皇帝の日記
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2003年01月31日(金) 無事ざんす

出発前夜に日本酒2合飲んだら酔っ払って、足の小指の内側を深深と風呂場で切ってしまった。
酔いの覚めた今となってはもう、何処をどうしたらそんなところが負傷するのかわからないのだが、爪も剥がれかけている。
ハラーン。
何したの・・・酔った私・・・。

出発日は朝から津田沼線が運休。
足から血を吹きながらJRまで歩く。
早くも波瀾の予感が。
兄貴に見送られ、飛行機の搭乗口に行くと、なんだかとっても不吉な音が耳に届く。
この刺すような激しい言語、耳慣れたようでいて、けして馴染むことができない、他者を廃絶するかのような音。

上海語。

ですね。
ふふ。
そう、おそらく成田経由ダラス行き、上海発のお客様の群れが待ちうけていたのです。
ああ、神様、とことん私が嫌いなのね・・・。
予想通り、機内は難民キャンプ状態。
上海人の特色として、子供が泣こうがわめこうが放っておく。
嫁が騒いでも放っておく。
あっちの子供が泣き止めば、こっちの子供が泣き出す。
持ちこみの肉は貪り食う、淡は切る。
人が隣で寝てるなんて、まるで千里の彼方の出来事のように振舞われる。
ふふふ。
傍若無人なんて、辞書無しでは書けないお言葉が浮かびましたわ。
それが、全くわからない言葉で騒いでいるとしたら喧しいな、ですんだかもしれない。
だがしかし、「後三十分我慢したらトイレにいくわー」だの「乾燥するから鼻がつまって手鼻がかめないわー」だのが一々聞こえてきて私の突っ込み精神を刺激する。
上海語特講など取らなければ良かった・・・。
語学をやって後悔したのは始めてのこと。
全く眠れぬ時を過ごし、ダラスへ。

さすがに世界一広い空港。
無駄に歩いて足の傷も広がる。
厳重なアメリカン・エアラインのセキュリティ・チェックを抜けるとそこはテキサス人の山でした。
テンガロン・ハットにカウ・ボーイ・ブーツ。
シャツの裾を薄い色のジーンズにきっちりと入れて、袖を捲り上げて腕毛をさらす男くさすぎる男ども。
隣のおっさんはやたら話し掛けてくる。
ジュンコという日本人が十数年前におっちゃんの家にホーム・ステイしていたとかで、延々とそのお話。
今ならジュンコの伝記が書けます。
東芝でマネージメントをしているジュンコのことを。

家に着いたら時差ぼけで転がっている両親。

波瀾のヒューストン篇再開。


皇帝