※ふふふ・・・このシリーズの更新は、いったい何ヶ月ぶりでしょうか? 数えるのが異様に怖いですわ☆ さて世間ではいよいよ、魔人学園の続編(と言うか、番外編?)の製作発表が公表されましたねー。主人公がトレジャーハンターと言うのは、学園モノには違和感バリバリという感じがしないでもないですが(汗)。おまけに制作元があのAT○ASとは・・・多分ちゃんちゃん☆ は首、突っ込まないでしょう。二次創作にコトのほか厳しいことで有名なところですから。・・・でも頼むから、「魔人學園」最終話はシャフト単独で作ってくれ・・・☆ まあ、今はともあれ、榊さんです。今回榊さんは、とんでもない受難に逢ってしまいます。イヤイヤついた任務ではあるみたいですが、やはり榊さんにとっては火附盗賊改与力というのは天職ということなんでしょうかねえ。人間と言うのはとっさのときに本性が現れる、と言いますから。でわ。 ところでこのコーナー、魔人ファンの方もボチボチ読んでくださっているようですが、最近SDの流×彩方面でこちらに来られる方も多いみたいです。メールで感想いただきましたし・・・またそっちの続きも書かないと。でも、もうしばらくお待ちくださいね、ichanさんv ***************** 「あなた・・・涼浬、と言う名でしたね、どうしてここにいるんですか!」 一瞬の茫然自失状態から無理やり抜け出して、あたしは何とかそう尋ねていた。 確かこの女・涼浬が、骨董屋を営んでいるのは王子のはずだ。ついでに言えば、涼浬が属してる《龍閃組》の本拠地は、内藤新宿。 そしてここは神田。どう考えても、たまたま見かけたから挨拶でもしようと思って着いて来た、なんてことはありえないのだけれど。 「日本橋辺りで、馬で爆走なさるお二方をお見かけいたしました。ただならぬ様子でしたので、後を追って参ったまでです」 「日本橋って・・・」 さては、おろくの火事について調べてたのね。 口では何だかんだ誤魔化してたけどこの女、やっぱり笹屋の奥方とあたしの話を盗み聞きしてたってことか、天井裏で。でないと、おろくの火事と笹屋をつなげて考えようなんて、思わないはずだもの。 が、色々と思案をめぐらせてるあたしをよそに、涼浬はこの場に居合わせるはずのない連中の存在に気づき、いきなり敵意をむき出しにしてたりする。 「なっ!? 貴様たちは《鬼道衆》!? 何故榊様たちと一緒にここにいるのだ!?」 「・・・多分お前たちと同じ理由だと思うがな・・・」 苦笑いして答えるのは九桐。 ・・・お前『たち』? 彼の言葉の真意を測りかねていると、その答えは外から騒々しく突入して来たのだった。 「御厨ーー! 榊ーーー! 無事かーーーー!?」 げげっ・・・☆ あの声は紛れもなく、蓬莱寺京梧じゃないの!? 御厨さんじゃああるまいに、何で黙って入って来られないワケ? 涼浬を見習いなさいって! てぐすね引いてお待ちかねの鬼火にとっては、絶好の標的になっちゃうじゃないのさ! が。鬼火の方は人間の混乱した事情など、わざわざ把握してくれるはずもない。蓬莱寺の叫び声に呼応するがごとく、戸口めがけていっせいに襲い掛かったのだ。 あたしが思わず、想像したくもない「黒焦げの半死体」を頭に想像したその時、凛とした声が聞こえ・・・。 『剣掌・・・発勁ッ!!』 ジャッ! 続いて、焼けた石に水をかけたような音が響いたかと思うと、戸口に迫っていた鬼火はすべて、その一刀のうちに切り伏せられてしまっていた。 「ったく・・・少しは相手をちゃんとみて襲い掛かって来やがれ。俺は『てめえら』の言わば、天敵なんだよ。涼浬同様な。・・・おっ、2人とも何とか息災ってか?」 不敵な笑みと共に、怪我ひとつない体で戸口をくぐって現れるは、蓬莱寺京梧。 「な、何であんたまでここにいるのよ!? 蓬莱寺!?」 つい毒ついたのは彼の<力>を信じていなかった自分を取り繕うためと、あからさまに彼を案じてしまっていた気恥ずかしさからだったんだけど・・・肝心の蓬莱寺の返答と来たらからかいも、理不尽さに対する文句も飛んで来やしない、いつもと違い極めてまっとうなものだった。・・・怒鳴りつけたことをこっちが後悔するくらいに、ね。 「別に俺だけじゃねえぜ。雄慶や藍も来てる。もっとも雄慶は『火』とはあんまり相性良くねえから、入れねえでいるけどよ。藍たちは長屋の連中を宥めてる最中だ。何も知らされねえで待機だけさせられる、なんて、結構神経的に堪えるらしいからな」 「・・・悪かったわね、徒に住人を不安に陥れちゃって【怒】」 「へ? イヤ、別にお前らのやり口を責めてるつもりはねえんだが・・・」 どこか呑気にも思える会話は、だけどさっきまでは決して起こりえなかったことではある。 それが許されるのも、鬼火たちが蓬莱寺を遠巻きにして牽制しているからだ。彼の言葉「天敵」を、まさに裏付けるかのように。 その隙に涼浬は、どこから取り出したのか、あたしの目の前の床にトスッ、と、1本の刀を突き刺した。そして鞘を両手で掲げてみせる。 「榊様・・・どうかこれをお使いくださいませ。どれだけか戦いを有利に運べると存じます」 「これは?」 「銘は『村雨丸』。かの、里見八犬伝にてその名を知らしめた、常に刃に水を湛える刀にございます。この場においては、最良の武器かと」 「むっ、『村雨丸』ですってえ!?」 里見八犬伝を読む限りじゃ、滴り落ちる水のおかげで切れ味が落ちないって話だけど・・・確かに鬼火たち相手にはもってこいの刀では、あるわよね。 しかし、てっきり伝説か、作り話の世界の物体だとばかり思っていたけど、実在するものだったとは・・・骨董品店って言うのも、案外侮れないわ。もちろんこの刀がホンモノの『村雨丸』だったとして、の話だけど。 ゴウッ・・・! と、そのうち。 蓬莱寺とまともに戦っても埒が明かないと見たか、早速1匹の鬼火がおあつらえ向きにあたしめがけて襲い掛かって来た! 「うわわわわわわっ!?」 情けない悲鳴を上げて攻撃をよけると、あたしは思わず『村雨丸』を引っこ抜いていた。そしてそのままの勢いでほとんどヤケクソになって、鬼火に切りかかる。 ジャッ! ───一刀両断、とはよく言ったもの。今まで苦戦していたのが嘘と言わんばかりにあっさりと、鬼火はその場で切り捨てられた。 「こ・・・怖い刀だわ、これ・・・☆」 改めて刀を見やりつつ、あたしはゾッとせずにはいられない。 『村雨丸』が聞きしに勝る、涼やかな冷気を持った刀だからってこともある。でもこれはどちらかと言えば、切れ味が良すぎてかえって寒気が来る、ってヤツね。 正直これは、使いすぎると危険な刀だわ。このまま下手に、たくさんの鬼火を「気持ちよく」斬り続けて御覧なさいな。きっと勘違いして、自分が天下無敵に思えて来るに違いないわ。 そうしてそのうち、切れ味の良さが忘れられずに夜な夜な獲物を求めて、辻斬り三昧・・・。 ブルルルッ☆ しゃ、しゃれにならないわよ、火附盗賊改が辻斬りなんてっ。 「・・・役目が終わったら、とっととつき返しましょ(汗)」 硬く硬く心に戒めて、あたしはとりあえず当面の敵を切り伏せることに専念するのだった。 ******************* 戦況が逆転したのは、それからまもなくのこと。 この手の相手とは場数を踏んでいるらしい、《鬼道衆》の3人。 「火」の天敵らしい、蓬莱寺と涼浬の乱入。 そして、「火」に対しては絶大な切れ味を生む『村雨丸』が冴え渡ったおかげで、この室内を覆い尽くさんばかりにいた鬼火たちは、見る見るうちにその数を減らしていった。 おかげで、今まで把握できずにいた室内の様子が、一目で分かるようになる。 とりあえず壁も天井も床も、まだ焦げないままで済んでいるようだ。そして、この部屋に唯一ある襖は押入れのものらしく、わずかに開いた隙間から布団が入っているのが伺える。そしてその布団が、少しだけ震えているのも。 どうやらこの部屋の住人・油売りの彦一は、鬼火に襲撃された際、とっさに押入れに逃げ込んで難を逃れていたみたいだ。 「・・・榊さん」 「ええ」 御厨さんも、そのことに気づいたみたい。鬼火たちに察知されないよう目配せで、あたしに知らせてくる。 やれやれ。何とか無事で良かったわよ。これだけ大騒ぎしておきながら、結局焼死体が1体見つかった、なんてことになったらやりきれないもの。 そうして・・・。 ドコッ!! 風祭の拳が、最後の1つの鬼火を打ち砕いた。 後に残されたのは───明らかにかつては「人」だったもの。惨たらしい火傷の跡を隠そうともせずあたしたちを睨みつけて来る、小さな子供の幽霊だけだった。 おそらくソレは、姉・おろくの起こした火事で焼け死んだ、勇之介の成れの果て。 ───オノレ・・・オノレぇっ・・・! ドウシテオ前タチハ、邪魔ヲスルンダぁ・・・! 聞いてるだけで気がどうかなってしまいそうな怨嗟の声に、それでもあたしは踏ん張っている。 理由の1つは、運良く今あたしは1人じゃなかったから。「味方」がいる心強さとか、変な見栄っ張りとか言った感情が、かろうじてあたしに冷静さを失わせないで済んでいるのだろう。 そして、もう1つの理由は・・・きっと皆の胸を去来する感情と同じものがあたしの心にもよぎっていたから、に違いない。 「勇之介・・・」 だけど。 幽霊に対してそう、呼びかける桔梗の表情と来たら、あたしたちのような「悲しさ」を既に通り越して、むしろ「悲痛」と呼べる代物だ。 「ねえ勇之介、もうやめとくれよ、ねえ? これ以上恨みをあちこちに振りまいても、あんたが苦しいだけじゃないさ? 姉さんをハメた挙句にあんたを見殺しにした2人は他ならないあんたの手で、もう十二分に報いを受けてるんだから・・・」 ───ウルサイ! 勇之介が吐き出す言葉の1つ1つが、未だ毒と、紅蓮の炎を帯びているように聞こえる。 ───誰モ助ケテクレナカッタ。ダカラ姉サンハ、サンザン苦シンデ死ンダンダ。 ソノ苦シサヲ、コノ江戸中の人間ニ思イ知ラセテヤルンダ! オ前ガ言ッタヨウニ!! 「・・・・・っ!?」 桔梗の顔が、目に見えて歪む。 きっと彼女は、勇之介に<力>を与える時に言ったのだろう。自分と姉のおろくを救ってくれなかった連中に、今こそ思い知らせてやれ、とでも。 それは《鬼道衆》の野望のためになるというよりは、無念のうちに非業の死を遂げた姉弟に同情したから、だったのかも知れない。 ───でも結局、過ぎた復讐は憎しみを倍増させただけ。勇之介の気は、これっぽっちも晴れちゃあいなかったみたいだ。 何とか説得して凶行をやめさせようと思っていたのだろうけど、自らの『好意』が裏目に出てしまった今。桔梗は項垂れて顔色も悪い。 そして彼女とは裏腹に、冷静な表情と確固たる決意を胸に前へ進み出たのは、九桐だった。 「・・・もうやめておけ桔梗、こうなることは半ば、分かっていたことだろう」 「く、九桐・・・」 「下がっていろ。一気に済ませる」 そうとだけ言い、九桐は槍を構えたかと思うと勇之介に切りかかる体勢に入る。仮にも子供の「なり」をした幽霊を手にかけようというのに、その顔つきからはまるで罪悪感などは感じられない。少なくとも、表からは。 あえて下世話な言い方をすれば、自分たち《鬼道衆》にとって不都合を招くから勇之介を始末する、格好になるのだ。・・・だがそれについて何も言い訳を口にしない辺り、潔いというかなんと言うか。 おそらくは蓬莱寺の方は、そのことを察してるんでしょうね。「自分たちがそそのかしておきながら」云々、と噛み付こうとする涼浬を、やんわりと押しとどめているのが見えた。 後になって思い返せば───その時のあたしたちは、勇之介の幽霊に対してのみ完全に、意識を集中させてしまっていた。 室内にいた鬼火を全部切り捨てた後、って安心感や、戦闘後の疲労感も作用していたのだと思う。そして、あとはこの勇之介さえ何とかすれば騒動は解決するんだ、って油断も。 だからよもやこの場面に、予期せぬ第3者が表戸を開けて乱入してくるなんて、全くの想定外だったのだ!! 「おっ父(とう)!!」 「・・・・・・・・・!?」 おそらくは裏道を駆け抜けて、外で待機していたはずの《龍閃組》の目に止まることもなしに、この家へたどり着いたんだろう。油売りの父親、恋しさに。 だけどこの場合、それは最悪のたいみんぐに他ならなかった。 ───死ネ!! 憎しみと殺意に支配されている勇之介の呪詛の声を聞くや否や、あたしは弾かれたように飛び出していたらしい。 それはほとんど無意識の行動。後先なんて何も考えていない、全くあたしらしからぬ無謀な動作。 それが正解だった、と実感したのは、小娘を懐に抱きかかえたまま前のめりに倒れこんだ直後。こともあろうに勇之介は、父親思いのこの娘を(お夏とか言った名前だったかしら?)焼き殺そうとしていたのだから───父親の目の前で!! 幸いなことに油売りは、子を殺される親の悲惨な悲鳴を上げずに済んだけど。 グォオオオオッ・・・・・! 熱く、赤く炎が立ち上り。 「あ・・・・・・あああああああっ!?」 代わりに室内に響き渡ったのは・・・・・背中から全身を炎に包まれたあたしの大絶叫だった・・・。 《続》 *************************** ※今回、ちゃんちゃん☆ は、今シリーズを書く際に取り決めていたモットーを、自ら破ってしまいました。 それは、「外来語を使わず、日本語だけで文章書くぞ!」ってこと。まあ漢字と平仮名だけだと読みにくいことはなはだしいので、適当にカタカナを混ぜてはいたんですが、日本語以外は使いたくなかったんですよ。だって榊さんはれっきとした純日本製の侍ですし、勝麟太郎のように国外のことに詳しいわけでもないですから。 でも・・・でもねえ・・・「タイミング」に該当する日本語がどーしても思いつかなかったんですよお!! 苦し紛れに「たいみんぐ」と平仮名で表記してますけどね。うう、日本語ってホントウに難しいよお・・・。 そーいえば今度「外法帖」をリメイクしたゲームが作られるそうですねえ。これ書いてる途中でのっぺりに知らされ、おいおい・・・と思いましたわ。 よーするに「剣風帖」においての「朧綺譚」みたいなものだったりするんでしょうか? だったらちゃんちゃん☆ が望むのはたった1つ。 「今度こそ榊さんED作ってくれ〜!!!」(笑) ちなみに今回執筆中、聞いていたBGMはアニメの「はじめの○歩」だったりするんだな。いつもこのシリーズ書く時は、絶対「魔人學園」のBGMだと決めていたのに・・・意志が弱い筆者を許してくれ・・・☆
───モカ。 己の名前を呼ばれた気がして、少女はゆっくりと重いまぶたを開けた。 ───モカ。私が見えるか? 彼女の目の前にいたのは、どこか高潔な雰囲気のある長い髪の男性。自分とは違い、何やら動きづらそうなズルズルベッタリなフードを着た青年が、こちらに優しいまなざしを向けて微笑んでいた。 懐かしいような、忘れていたような、そんな切なさにも似たものを覚える笑み。 「・・・・・?」 どうやら向こうは自分を知っているようだが、あいにく彼女の記憶には残っていない。・・・いや、正確に言えば、どこかで会ったような面影は、感じてはいるのだが。 こちらの戸惑いに気付いたのだろう。青年は今度は苦笑を浮かべ、再び言葉を紡ぐ。 ───確かに私が、この姿で君の前に出るのは初めてなのだな、モカ。私が誰かは、さすがに分かるまい・・・。 「ウチに分かって欲しかったら、ちゃんと名乗りでんかい」 モカの言い草に、青年の笑顔に翳りが浮かんだ。 ───無理なのだよ。この世界の私は、自分の名前は名乗れぬから。・・・もどかしいものだな。これまで、ずっと一緒に旅をしていたと言うのに、もはや自分ではお前には名乗れぬ存在に、成り果ててしまうとは。 ずっと一緒に・・・? その言葉に、モカはあまり働かせるのが得意ではない頭脳を、フル回転させる。 自分と一緒に旅をしてきた者・・・。 それは、盗賊であり、鍵開けの天才でもあるブルマン。 操る魔法は確かに強力だが、無口で何を考えているのかさっぱり分からない魔法使い・キリマン。 自分こと、ケンカと冒険が3度のメシより好きな、戦士・モカ。 そして・・・・・。 「・・・・・・あ」 やっと思い出した。と言うよりも、考えがいたらなかったのだ。 確かにずっと一緒にいた。他の2人よりは短い間ではあったが、いつも側にいた。 ある時は剣として。ある時は空を駆けるものとして。自分とずっと一緒に戦いつづけながらも、ついこの間、時空の歪みに巻き込まれて生死不明となってしまった・・・。 「あんさんか・・・どうりでどっかで会った事ある、思うたわ」 彼の名前は、敢えて口にしないモカ。 だって「それ」はまるで、人づてに聞いた御伽噺の登場人物のようなもので。自分は結局、1度として彼の名を呼んだ事はなかったのだ。 だから、この期に及んで口にしたところで、嘘っぱちなような気がしたから。 モカにとっては、「彼」は「彼」でしかありえない。それだけに「あんさん」としか「彼」のことは、例え様がなかったのである。 随分自分勝手な理屈ではあったが、青年には通じたらしい。相変わらずだ、と笑ってから、少しマジメな顔つきになる。 ───モカ、やはり君は、ローレシア大陸に行くのか? 「当たり前やないか。何かすっきりせえへんもん。ごちゃごちゃ考えとるよりはまず行動や。その方がウチらしいんと違うか?」 ───てっきり私は、未知の大陸があるから血が騒ぐ、とでも言うと思ったのだが。 「あ、いや、それもちょっとはある、思うけどな」 ───フフ、君らしいな。・・・だがモカ。もし君がローレシアへ赴くのが、単にアベルとの約束のためなのだったら、そして再びアベルを助けるためだけなのなら、やめておいた方がいい。彼も言ったはずだ。『新しいアベルは自分とはかけ離れた存在になるだろう』と。君がローレシアの『アベル』を助ける事は必ずしも、君の知る『アベル』が望む事では、ないのかも知れぬから・・・。 「何や、それ。禅問答かいな」 モカはかなりムッと来たようだ。 「ウチも言うたはずやで。あんさんと一緒に黒い龍のオッサンと戦うた時に。これからいい事する奴でも、今悪かったらお仕置きするもんや、て。それとおんなじや。もしこれから悪いことする奴やったとしても、今困っとったら助けたる。 大体ウチには、小難しい事分からんさかいなv」 ───モカ・・・。 「・・・何であんさん、いきなりそないなこと言いに来たんや? いつものあんさんなら、そないなこと言わんへんのに」 てっきり分かってくれてると思ってたのに、とまるでふて腐れたようなモカに、青年は寂しそうな視線を向けた。 ───そうだな・・・君と一緒にいた頃の私なら、こんなことは言わなかったのかもしれない。だが・・・今の私は少し不安なのだ。 「何が?」 ───色々と、だ。スマンな。今の私には、それを告げる事はできぬのだ。 「・・・・・・」 珍しく、モカは沈黙した。 かと思うと、おもむろに彼女は、青年の方へと掌を差し伸べるようにする。 果たして───彼の体に触れる事は出来なかった。すぅっ・・・と、まるで幻のように姿が透けて見える。 モカの表情に、いらだたしさがうかがえたのはだが、一瞬だけ。 「ま、ええわ。今度ちゃんと会えるんやから」 あっけらかん、とモカは笑った。 「会えたら」ではない。「会える」と彼女は言った。まるでそれが夢まぼろしではなく、期待でもなく、約束された未来のように・・・。 ───・・・ローレシアの私も、君の知る私とは違うかも知れぬぞ? 「そんなん、会って見んと分かるかいな。ウチはあんさんの側へ行く。ウチが決めたんやから、それでええやろ」 ───君の知る私が、それを望まなくとも、か・・・。フフ、愚問だったな。君はいつもそうだった。結果を恐れず、正しいと思うことを、なすべきことをして来たのだから・・・。 諦めたような、それでいて嬉しそうな目の青年を、しばらくモカは黙って見ていたのだが、おもむろにボソリ、と言った事がある。 「・・・何や。ひょっとしてあんさん、色々ある言うて、そいでウチと会いとうない、会うんが怖い、思うとったんか?」 ───・・・・・・!? 「ウチのこと見損なわんといてや。そないなことでウチは傷つかん。それに、あんさんがウチに会いとうない、言うても、ウチは絶対押しかけて行くからな。そいでまた、一緒に冒険するんや!」 どこか儚げな存在だった青年が、その時だけ目を見開いた。そして、心から嬉しそうに笑った。 ───そうか・・・。なら止めないぞ。君の思う通り、君の進むべき道を来るといい。そして・・・。 何時でもいい。いつかきっと、私に会いに来てくれ───そう言った青年の声は囁きにも、反響ともつかぬ響きを持っていて。 モカの耳には、きちんとは届かなかった・・・。 *********** 「なーんか変な夢、見たような気がするなあ・・・」 旅の途中。起き掛けに朝食と相成ったモカは、ブルマンとキリマン相手にそう呟いていた。 「夢!? モカでも夢なんか見るのか!?」 「・・・何やブルマン、ウチが夢見るのがそんなにおかしいか?」 「イヤ、その、いつも寝に入ったら即座に爆睡してるからさあ・・・」 「△※→×◎」 「キリマン・・・そこで恐々、ウチを拝むんはやめい☆」 「そ、それで、どんな夢を見たのさ?」 「それが・・・全然思い出せんのや。おかしいなあ・・・」 夢を見た。それは覚えている。なのに、どんな夢を見たのかは、覚えていないと来た。 それが夢と言うものだ、と言われればその通りなのだが・・・。 酷く懐かしいような空間に、いたような気もするのに。 「ああ、ええわ。思い出せる時は思い出すやろ」 そう言って立ち上がろうとした時、モカは無意識に腰の「それ」に手をやろうとして・・・違和感にふと、そちらを見やった。 そこにあったのは、ずっと持ち慣れて馴染んでしまった「彼」の姿ではない。グレイト・ソウルにたくされた、ロゴスの牙より作られた黒い、剣───。 「・・・モカ・・・」 心配そうにするブルマンに気付き、モカは気合入れとばかりに、自分の腰をそのままパアン! と叩いた。それからようやく、ロゴスの剣に手をやる。 きっと何時かは、慣れてしまうだろう。「彼」のいない違和感に。 そしてロゴスの剣を振り回すのにも、自分は慣れてしまうのだろう。 だが自分は必ず、「彼」に会いに行く。 違和感をふさぐためでもなく、ましてや約束のためでもない。 自分が会いたい、それだけのために。 「じゃ、早速出かけるかぁ!」 ≪終≫ ************ ※何だこれは、とは言ってはいけません。きっと誰も書かないであろう(涙)、こやま基夫著「おざなりダンジョン」のパロディーSSです。作中ではついに名前を出す事ができなかったエスプリ、彼とモカのコンビがスゴく好きなんですよねえ。 最終巻でモカは、アベルを救う事が出来なかった事で号泣しますが、これってきっとエスプリとの最後の約束を果たすことが出来なかったから、もあるんだろうなあ、と勝手に思ってます。 だから「なりゆきダンジョン」がああ言う形で連載停止したのは、今だにすごく悲しいです。モカはエスプリにも会いに行ったんだろう? だったらせめて、それらしいキャラ出してくれよ〜とか何とか思って。(イヤ、まさかとは思うが、アイツがそうだと言うんじゃないだろうな・・・☆) もしこのSSにピンと来た方は、是非「おざなりダンジョン」全17巻、読んでください。ワクワクしますからv
えーーー。「茂保衛門様」書かずに、いきなりこちらの更新です。最後に書いたのが2001年11月02日だったから、実に1年5ヶ月ぶりの新作と言うことになるんだなあ・・・(滝汗)。 何で久しぶりにこのシリーズを? とお思いでしょうが、色々なワケがございまして。 1つ目は、せめてこのレンタル日記を1ヶ月更新状態にしておきたいと言う事。でも「茂保衛門様」は、書くのにそれなりの労力が必要になるので、そっちを1ヶ月更新というのは、さすがに無理。それで、一応まだネタが残ってるし、そんなに長丁場でもないこのシリーズを、久しぶりに書いてみようかということであります。 そして、もう1つの理由。・・・実はこのシリーズに、初のメールでの感想が送られてきたんだったりして(感涙)。VETTYさん、ありがとうございます。都合で返事書けませんが、とりあえず新作復活!ということで、良かったらお許し下さいませ。 ************** Darling(6) 睡眠不足の体を抱え、流川は富ヶ岡中学の廊下を不機嫌な顔で歩いていた。 「・・・見つかんねえ・・・」 断わっておくが、家ではきちんと睡眠をとっている。ただ困ったことに、学校の授業中眠ろうとしたところ、全然眠くならなかったのだ。 そもそも授業中に眠るとはどういうことだ、と教師から反論が来そうではあるが 、そこは流川の日頃の行ないがモノを言った。いつもぐーだらと眠りこけている問題児が、目の座った顔で親の敵を見るような目つきでこちらを睨み付けてくるのである(本人は単に、不機嫌だっただけだが)。その間、教師とクラスメートたちは(一部女子生徒を除き)生きた心地がしなかった。 教室の平和と、教師の心の平安のためには、やはり流川にはいつもの通り眠っていてもらった方が良い、と、半ば野放し状態に決定されてしまったのであった。むろん、本人は知らぬことではあるが。 とにかく今の流川は、安眠できる環境を手に入れようと、校内を徘徊している状態なのであった。 2年の教室棟まで来た時である。何やら廊下のつきあたりで人だかりを見つけた。 見れば掲示板に、テストの成績が張り出してあるらしい。皆が悲喜こもごもの声を上げるのを、単なる傍観者の流川はさめた目で見ていたのだが。 「げーーーっ、彩子ってば、また順位上げたわよ」 「バスケのマネージャーしてて毎日クタクタのくせに、バケモノよバケモノ」 「天はニ物を与えるって、やっぱアリなのかねえ」 ・・・少々のやっかみと、好意を感じる声に、ふと成績表を見やる。 確かにそこには彩子の名前が、何と10位以内に書かれていたのだった。 <ま、俺にはカンケーねーけど> 「あれ、どうしたの流川」 声をかけられ、振り返る。 そこには、流川がずっと探していた彩子。 「あんたが2年の教室棟まで足を運ぶなんて、一体どう言う風の吹きまわし? 困るわよー、今日は傘持ってきてないんだからさ」 「雨なんて降らねえっス」 笑いながらのからかい言葉に、さすがの流川も即座に反論を返していた。 「あはは、ゴメンゴメン。だけど、本当にどうしたのよ? いつもなら休み時間なんて、あんたの絶好のお昼寝タイムじゃない」 何で知ってるのか、とか、あんたは俺が昼寝してるところを見たのか、とか、色んな言葉が頭の中を交錯したが、あえて流川が口にしたのは1つだけ。 「イエ・・・眠れなくて」 ───流川のその言葉を聞いた時の彩子の表情と来たら。 こういう表情こそ、「鳩が豆鉄砲を食らったような」と言うにふさわしいものだろう。 「眠れないって・・・あんたが?」 「そう」 「一体何があったのよ? 何か拾い食いでもして、お腹こわしたとか?」 「俺は犬じゃねえ☆」 「だ、だけどさあ・・・」 彩子の心配そうな声が、耳に心地よく響く。 女の声は高いから苦手だし、おまけに結構大きな声だと言うのに、どうしてだ? と流川が訝しがった時。 ぺとっ。 彩子の、柔らかくてすべすべした掌が、流川のおでこに押し付けられた。 「・・・・・っ!?」 流川はあろうことか、ひどく動揺した。そして思わず後ずさってしまう。 当然、彩子の掌はおでこから外れたわけなのだが・・・。 「あ、ゴメン、イヤだった? でも熱はなかったみたいで、安心したわ」 流川の今の態度を、女性への嫌悪と受け取ったのだろう。苦笑まじりに彩子は、手を元の場所に下ろす。 そのやわらかな手を、流川は半ばボーゼンとして見送っていた。 ───あの手の感触がなくなったおでこが、こんなにもスースーするものだとは、思いもよらなくて。 「でも気分が悪くなったら、ちゃんと保健室に行くのよ? 我慢しちゃダメよ流川」 彩子の忠告にも、ただ馬鹿みたいにブンブンと首を振るしか出来なくて。 ───この時。 さしもの流川も、自分がどうやら彩子に対して特別の感情を抱いていると言う事実を、自覚せざるを得なくなったのだった。 実のところ、流川が休み時間を利用して2年の教室棟まで来たのは、彩子に会うためだったのである。 昨日、試合帰りのバスの中、流川はいつの間にか彩子の膝枕で寝てしまう、という失態を起こしてしまった。目が覚めた後でチームメートから、完全にやっかみの声を浴びせられたわけだが、別にそんなことで堪える流川ではない。 ただ・・・彩子の膝枕の使い心地はと言えば、家の自分のベッドでの寝心地に勝るとも劣らないものだった。ふんわりとして、あたたかくて、時々いい匂いがして・・・。それを思い出すと、教室の固い机の上などではどうにも眠ることが出来ず、結果寝不足になってしまった。 それで、出来たら膝など貸してもらえないだろうか、と、後先まるで考えずにここまで足を運んでいたのだけれど。 <出来るかああっ! 掌だけでこんなにドキドキすンのに、膝枕してくれなんて、言えるわけねえええっ!> 外見こそいつもの無表情な流川であったが、その中身は相当焦りまくっている。 「? どうしたの、何か顔赤くない?」 おまけに、心配そうに彩子が顔を覗きこんで来ては、表面上はただただ沈黙を守るしかなくて。 そんな流川の葛藤にケリをつけたのは、だが、新たなる葛藤の始まりを告げるものでもあったのだが・・・。 「彩子くん、テストの結果見たよ。すごいじゃないか」 いきなり彩子にかけられた声に、我に返る流川。見れば声の主は流川も知っている、バスケ部の顧問教師だ。 「ええ、まあ、今回は頑張りましたから」 「しかし、バスケ部のマネージャーは休んでなかったじゃないか。私も鼻が高いよ。『バスケばっかりやって、勉強がおざなりになる』なんて言葉、平気で使ってくる先生もいるからねえ。彩子くんを見たまえ、と言ってやりたいよ」 完全に流川の存在は無視されている。イヤ、気付いていないのかもしれない。 <そろそろ教室に戻るか・・・> 一抹の寂しさと、どこかしらの安堵感を覚えつつも、流川はこの場を立ち去ろうとしたのだが。 「どうだね? 神奈川でも1、2を争う進学校を志望校にしたら?」 教師の口から飛び出した言葉に、思わず足を止めていたのである。 ・・・突然だが、流川の学校での成績はというと、さんさんたるものだ。いつも授業中居眠りしているのだから、当たり前ではあるが。 だから、進路希望相談係の教師からは、「バスケで行ける高校を目指したら?」とまで言われるくらいで、本人もそのつもりでいた。 バスケ顧問の教師から、爆弾発言が飛び出すまでは! 「そこって、バスケ部あるんスか?」 流川は感情の赴くまま、彩子と教師の話に首を突っ込んでいた。 「る、流川?」 「は? バスケ部? い、いや、確かなかったと思うよ。進学校だからね、どちらかと言えば文科系の部が多いところだし」 教師はとりあえず、そう答えたが。 「・・・・・・・」 目の据わった流川ににらみ付けるようにされては、それ以上の言葉を口に出せずにいる。 そのうち。 キーンコーンカーンコーン・・・。 休み時間終了を告げるチャイムが鳴り響き、とりあえず教師に安堵の息をつかせたのだった。 「早く教室に戻んなさい」と彩子に促され、教室への階段を降りる流川。だがその内面はと言えば、平穏なものとは程遠かった。 目はすっかり覚めている。と言うより、睡眠不足を忘れてしまうほど、彩子の進路方向は彼にとって、青天の霹靂だったのだ。 下手をすれば、自分が彩子と一緒にいられる時間は、あと2年しかないと言うことになるじゃないか! 恋心を自覚した直後の衝撃の事実に、流川は足元がおぼつかない自分を感じるのであった。 <続> *************** ※良いのか? 流川。あんな言い方じゃ、聡い先生なら流川→彩子に気付いてると思うんだけど(汗)。 ところで今回出てきた、バスケ部の顧問教師ですが、実は登場は初めてじゃないんですよねえ。以前、塚本と彩子の問題で、キャプテンの二階堂と一緒に、流川に話を聞いていた教師と同一人物だったりします。新しいキャラ持ってきても、ややこしいだけだからなあ・・・。
※皆様いかがお過ごしでしょうか? すっかり3ヶ月ごとの更新が身に付いてしまった(汗)、ちゃんちゃん☆ でございます。ああ・・・ついに禁断の「空更新」やってしまった・・・☆ (解説しよう。 このSSが掲載されているレンタル日記では、3ヶ月何も更新しないと解約されてしまうんである。そこで、書くネタがないけど解約もされたくない! って人のために、『空更新』と言う隠し技が用意されているのだ。つまり、以前書いたページを何の修正もせずに『修正』する方法。これはちゃんとここでも認められている方法だったりするんだが・・・はっきり言ってこれって、かなり情けない状況ですよね? しくしくしく) さてそれはともあれ。今回やっとこさ、書きたいシーンの1つにたどり着きました。それでもクライマックス、そして完結まではまだ先が長いです。よろしければそれまで、どうぞお付き合い下さいませ。 ・・・これが終わったら、ちゃんちゃん☆ が勝手に「侍魂(サムライダマシイ)」シリーズと銘打った一連の物語が、終結するんですけどねえ。(ワンピのゾロBD記念に書いた「人斬リニアラズ」と、るろ剣「地図にない未来」が該当作。3人3様の『侍』って意味で)はてさて、いつのこととなりますことやら・・・(汗)。では。 ************************** 茂保衛門様 快刀乱麻!(12) ───後になって思えば。 この時ほど勝算のない戦い、ってものは、先にも後にも経験したことはなかったわね。したくもないけど。 何せ、周りをぐるりと鬼火に囲まれてるわ、出口から助っ人を呼べないわ、どうやって鬼火を倒せばいいか分からないわ、おまけに、すぐ外に井戸があるって分かってるのに活用できないわ、ですもの。・・・今でも思い出せば、背筋にぞっと寒気が走るくらいだわ。 でも、引き下がることは出来ないってことも確かだった。何もこれは自分たちの命運や、油売りの彦一のためだけじゃない。ここで延焼を食い止められなかったら、まず間違いなくこの江戸は火の海の下に沈む、ってことですもの。無理だって分かってても、血路を見出すしかなかったのよね。 とは言うものの、普通に刀を振り回すって言うだけの戦法に、一抹の心細さを感じたのも、また事実。だからそれとなく周囲をもう1度見渡したところ、どうやら汲み置き用らしき水瓶を発見した。 これは良い、って言うんで、鬼火からは目を離さないまま柄杓を手に取ったあたしは、素早く、でもなるたけ音を立てないように水を汲んだ。そしてそれを、抜かれた刀の刃へそっと注ぐ。 ───まあこれは、一種の魔物であるところの鬼火に対して清め水を打つ意味もあり、火も水には弱いってんで少しでも足しになるだろう、って思惑もあったのよね。 そう言えば・・・村雨って言う、里見八犬伝に出て来る不思議な刀は、その刀身から絶えず水が滴り、人を斬っても決してその刃の切れ味が落ちることはない、って言われてるみたい。もっとも鬼火に対して、そう言うやり口が通用するとは思えないし(大体、血糊が出るとは思えない)、所詮空想の世界の刀の話を今持ち出しても、意味ないんだけどね。 とにかく。 あたしがそうして、刀に未だ残る水を切るように振り払ったところ。 オ・・・ォオオ・・・。 鬼火たちから、明らかな恐れの感情が漂って来る。 そして刀を鬼火たちに向けたまま一歩進むと、わずかだけど『奴等』が退くのが分かる。早速効果覿面、ってところね。 こっちの目論見に気づいたらしい。後ろで御厨さんも、あたしの動作に習うようにしたけど、ふと思い付いたことをそのまんま素朴に、耳打ちしてくる。 「榊さん、ひょっとしたらこの水瓶をそのまま『奴等』にぶつけてやった方が、手っ取り早いんじゃありませんか?」 「・・・それはあたしも、一旦は考えたんですけどね・・・」 そうとだけ言って口を閉ざすと、さすがに賢明な彼のこと、どうやら良策ではなかったと悟ってそれ以上は聞いて来ない。 何で御厨さんの作戦を選ばなかったのか、ですって? 『奴等』が水を怖がっているのは事実だから、水瓶の中身をぶちまければ確かに、一時的には有効でしょうよ。・・・だけどあくまでも、それは一時的な処置。 ───さて、ここで問題です。汲み置き水をそうやって全て使い切ったところで、万が一にも鬼火が一匹? でも生き残ったら、一体どうなるでしょう? 答えは簡単。仲間たちの敵討ちにと、躊躇うこともなくこっちに襲いかかって来るだろう。そしてその時のあたしたちには既に、『奴等』に有効な手だては残っちゃいないから、焼き殺されるのは十中八九決まり切ってる。もちろん焼け死ぬのはあたしたちだけじゃない。『奴等』の最大の標的であるだろう、油売りの彦一もでしょうね。 少しでも生き残る算段をしなきゃいけない時に、焦りは禁物ってことよ、つまりのところは。 加えて、どうしてあたしがそのことを懇切丁寧に御厨さんに説明しなかったかも、この際教えてあげましょうか? あたしたちの目の前にいる鬼火たちは、本能だけの生き物と思いきや、その実そうじゃない。それは、さっき御厨さんがうかつにも彦一の名前を・・・と言うか、この部屋に彦一と言う名の油売りがいるらしいって可能性を口にした途端、自分たちも彼をおびきよせようとしたことからも、分かるでしょ? それなりに思考能力も備わってるらしいって事なのよね。 だから、この場でうっかり御厨さんの作戦の難点を話しでもしたら、そしてそれを鬼火に聞かれでもしたら、最悪、虎の子の水瓶を叩き割られてしまう、って事態もありうるわけ。 ・・・他に有効な手段がない今、それだけは避けたいじゃない。 「さて、と・・・」 鬼火の動向をうかがいつつも、次にあたしは柄杓の水を、着物の上から浴びせかけることにした。 こうすればとりあえず、襲われて即・火だるまってことだけは防げる。それでも頭を濡らすのをやめたのは、何も身だしなみに気を払っただけの理由じゃない。一瞬の隙が命取りの現状だって言うのに、水が目に入ったらそれだけで充分『隙』を作っちゃう。それに視界も狭くなるしね。 ところが敵もさるもの。このままじゃ埒があかないと悟ったのか、一斉にあたしたち目掛けて襲いかかって来たのだ! ゴウ・・・ッ! 唸りをあげて迫り来る炎に、とっさに刀を振り回すあたし。 ジュッ! だけど水は蒸気と化し、刀はたちまち乾いてしまう。水瓶に近寄ろうにも、何時の間にかぐるりと周りを鬼火に取り囲まれていては、それも叶わない。死なないためにも、次の手を講じるためにも、ここは何としても鬼火たちを切り伏せないと! 「このっ!」 焦って突き出した刀はあえなく躱されて。完全に無防備になった脇目掛けて、鬼火が今まさに襲いかかろうとしたその瞬間、だった。 『水神之玉!!』 鋭い声と共に、何かがあたしの側へと飛んで来たのは。 青色のその玉が、床に落ちるが早いかまばゆい光を放ったかと思うと・・・。 ジュウウウウウウ! 焼けた石に水をかけたような音が響き渡り、視界は一瞬薄い霧のようなものに覆われる。 本来ならこれは、敵中で見渡しが利かないって意味で、あたしにとっては危険極まりない状況のはず。だけどその時のあたしは、鬼火たちもこの機に乗じて襲いかかってくるような度胸はないだろう───そう察した。 何故なら、この霧からは水の感触を感じたから。 「榊殿! 御厨殿! 無事か!?」 続いてかけられた聞き覚えのある声と、どやどやと何者かが駆け込んで来た気配に、あたしは思わず「げっ☆」と、お下品な声が出てしまう。 『妖化生・九尾猟!!』 『四霊・麒麟!!』 ドカッ! バキッ!! 見れば、戸口近くで鬼火相手に素手やら、怪しげな術やらで、見事なまでに渡り合っている少年と女人。───こともあろうに、《鬼道衆》の風祭と桔梗だ。やっぱりと言うか、あたしたちを追いかけてここまで来たらしい。 「何であんたたちが来てるのよ!?」 そして同じく追いかけて来たらしい、九桐が槍を手に現われるに至って、さすがに温厚で物分かりの良いあたしもブチ切れた。 「罪人の分際で木戸、突破して来たってわけ!? 良い度胸してるじゃないですか!」 「仮にも命の恩人に向かって、そんな口利くかよ!?」 鬼火をぶっ叩きながら振り向きざま毒づくのは、当然血の気の多そうな風祭。 「誰もあんたたちに助けてもらおうなんて、これっぽっちも思っちゃいませんよ!」 「あたしだって別に、あんたたち幕府の狗を助けるつもりで来たんじゃないよ! あたしなりのケリをつけに来ただけさ!」 聞き取り不明な呪文を唱えつつも、そう反論したのは桔梗である。 ところが1人だけ、やけに冷静な九桐は笑みさえ湛えながらこう言ったのだ。 「2人とも嘘はいけないぞ。榊殿が真っ先にたった1人でこの部屋に飛び込んだと聞いた途端、目の色変えて駆け出したじゃないか」 「「うるさいっ!!」」 もっとも彼の言い分は、即座に遮られたけど。 「だ、大体なあ九桐! お前は何で、炎への耐性が人並み以下なんだよ!? 水属性の技だって一個も覚えちゃいないし、何のために『空せ身』持ってるんだ!! 俺と女狐だけで闘えってか!?」 何やら顔を赤らめながら、風祭は九桐に苦言をぶつ。・・・どうでもいいけど、こいつら鬼火と闘いながらも、会話がかわせるのね。こうも緊張感が欠片も感じられないって、どういうことよ。 「どうせ覚えるのなら、もっと面白い技を覚えたいじゃないか」 のほほん、と答えながらも九桐が、こっち目掛けて攻撃して来る鬼火を槍でちゃんと退けている。 ・・・って、ちょっと? 「どうしてあなたが、あたしの前にいるんですか!」 何時の間にか九桐が前方に立って、あたしを庇うようにしている。 一体どういうことよ、これは。敵に庇われるって事ほど、屈辱的なことはないって言うのに。・・・まあ逆に言えば、あたしへの嫌がらせ、ってこともありうるけど。 そしたら九桐は、その顔に張り付いたような笑顔で辛辣なことを言い出した。 「拝見したところ、あいにく榊殿の腕前では、こいつらを撃退することは出来ぬと思ったものでな」 「ぐっ・・・」 「まさかこの期に及んで、《鬼道衆》に庇われるくらいなら焼死した方がまし、なんて言うまい? この鬼火たちを退治するには、1人でも手数が多いにこしたことはないのだから」 「い、いけしゃあしゃあと言ってくれますね・・・」 怒りと屈辱で、あたしはそう言うのがやっと。 一方御厨さんは、と言うと、刀を振り回しても自分では鬼火を切れないと取るや、すぐさま水瓶の水を柄杓で、周囲にばら蒔くことに専念し始めた。 だけどそれだけで手詰まりだ、と悟ったようで。 「お前たちは一体、どうやって鬼火を切り伏せているのだ!?」 ・・・あたしの部下は、思いの外『したたか』だった。先ほどの九桐の言い分を逆手にとって、鬼火の退治法を伝授してもらうつもりらしい。 そして九桐の方も、御厨さんのその態度を決して不快とはとらなかった。 「・・・2人とも、人を斬ったことは?」 「ある」 「泣く子も黙る火附盗賊改ですよ、経験あって当然でしょ」 「なら話は早い。方法と言っても、結局は人と対するのと変わらぬ」 「しかし・・・」 「炎と言う外見に惑わされるな。己の刀に負けられぬ、と言う魂を込めて打ち据える、それだけだ。少なくともそれで、鬼火の動きぐらいは止めることが叶おう・・・こうやってな!!」 言うや否や、九桐の槍が前方の鬼火の攻撃を阻む。そうしておいて、 『横倒!!』 ザンッ! 鋭い一撃を食らわせると、鬼火の動きが止まってしまう。その一瞬の隙を見逃さずに、九桐はそのまま横薙ぎの剣閃で見事、鬼火を屠るのであった。 オオオオオオオッ・・・! 断末魔の叫びが響く中、あたしと御厨さんも行動を開始せざるを得なくなる。 「はあっ!」 掛け声も勇ましく、御厨さんの刀が閃く。 その姿はまさに、凶悪な盗賊たちと対峙した時そのもので、何とか鬼火を弾き返すのに成功していた。そして退いた鬼火をそのまま追いかけたりはせず、向こうの方から襲いかかって来るのを待ち構え、渾身の力を込めて2度、刃を叩き付ける。 ヒャアアアアッ・・・! さすがに一刀両断とまではいかなかったものの、それでも何とか鬼火は悲鳴を上げて消えていった。 だけど、彼の上司であるあたしはと言えば、正直言ってへっぴり腰も良いところ。 いくら『炎と言う外見に惑わされるな』って助言されたって、炎は炎なのよ。熱いし、近付いただけでチリチリとした痛みに似た感触に、つい体が逃げてしまう。 その消極的さがマズかったみたいだわ。 ガクッ☆ 「きゃあっ!?」 足元が不安定な場所での斬り合いに、後ずさった足が滑ってしまう。その弾みでこともあろうに、持っていた刀を床に落としてしまったのだ。大慌てで刀を拾おうと屈んだあたしの背中に、熱い空気が襲いかかる───! 『飛水十字!!』 その時だった。凛とした声と共に、どこからともなく飛んで来た苦無手裏剣が、鬼火をしとめたのは。 シュウウウウウ・・・。 まるで水をかけられたかのような蒸気を発し、鬼火は見る見るうちに消えていく。 呆気に取られたあたしの目前にはいつしか、見覚えのあるやけに露出度が高い着物を身に付けた女人の背中があった。まるで、鬼火からあたしを庇っているかのように・・・。 「あ、あんたは・・・」 「ご無事ですか、榊様」 振り返った涼しげな顔は、まさに《龍閃組》の涼浬のものだった。 《続》 ************ ※ああ・・・こんなに進行具合がトロいとは。予定ではもっと、話が進むはずだったんですけどね。これ以上更新が遅れるのもなんですので、今日はこの辺りで終わっておこうっと。 ところで、今回何が苦労したかって、《鬼道衆》の3人の戦闘法です。澳継はともかくも、九桐と桔梗の2人ってば、鬼火に有効な『水』属性の技、何も持っていないんですもん(汗)。『水』属性の武器や、九桐の『龍蔵院奥義・胤影』を活用することも考えたんですが、あまりに唐突ですからねえ。ま、そのせいで思い切り苦戦した、って説明は付くからいいか・・・。 さて次回は、おそらくは皆様も想像が付いているであろう、《鬼道衆》と《龍閃組》の共同戦線とあいなります。ややこしいことになること、疑いないなあ(苦笑)。とりあえず今は、ウソップの長編SS書いてかからないと。では、次回またお会いしましょうv
間にしょうもないギャグを挟んでしまいましたが、やっと本命、榊さんの活躍話の続きであります。・・・とは言っても、最後に「茂保衛門様〜」書いてから3ヶ月(!!)、モロに経ってますし、おまけに「OP」の某・剣豪の長編なんぞ書いてしまったんで、感覚取り戻すのに時間かかりそうですが。 さて、今回はいよいよ榊さんが、勝ち目のない(汗)戦いに身を投じる羽目になります。こういう時なんでしょうね、人間の本質って言うものが如実に分かるのは。でわっ! ************************** 茂保衛門様 快刀乱麻!(11) 馬を急き立て走らせてから、一体どのくらい経ったかしら。 あたしたちは何とか、目的地の神田までたどり着いたみたい。そして今まさに、木戸を閉めようとしているところに出くわす。 そう言えばついさっき、夜の四つ刻を知らせる鐘が聞こえたような気がする。まさに間一髪、だったようね。(まあ例え木戸が締め切られたところで、盗賊改絡みなら開けては貰えるんでしょうけど、色々面倒でしょ?) あまりの狼藉に仰天しちゃってる警備所員には構わず、あたしはそのまま馬で木戸を飛び越えた。大声を張り上げながら。 「火急の用件です! 私は火附盗賊改方与力・榊茂保衛門! この木戸はしばらく開けておきなさい! そして町火消と火附盗賊改にただちに連絡を!」 高らかに、と言いたいところだけれど、この時のあたしってば馬を乗りこなしてここまで来るだけで疲労困憊。正直なところ声もところどころ掠れ、息も途切れ途切れだったことは否めない。 ・・・でも誰も失笑なんてしなかった。あたしが大慌てでここまで来たことは一目瞭然だったし、何より発せられた言葉から、緊急事態だってことを察したのだろう。 血相を変えた者によって木戸が開けられ、1人ほど番所へ知らせにであろう、沫を食って駆け出して行くのを目の端に留めつつ、あたしはほとんど転げ落ちるように馬から下りた。 「だ、大丈夫ですか? 榊さん」 こちらの声は、松明を持ちながらも懸命に馬にしがみ付いていた、御厨さんのもの。 彼も、ただでさえ最低限の身だしなみしかしていない男だってのに、髪は乱れ、着物もシワだらけときている。ま、かなり馬を飛ばしましたからね、やむを得ないってところなんでしょうが 「・・・上司の、心配を、している暇が、あるんでしたら、すぐさま、行動に移りなさいな、御厨さん。例の、あ、油売りの、住居を聞き出さなければ」 「分かりました。では早速・・・」 それでも御厨さんの声は、比較的落ち着いている。これなら少しぐらいの立ち回りは期待できるかしら。 ───そう、思った矢先だった。 「うわあああああっ!?」 狼狽しきった男が数十名、裏長屋の1つから転がるようにして、こちらの木戸目掛けて押し寄せて来たのは! ・・・どうやら、油売りの住居を聞き出すまでもなさそうね。おおよその見当は付いたわ。 それでも生真面目な御厨さんは、まずはそちらへ駆け付け、何があったのかを逃げ出してきた男たちに聞き出そうとしている。 「お前たち、一体何があったと言うのだ!?」 「火、火、火が・・・」 「火だと!?」 「そうですだ、お侍様! めらめらと燃える火が、あちこちから湧いて出たんでございますよお!」 「・・・それにしては、物の焼ける匂いはしないが?」 御厨さんの指摘通りここには、あたしたちにはお馴染みになってしまっている『火』独特の匂いは、まだ漂ってきていない。火事を知らせる半鐘も、鳴ってやしない。 とは言え。 「だから尚更不気味なんじゃありやせんかあ!」 「と、とにかく落ち着け。誰か、ここに住んでいると言う油売りの行商のことを知らぬか!?」 いくら『お侍様』の命令でも、彼らがそうそう落ち着けるわけがない。当然、御厨さんの質問にも答えられるはずもなくて・・・。 まったく、仮にもあたしの部下ともあろう男が、もっと効率よく用件を聞き出せないわけ? 「御厨さん! そんな混乱状態の者など放っておきなさい。それよりここが長屋なのなら、大家がいるはずでしょう? 店子の事情なら大家に聞きなさいな、一番間違いがないんですから」 「は、はい、急いで!」 ・・・こういう初歩の初歩を忘れるなんて、御厨さんにしては珍しいですこと。それだけ彼も動揺しているって事なのかもしれないけど、まだまだ若いわねえ。 そうしてほどなく、件の大家夫婦があたしたちの前に引っ張り出されるようにして、現われた。 一番聞きたいことはさておいて。彼らを落ち着かせて大家としての領分を思い出させるためにも、まずは順当な質問から始めることにする。 ちなみにその間、他の人間はどうしているかと言うと、外へ出ないよう木戸近くにまとまって集まってもらっている。この中に放火魔が潜んでいるかもしれないから、という理由をでっち上げて。 時刻が時刻だし、下手に他の町内へと逃げた際にこの騒ぎを、会う人間ごとに片っ端から吹聴されちゃ適わない。それこそ要らぬ動揺が、彼らにまで飛び火しちゃうのがオチだもの。 本当に家に火が付いて燃え広がるようなら、凡例にのっとってすぐに逃がしてあげるつもりだけどね。 「落ち着いて答えなさいな。まずこの長屋には、一体何人の人間がいるのですか」 「へ、へえ、路地を挟んで六軒と七軒の長屋で、全部で三十人ちょうどでございます」 「それで、そのうち今の時間帯にいないのは何人?」 「岡引をやっている者が1人、ご浪人が2人、夜泣き蕎麦屋が1人でございますが」 「じゃ、いないのは4人のはずよね? ってことは、長屋の人間で今やここにいるのは全部で24人のはずだけれど、ちゃんと全員揃ってる?」 ここまでの質問のうちに、さすがに大家は徐々に冷静さを取り戻しているみたい。職業病ってところでしょうけど、助かったわ。正直なところあたしの目からだと、普通の町人と裏長屋に住んでる連中の区別が、つかないんですもの。 とにかく大家は店子の顔を1人1人、目で確認し始める。 そのうち、 「あんた、お夏ちゃんたちがいないじゃないか!」 と、大家の奥方の方が血相を変えた。 「お夏? 誰よそれ」 唐突に放たれた固有名詞に、首を捻る。この緊急事態で出てくるんだから、よほどのワケあり、と見るべきだろう。 思わず尋ねたあたしに、大家夫妻はかわるがわる説明をしてくれた。 「へえ、一昨年奥方をなくした彦一と言う男が、娘と2人で暮らしてまして」 「その娘の名前が、お夏と言うんでございますよ」 「そ、それで、その彦一はつい先日から寝込んでいまして。ずっとお夏ちゃんが看病しておるのですが・・・」 ・・・寝込む、ですって? 直感的にあたしは、大家夫妻につかみ掛かっていた。 「その父親って何をしていて、どの部屋に住んでるの!?」 「油売りの行商で。ここからは一番奥の、井戸横の・・・」 その答えが脳に意味ある言葉として到達する前に、あたしは走り出していた。 大家の言った奥の井戸横の部屋へ息せき切ってたどり着き、ものも言わずに戸を開け放つ。 途端。 「うっ!?」 目の前に広がっていた光景に、悲鳴も上げなければ後ずさりもしなかったのは、我ながら天晴れだったわよ。 何故なら・・・そこは文字通り既に『火の海』だったから。 部屋の中は轟々と燃え盛る炎で、覆われていたのだから!! ───だけど、そこはそれなりに場数を踏んできた経験上、あたしはすぐにおかしい、と直感する。 だってこの部屋からはまだ、『火事の匂い』がしないんですもの。 確かに空気が熱い、と感じはする。炎の燃える音も聞こえる。なのに、ものが燃えた時独特の『悪臭』がしないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるものですか。 ひょっとしてこれは、何かの術か、幻でも見せられているの? とっさにそう判断したあたしは、おそるおそる炎へと1歩、足を踏み出したんだけれど。 ヒョオオオオオオオオ・・・・・・!! あろう事か、炎が動いたのだ。吠えたのだ。近寄るな、と言うように。 そして、思わずゾッ! と立ちすくむあたしに、それこそ焼き殺さんばかりの激しい殺気が叩き付けられる。 断っておくけど、これでもあたしはそれなりに盗賊との斬り合いにも捕物にも、何度も立ち合ってきたのだ。血飛沫飛び交う現場に居合わせたことだってあるし、ほんの駆け出しの盗賊に睨まれたくらいだったら、そうそう怯んだりはしない。 だけど・・・。 鬼火、という名称が、あたしの脳裏で瞬いた。 この部屋に集まってきた炎は、煮炊きをする火とも夜を照らす行灯の火とも、全く違う。それらの火はこれほどまで毒々しい色を、してはいなかった。もっと優しい、心休まる色をしていた。 だけど・・・信じられないけど、こうして目の前にしても信じづらいけど、この鬼火たちは人間をただ焼き殺したいがために生まれたのだ───そう、感じずにはいられない。 早く『彼』を逃がさないと───。 だが・・・この時あたしは、自分がのっぴきならぬ状況に追い込まれたことを悟ったのである。 明らかにここの鬼火たちは、誰か特定の人物を殺しに現われたのだ。それは多分、この部屋の主であたしたちが訪ねてきた、行商の油売りの男・彦一。 幸い彼はまだ、鬼火たちには見つかってはいないらしい。もし焼き殺されでもしていれば、少なくともあたしには分かるから。匂いで。岸井屋の又之助が焼き殺された現場に居合わせた時、みたいに。 だから一刻も早く油売りを探し出し、逃がさなくてはいけないのだけれど・・・一体どうすれば、それを果たすことが出来ると言うのよ!? 彼がこの部屋にいないのなら、まだ救いはある。が、今は夜の四つ刻で、在宅している可能性の方が高い。そして、鬼火たちに視界を遮られたせいで、あたしの今いる場所からは室内をくまなく探す、と言うわけにはいかない。 このところずっと寝込んでいた、という話だから、例えば布団の中にいたところをこの鬼火たちに踏み入られたとしたら。ひょっとしたら今はガタガタ震えながらも布団に潜り込んでいるだけ、かもしれないのだ。 なのに、こちらが迂闊に動いたせいで、鬼火たちに彼の存在に気づかれでもしたら・・・! だが。 あたしが自分の判断に躊躇していた、まさにその時だった。誰かが、この部屋目指して駆け付けてくる足音が近付いて来たのは。 入るな、とも、よしなさい、とも叫ぶ暇も与えられなかった。その誰か───御厨さんは部屋へ飛び込んで来るや否や、こう口走ったのだから。 「油売りの彦一! 無事か!」 「御厨さんの馬鹿っっ!!」 今度はあたしも躊躇なく、御厨さんをひっぱたく。 いきなりの暴挙に、さすがの御厨さんも苦言を発しそうになったが。 オォオオオオオオオオォ・・・・・・! どこだあ・・・油売りはどこだあ・・・。 出て来おいぃぃぃぃぃ・・・・! ───鬼火たちの怨嗟の声を聞くに及んで、自らの失言を察してくれたみたいだ。口にしそうになった言葉を無理矢理飲み込み、それ以上何も反論しない。 どこにいるううううううう・・・・・! 聞いているだけで気がおかしくなりそうな声が、室内に響き渡る。が、肝心の彦一って男は恐ろしさのあまり気を失いでもしたのか、一言として返事をしない。 だとしたら。まだ転機はあるかもしれないってことじゃない! あたしはスラリ、と刀を抜いた。そして、怖がる足と体を宥め透かしながら、炎の向こう側を見据える。 「榊さん!?」 「け、血路を開きますよ、御厨さん」 彦一がいるであろう場所まで。 そうは言葉にしなかったが、優秀な人だけにこちらの言いたいことは分かってくれたらしい。無言で刀を抜き、油断なく周囲に目を配らせる御厨さん。 ───実のところ。 この時あたしには、勝機なんてこれっぽっちもなかったの。 だって御厨さんはともかく、あたしは剣術の心得はそれほどありはしない。そして腕力にも自信がなければ、<力>を使えるわけでもない。 加えて、この事件を引き受ける時に御厨さんに言った通り、あたしには幽霊とか鬼の類を斬り捨てた経験など、皆無だったから。 でもそんなことぐらい、あたしも御厨さんも承知の上だった。だって事は、一刻を争うことだったから。いつ彦一が恐怖にかられて、悲鳴を上げないとも限らないじゃない。 血路を開く事が出来るか、じゃない。開かなくちゃならないの! たとえ無理でも、絶対にっ!! 冷たい汗が背中を伝うのを感じつつも、あたしはここを引くわけにはいかないのだった。 《続》
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