| 2002年11月30日(土) |
死んでいる生きもの。 |
息をして心臓動かしてモノを考えながら存在する『ナマモノ』が例えば死んだとしたら、タイトルのような表記になるんだと気付いた時、ちょっと面白かった。 日本語の特有の妙だと思う。 死んでいるのか、生きているのか。 『臨終』と言う言葉もそうだ。 『終』わりに『臨』むのに使用方法は『終った時』だ。 臨んでいる段階では終っていない筈なのに。 死んでいるのか、生きているのか。 それはとても微妙な一線なんだと思う。 生きていても死んでいる事もある。 逆に、死んでいても生きている事もあるのではないか。 未だに帰ってきて玄関を開ける時、扉の向こうにボブの存在を期待する時、確かにボブは生きていると思う。 犬は大好きだ。 でも、犬を見ても飼いたいとは思わない。 これから先、また犬を飼いたいと思う時が来るのかもしれない。 でも、死んでいながらにして生きているボブを未だ無意識下で『飼っている』私には二匹目を『飼う』と言う事が出来ない。 そんなもんなんだと思う。 例えば『さよなら』をした人は例え同じ次元、同じ地球、同じ陸地に存在していたとしても死んだも同然だ。 生きているのに死んでいる。 例えどんな『さよなら』でも、別れには違いないと思う。 其の度に、其の人の存在が自分の中で死ぬんだと思う。 学校帰りに軽く言った『さよなら』ですら。 それは別れであり。 例えこの世に二人といない無二の親友であったとしても。 別れ際には其の人は死ぬのだ。 また出会えて、初めて其の人はまた『生まれてくる』。 次の日の朝、『おはよう』でもいい。 それだけで、生まれる事ができる。 他人の中に。 そうやって無数の生死に塗れながら、自分は存在しているんだと思う。 だから。 私に『おはよう』を言う事のない人達・・・『さよなら』を言ったままの人達は、私の中で死んだままだ。 他人の存在だけは自分では生み出せないから。 早く、生まれてくる事を祈るのみだ。 極力、『さよなら』は言いたくない。 その重さは嫌と言うほど知っているから。 生きているのに死にたくない。 私は、此処で、生きているのに。
図書館で本借りましたー。(がらりとキャラ変わり過ぎ) Coccoの絵本ー。 『南の島の星の砂』。 すんげ絵ぇ上手くて、綺麗な言葉でCoccoわーるどでちたーVV やっぱ好きやわ、Cocco。 あと、偶然見つけたんだけど、『悪戯王子と猫の物語』。 森博嗣&ささきすばる著。 いいよ、この本。 ちょっとシュールなんだけど、絵本・・・みたいな。 軽い哲学書観もありーの。 考えさせられる本ですわ。 其の中の『汚染』を読んで『コトバアソビ。』を書いてみた。 だって泣きそうになる程感動したんだもん・・・。 私、こういう本、好きです。 ココロのコトバみたいの。 シュールで。 生きているんだってわからせられたみたいな。 『生きている』って事が認めざるを得ない事実なんだなーってココロで『わかる』感じ。 頭で理解するんじゃなくってね。 お薦めですわ、この本。 一気に読んだ後、しばしぼーっとして。 PCに向ってその事について思った事を書くと上記のようになるのですね(笑) 全くミラクルな脳みそ持ったもんです。 もっとプラス思考な脳みそ持ちたかったなー・・・。 いや、ジューブンプラス思考かもだけど??
親父のオムツを替えるのは一苦労です。 ガタイがいいだけにねー(笑) 最後にずり落ちた身体を4人掛かりで引っ張りあげるんですが、いっつも勢い余ってベッドの上端に頭ごちんっ、するんですよねー(笑) 無駄にデカく育つからいけないんですね。 180cmオーバーの身体は、寝たきりになって食事も食えなくなって点滴と鼻からチューブの栄養剤だけになって痩せ細ったからとて骨の重さだけで充分重いのです。 意識レベルが悪くなって長いなー・・・。 今年一杯持つんだろうか・・・とか言ってた割に持ちそうな気もする。 脳みそ以外健康そのものだかんねー。 転移しないのも不思議だよ。 脳だけってのも、不思議だし。 床ずれが痛々しく。 鼻チューブが擦れて鼻の穴周りかさぶただらけだし。 足も棒みたいだし。 うー・・・痛々しい・・・。 子供はいつか、親を越えるもんです。 でも、こうやって越えなければならないとはね。 むしろ、越えた気もしないし。 がちんこぶつかってぶつかって譲りあって和解、みたいなノリ欲しかったなー。 学食でたまたま隣り合わせた女子大生が、 『お父さんが入った後の風呂とかチョーいろんなモノ浮いてて入りたくなくない??』 『悪いけど流しちゃうねー、お風呂』 『休みとかゴロゴロしちゃっててチョー無駄に過ごしてんのー』 『もっと趣味とか持てばいいのにーって感じだよねー』 とか言ってたのが凄く子供っぽくって可愛かったです(多分上級生だろうけど) 色んなモノ浮いてたぐらいで風呂釜から水抜いたら水道代が馬鹿になら無いだろうが。 親父はてめぇらを養う為に日々粉骨砕身で稼いでくれてんだよ。 休みぐらいごろごろさせてやれよ。 むしろ親父を労わってやれよ。 気持ちがわかって労わってやりたい時にゃ、もう親はいねぇんだよ。 等々。 いろいろ一瞬で考えた。 つか、ホント、親に感謝できない子供はダメ。 そんな向こう見ずな不満言ってられるのも親がお前等守ってくれてるからだし。 吹き荒れる強風に曝されてないからだし。 はっ、みたいな(笑) 鼻で笑うよ、鼻で。 羨ましいから妬んでるだけなんだけど(笑) 私もそんなどーでもいい不満ぶーたれてみたかった。 お父さんが、お母さんが、どれだけ大きな存在か。 アリガトウ、って言いたい。 凄い、尊敬する。 ヒト一人守る事がどれだけ大変か。 ヒト一人を思い遣る事すら難しいのに、ヒトを生み育て守ってるんだからね。 どんなに子供っぽくっても、頼りなくっても、経済力薄っぺらくても、器は大きいんだと思う。 むしろ、大きくならざるを得ないんだと思う。 親本人にそんな事言っても、『そんなん育てるのに必死でわかんないよ』って言うんだろうけど。 子供が、例えば私が子育ての結果として成功してるかどうかも全然わかんないけど。 凄いって、思える。 ヒトを守れるヒトになりたい。 ヒトを傷付けるヒトじゃなくて。 今日、TVでやってた占い師が言ってた言葉を思い出す。
『宿命は変えられないけど、運命は変えられる』
そうありたい。 そうあって欲しい。 例え、悪足掻きだとしても、やらないよりはましだから。
どーでもいいけど(またキャラを変えてみる) FFとDQの合併はどうかと思うんだよねぇ。 DQ派の私としては。 FFはオトナのゲームな気がするんだよなぁー・・・。 DQはおこちゃまでも出来るしなー。 うーん・・・どうなんだ。 売れるのか。 売れるんだろうナァ・・・。 何だか、騙されてる気がする。
あぁ、明日も図書館ジャン。 頑張るベー。 今日は、とてつもなくいい本読んだから満足。 CLAMPの笑点ももう直ぐ読み終わる。 忘れったから思い出したように読んでみた。 明日マツオさんに返そう。 今日は割に長いね。 マジメとおちゃらけ8対2ぐらいだね。 別に、凹んでも凸ってもないから。 逆にマジメモードなんだと。 今日は朝から眩暈もしてたし。 体調悪いんかな。 どーだろ。 『倒れる!!』って今日だけで三回位は思ったけど。 それもありきで。 お疲れー。
生きている生きものって、何処にいるの?
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