皇帝の日記
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先生は畑を作っていました。 大学が土地を買ったものの、手をつけていなかったので、実践考古学のフィールドとして有効活用していたのです。 先生はそこで、縄文人さながらに穀物を作っていました。 粟とか。 赤米とか。
そもそも、かような田舎に大学が土地を買ったとき、どの学部ももちろん本庄に移動したいなどと積極的になるはずもなく、結局土地をほったらかしにしていたのです。 怒ったのは格安で土地を提供した地域住民で、うちの大学がやってくることによって、当然見込まれるはずだった下宿の収入や、土地価格の向上、はては自分ちの子供の家庭教師等等が、全く実現されない。
あーでもないこーでもないと、言いあいしているときに、農夫をいれてついに耕し初めやがた、と地域住民は思いました。
農夫ではなく、教授。 手伝ってるのは農夫の子ではなく考古学サークルの生徒。
そんなことはパッとみではわからないので、摩擦は益々強くなります。 先生が収穫を上げ、「飛鳥鍋」なるものを作り、また復元土器でビールを(素焼きなので泡が細かく立つそうな)のみ始めた頃、ついに大学は先生から畑を取り上げ、情報部の建物を建ててしまったのです。
そんな摩擦や怨念のこもった土地。
情報部とかいって、建物だけで人入ってないし。
皇帝

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