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2002年09月05日(木) Can you feel the love tonight?

有難う御座い舛。

いや、アレね。
いろいろ心配かけたみたいで。
しろきち、身体的には元気です。
精神的には闇です。
鬱じゃなくて闇。
自分が見えない。
そゆ日も、あるって事さ。

昨日はネ、病院でドクターに話を聞いてきたのさ。
纏めようと思う。
自分の精神面での整理の為に。
かなりダークネスだと思うので、付いて来ない方が良いです。
私にプラスを求めてる人、マイナスに飲み込まれやすい人、泣きたくない人、この先通読禁止です。
私と共に落ちてもいい人だけ、どうぞ。

先に言っとくね。
楓っち、有難う☆
嬉しかったよ、本当に。



















私の家族構成は父(46)・母(43)・自分(19)・弟(17)です。
父は一応一流企業と言われる所に勤めていました。
1000万円プレイヤーでした。
管理職でしたので。
正しく言うと、去年管理職についたばかりでした。
うちの父の会社は年俸制で、課長以上は降格なしと言う所でした。
まぁ、それも、この不景気ですのでどうなるか、わかったもんじゃないですが。
其処の管理職だった父は、年契約1200万位だったと思います。
其処から税金・ローンその他をマイナスして手取り1000万弱。
そんな父は、少しエリート思考で、強引に人を引率する人でした。
それが長所だったか、短所だったかは私にはわかりません。
時には人を率いる強い意思力は必要だと思うし、行き過ぎると独裁体制に他ならないからです。
良い意味でも、悪い意味でも、人を惹きつける力を持つ人でした。
母はあまり体が丈夫ではありません。
心臓に欠陥を持っています。
と言っても、薬を服用しているとか、心房弁を付けているとか、そういう重度のではありません。
健康診断に心雑音で引っかかる程度です。
心筋が正常ではないのです。
だから、少し、心雑音があるのです。
それは、身体を疲れやすくさせたり、直ぐ頭痛を起こしたり、胃痛で寝込んだりと、やはり身体を弱くする一つの原因だと思います。
また、精神も細かいのでストレスに強くありません。
でも、朗らかでまっすぐで友達みたいなお母さんです。
良い意味でも、悪い意味でも、人とべたべたするのが好きではなく、からりとした性格です。
竹を割ったような、とはああいう人を言うのだと思います。
弟のことはよくわかりません。
わかるほど仲が良くないからです。
また、喧嘩するほど仲が良くもありません。
他人より他人らしい姉弟だと思います。
でも、彼も私も、日々成長しているので、一口に彼を言い表すことができません。
彼を傾向で纏めるのには、生きている年数が、つまりデータが、あまりにも少な過ぎるからです。

そんな、家族です。

あぁ、学生課に行かないと。
またあとで帰ってきます。

ただいまです。
ちょっと奨学金で色々とね。
では続き。
もっとダークネスになると・・・思う。
付き合う気のある方々は最後まで、どうぞ宜しく。


家族大好きな父が、単身赴任をするようになったのが、丁度、五年前です。
家を、古都である現在の地に買ったので。
必然、父は逆単身赴任という形となりました。
その時はまだ、彩の国の工場にいたので。
其処から昇格に伴い金シャチが有名な営業所に転属。
其れでも未だ逆単身赴任は継続。
連休の度にこちらへ帰ってくると言う暮らしが続きます。
でも、帰ってくる度に、『視界に赤い靄のような物が横切る』、『風邪気味のような気がする』、『だるい』と訴えるようになったり、ことんと眠りについたりするようになります。
それは、異常な眠り方です。
皆さんもわかると思いますが、その異常な眠り方とは、『ちょっと疲れたから昼寝する』ような感じのものではなく、『明らかに体調が悪くて身体が意識を手放したような眠り方』。
良く、重度の風邪を引いたけど、風邪だと気付かずに気がついたら眠っていた(気を失っていた)と言うのと同じ眠り方です。
でも、私達は気付きませんでした。
離れている時間が長過ぎて、彼がごそっと痩せているのも単身赴任の不摂生のせいだと思っていたし、顔色が悪いのも、持病の高血圧や糖尿病、まぁ、悪くて肝臓かな、と言う程度でしか考えられませんでした。
そう、彼は決して健康体ではなかった、と言うのがネックなのです。
私が生まれてから、正しくはもっと前からかもしれませんが、彼・・・父が健康であった事はありません。
『日常生活が支障なく出来る』と言うだけで、決して健康ではなかったのです。
だから、笑い話をしながら、運転をする父の横に座って、『一回病院行きや!!』という程度でした。
しかし、父含め、父方の家系と言うのは、どちらかと言うと『病は気から』系統で。
出来るだけ、『病気なんて気のせいだ』と力で捩じ伏せて病院に行かなかったりとか、病気だとわかっていても自然治癒力で治そうと試みたりとか、『食べれば治る』と思っていたりとかして、自分が倒れそうでも『仕事はキリのいい所までやる』、と言った責任感の強さも相俟って、病院に言った頃には結構末期だった、なんて事がザラな人、父はそういう人でした。
私が二歳、弟が未だ母の中にいた頃も、父は肝臓を病んで三ヶ月程、絶対安静だったと聞いています。
それは明らかな身体の酷使が原因です。
黄疸も出ていたし、入院する前に本当に『倒れた』らしいですから。
父は、他人に敏感な分、自分に無頓着な、気配りが細かく出来る、頑張り屋さんでした。

そんな事が続いていた、2001年2月9日。
その日、父が帰ってくる事は聞いていました。
それで、部屋が汚かった(と言うより、私の部屋は『雑然としている』と言う方が正しい)私は、掃除しなきゃ怒られるナァー(と言っても私に甘々な父は『突っ込み』程度で本気で怒る事は無い)と思いつつ、昼寝をしていました。
起きたのが・・・確か、夜の八時過ぎ。
家には誰もいませんでした。
いや、弟は居たのかもしれないですけど、わざわざ部屋は覗きませんでした。
どうやら弟も昼寝をしていたようなので。

母がいない、車も無い、と言う事は、駅まで迎えに行ってるのかな・・・?

そんな暢気な事を考えつつ、晩御飯、どうしよう、なんて思っていたら。
私の携帯が鳴ります。
母からでした。
そこから、いや、本当はもっと前からかもしれないですけど、私はぐんと成長する機会を得るのです。
世界が変わった、瞬間でした。

『もしもし?起きたか?・・・ちょっとお父さん調子悪いんやわ。入院するかもしれんから、入院セット(私の家は変に病院慣れしていてそう言われただけでピンとくる)用意しといてくれんかな?』

そりゃ驚きました。
寝起きだし。
父がそんなに悪かったなんて、青天の霹靂です。
取り合えず、下着・パジャマ・スリッパ・タオル・バスタオルと言った本当に取り繕いの急拵えセットを作り、着替え、祖父に電話。
そうしたら、丁度祖父母が病院に行く所でした。
それに便乗する事にします。
一刻も早く父に会いたかった。
救急の所に着くと、待合室にぽつんと座る母。
何処が悪いのか、何なのか、どうしてこうなったのか。
祖父母では要領を得なかったので、直接聞いた方が早いと思いました。
母は、普通に、悪質の風邪だったのよ、みたいな口調で語り始めました。
それは、シビアに事を考える彼女の癖でした。
冷静に成らなければならないから。
しっかりしなければ、自分が転んでいる場合ではないから。
彼女から聞いた事実は、こうでした。


一週間くらい前から、体調は悪かったのだ、と。
前日、朝吐いて、でもタチの悪い風邪だと思った父はそのまま会社へ。
会社でも吐き、頭が割れるようだと訴える。
周りの同僚は、『またまた大袈裟な』と取り合ってくれない(それだけ父がバイタリティ溢れる人柄だったと言う事だ)
しかし、大事を取って保険部で横になっていたらしい。
そのまま終業・退社。
ベッドに雪崩れ込み、起き上がれずそのまま就寝。
よくよく考えたら、3日前位から食べては吐く、の繰り返しだったらしい。
翌日はとある会場で会議。
其処でも体調は不良のまま。
しかし、会議後社に戻る予定の父を部下が咎める。
以前、この会場で皮肉にも、父と同じポストにいた人が脳関係で倒れていた。
それと同じ症状だったからだ。
課長、病院に行った方が良いんじゃないですか、と。
なんだったらタクシー呼びますから、そのまま病院へ、と。
部下のその申し出を断って、父は実家の方へ帰るよ、悪いけど、後宜しくな、と言って新幹線へ乗る。
どうせ帰るのは決まってたんだから、皆のいる地の病院にかかった方が、何かと都合も良いし、何より心強かったのだと思う。
この段階で、周りは少し、異常事態だと感じていたと言う。
しかし、当の本人は『タチの悪い風邪』だと信じて止まない。
そんな中、こっちでは父から『ちょっと体調悪いし』と聞いていた母が寝ている私は置き去りにして弟と二人連れ立って父を駅まで車で迎えに行っていた。
駅で落ち合った三人は、そのまま地元の個人開業医の処(所謂○○サンとか呼んでご近所に親しまれているレベルの処)へと流れた。
其処までに父の体調は悪かった。
弟に『風邪が感染るから近寄るな!!』と怒鳴りつけたくらいである。
普段、『キレる』と言う事ない父が、である。
其処で医者は『これはヤバい』と判断、地域の中級病院に転送。
しかし、其処でも『お手上げ』を喰らった父はそのまま大学病院に流される。

其処までが、今いる場所、大学救急病院待合室に来るまでの経過だった。

そして肝心の、『何処が悪いのか』。
その段になると、彼女は口を濁した。
『未だはっきりした事はわからないんだけど・・・・』と注釈した上で語り始めた。

お父さんな、多分頭ん中が悪いねん。脳・・・腫瘍・・・かな。
今は当直の先生しかいーひんから、詳しい検査はこれからやけど。
大分もう、お父さん言うてる事、とんちんかんなってきてるし・・・。
どうやろう、まだ詳しい事わわからんけど・・・ちょっと、入院は長くなるかもな・・・。

そうやって、淡々と言う彼女の横で、取り合えず今どうこうと言う事ではないのだと、胸を撫で下ろしながらも、『脳内出血』を主たる要因として、合併症で母方の祖父を亡くしたので『頭の中』と聞いて一抹の不安の残る私。
それに『脳腫瘍と言えば癌じゃないのか』とも考えました。
つい半年ほど前に、乳癌だった母方の祖母が退院したばかりだったから。
受験生になるという学年に上がる前の、出来事でした。


そこから色々検査があったり、八時間にも及ぶ手術があったり、放射線治療に行った先で危篤になったり、抗癌剤投与に切り替わったり、いろいろありました。
それは現在進行形です。
でも、健康だった頃の・・・と言うと御幣があるかもしれませんが、正常な脳で会った頃の父はもういません。
大分、父も、私も変わったと思います。
変わってなきゃ、嘘です。


昨日医者から聴いた話は、今まで母から聞いていた事の事実確認でしかありませんでした。
私は、『自分が子供だから』と言う前提でモノを考えていた為、『きっと隠している衝撃の事実』を医者から言われるんだろう、と腹を括って行ったのに。
どうやら、私は大人だったようです。
其処には隠されていた事も、衝撃の事実もありませんでした。



私の父の病名は『悪性リンパ腫』。
身体中を巡るリンパに腫瘍が出来る、と言うもので、身体の何処に出てもおかしくありません。
ただ、リンパ腫にも人によって出やすい所があるらしく、同じ悪性リンパ腫で入院していた隣のベッドのおじさんは、足がありませんでした。
腫瘍を取っても取っても、右足だけに出るんだそうです。
その入院していた段階では其の他はぴんぴんした人でした。
ただ、右足を完全に無くしたおじさんの、その後は知りません。
出やすい所がなくなったからって、病気が治るわけが無いからです。
また違う所に出るだけです。
其れは左足かもしれない。
右手かもしれない。
胃かも、肺かも、腸かもしれない。
私の父は、『脳』でした。
悪性の細胞が、『脳の中』にだけ蔓延るのです。
脳腫瘍だったらどんなに良かったか。
悪性部分を取れば終ったのですから。
リンパ腫は、そんな訳にはいきません。
因みに、私が勘違いをしていたのですが、『悪性リンパ腫』は癌ではないのだそうです。
担当科は『血液内科』。
その病気で、脳に出る人は殆ど数える程だそうです。
最初は『脳外科』に入院していました。
『脳腫瘍の疑い』で入院していたからです。
癌細胞は、取って細胞検査をするまで、悪性か、良性かはわからないのだそうです。
あと、詳しい病名も。
だから、父は、病名其の他を調べてみる為に、頭を開いたのです。
勿論、目に見える悪性の細胞を取り除く、と言う目的もあったのですが。
八時間に及ぶ開頭手術。
乗り越えた父は前とは違った父でした。
脳を弄ったのだから、性格が変わっていて当たり前です。
それから、放射線治療になります。
頭の中と言う処は、生命の存続に関わる為、薬を投与しても中々頭までは回らないようになっているのだそうです。
頭から簡単に命令信号は出せても、逆に侵入する事は凄く、困難だと言う事も初めて知りました。
直接放射能を浴びる事によってどんどんダメージを受けていく父の脳。
なんとか、『若さ』の残る父の脳は、『生きよう』と頑張ったみたいです。
父の病気になる人は、大抵御老体だと聞きました。
『若さ』故にダメージに強い父の脳。
逆に言うと、『若さ』故に病気の進行も、早いのでした。
先生曰く、
『まぁ、珍しい方だとは思いますね。僕ら医者は、大抵コンコンって咳をした人が来たら『肺炎』かな、と考えますからね。そんなハナから『ウイルス性のなんたらや』とかは考えません。頻度と言うか、確率の高いものから疑っていって、消去して消去して最後の最後に疑う、お父さんの病気はそんな病気です。脳の発病割合にすると、1〜2%程度の、大変珍しい症例であると思います。年齢的なものも含めて。この病気の方は大抵、半年位ですが、お父さんの場合、大変薬で良く病原がコントロールされている状態だと思います。治療も、もう最高限度の量まで投与してしまったので、ここらで少し、家でゆっくり過ごされると言うのをお勧めします。それは彼の人生を考えると、と言う事もありますので。勿論、家族の方でもう面倒を見て行くのが難しい、となったら、こちらからも療養型の病院をご紹介できますので・・・』

らしいです。
父が発病してから(正しくは、病名がはっきりしてから)今月で19ヶ月目。
脳外の先生が言っていた上限が20ヶ月。
これからどうなるかわかりませんが、父は、退院してきます。
そう言う事です。


















お付き合い有難う御座い舛。
聞いただけの事を記憶のみで書き起こしている為、事実には少々弱い所が多々あると思われます。
それに、読み手に優しくない文章です。
すみません。
でも、そんな家庭に生きている、普通の女なんです、私。
なんか、疲れたので、レスはまた明日と言う事で。
お疲れ様です。


















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