面への客だろう。塩尻まで10分弱すわり、鈍行に乗り換える。食事をとり、マンガを読みつつのんびりした旅に。帰りの寝覚ノ床はギリギリ日没前だった。そして中津川で乗り換え、快速がロングシートなことにがっかりする。そして金山で東海道線に乗り換え、米原から鈍行(高槻から快速)へ。野洲で始発の新快速に乗り換え、すんなり帰る。

さて南長野のスタジアムは素直に感動した。サポーターならなおのことだろう。豊かなサッカー界とは選手に金を掛けるということではなく、施設が充実していること、ファンに熱気があり、政治的発言力があるということだ。普段からサッカーについて激論を交わせる熱意があるということだ。野球や陸上は政治力があるから不要なスタジアムを何個も作れるが、J1規格のサッカースタジアムは存在しない都道府県が圧倒的に多い。長野のサポはこの日の感動を全国に伝えてほしい。いかにサッカースタジアムという劇場がサッカーを楽しむうえで重要か。劇場が良ければ、極端な話、チームが勝てなくても、やってるサッカー自体が魅力的ではなくても、サッカーそのものが本質的に持っている魅力によって観客は集まる。長野は松本アルウィン、南長野のサッカースタジアムが2つある。それだけに、全国に魅力を発信するには最適だし、サッカーファンは使命感を持ってやってほしいものだ。


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T.K. [MAIL]