moonshine  エミ




2006年02月22日(水)  魔法って、あるのねー

8時〜19時半、仕事。なんだか疲れる一日だった。ゆうべ寝たのが遅かったからか。狂ったようにmixi見てたら、2時過ぎてたんです。最近あんまり夜更かしできなくなったのに、珍しいことだ。

急いで帰ってテレビをつけると、もう、ミキティがすべる順番は終わっていた。ちぇ、と思って台所を片付けていると、嫌な予感が。テレビの前に戻ってみると、スルツカヤのラスト近くだった。がっくり。荒川さんも村主さんもとってもすてきだった。得点が発表されてパッと笑顔になり、コーチと抱き合う瞬間を見て涙が出そうになるのは、やっぱり日本人選手のときだ。そしてサーシャ! サーシャ・コーエン! なんと愛くるしく、体の線の美しいこと。あの「妖精感」はすごい。こういう子がいるから、フィギュアって見ちゃうわ。仕事の疲れもふきとぶわー!

もうジャンプなんてみんなやめにして、スピンとかシークエンス(名前違ってますねきっと)とか諸々の他の技だけにしたらいいのにー。ジャンプは心臓に悪すぎる。あの、跳ぶ直前のくいっと後ろむく瞬間に、もうどきっとしてたまらん。たいていの人は前半でジャンプを終えるので(ショートプログラムだけか)、後半はぐいぐい入り込んで見られる。

そしてどうでもいいんだけど、フィギュアを見るとつい思い出すのが、1990年くらいに「花とゆめ」で連載してた、那須雪絵の『ここはグリーンウッド』に出てくるアイダさん・スズキさんスケート姉妹。わかってくれるのは、しずさんだけだろうか・・・。思えば、はちゃめちゃなマンガだったなー。おお、「はちゃめちゃ」って語彙を久々に思い出した気がするぞ。
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2006年02月21日(火)  こういうの読むのも好き

8時〜19時半、仕事。

さて、さっそく昨日の続き、と言いますか。
日経紙面上、「経営者未来塾 vo.16」キャノンの御手洗社長(会長ではなかった・・・)と一橋大学の伊藤教授との対談です。

今回のテーマは『人づくりを基本にした経営とは何か』

以下、抜粋引用。

御手洗「人間は向上心をもつ生き物であり、学歴などにとらわれず社員の努力に報いるという考え方―――。こうした人間尊重主義のもとで社員は張り切って働いた。」

伊藤「現実には環境への適応を言い訳に機軸(創業の価値観やビジョン)を安易にずらしてしまう会社が多いが、トップや社員が代わっても守り続けようとする強固な意思が要る。」

御手洗「当社は事業部制で元来、組織の縦の線が強かったのだが、業績好調の事業部では昇進が早く、そうでない事業部では遅れるといった現象が起きていた。そういうことを起こさないことが社員のモラルを下げないために重要だが、人事と言う会社を貫く組織が弱いことで崩されていた。」

伊藤「同じ会社にありながら事業部が違うと知らないことがたくさんある。しかし、社員が育つには、その視野が広がっていろいろなことを知り、反省と刺激が生まれることが必要だ。」

御手洗「人づくりでは中間管理職のリーダーシップを育てたいと思っている。リーダーシップの大きな要素は社員のモチベーションを高めることと組織としての目標を設定することである。」

伊藤「私のゼミでは毎年15人くらいが卒業して就職していく。一人ひとりのその時点での能力はたいして違わないと思われるが、十年、二十年後に会うと、明らかに実力の差が生じていることがある。

 もちろん、業種や会社、どういう上司についたかといった違いはあるだろうが、本質的には当事者意識の差によるものであると思う。当事者意識を持ってずっと仕事をしてきた人間と、なんとなく責任逃れができるような会社で働いてきた人間では、最初のポテンシャルは同じでも時が経つうちに大きな差になる。

御手洗「まさにおっしゃるとおりだ。当事者意識であり使命感である。」

伊藤「当事者意識を一皮むけば責任感といったことにもなるのだろうが、要は立てた目標を数値化し、その数値にコミットして達成することだ。そして、その数値の背後にある夢と物語を語れるような、そういう育てられ方を組織の中でしてきたかどうかで、後になって大きな差ができるように思う。」

・・・ということで、もう注釈の必要もないくらいですね。

さて、今日は仕事のあと、ゆうき姫と待ち合わせて束の間のデート。明日は姫のお誕生日なのだ。プレゼントはルームスリッパにしました。かわいくて履き心地良さそうな感じのやつ。

最初に待ち合わせた警固四つ角付近のカフェが定休日だったのには笑ってしまったが、すばやく進路を変えて上人橋通りへ。「タイガーキッチン」でジャスミンティーとセイロンティーをそれぞれ頼み、おなかがタポつくまでおかわりして飲み、おしゃべり。

気づいてる方は気づいてるでしょうが、この日記と別にブログ書いてます。明確な線引きをしてるのかしてないのか自分でもよくわかりませんが、いちお、相互補完した内容になっている・・・かな?

興味のある方はどうぞ。
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いつも日記の末尾の「blog」リンクで飛んでいけます。
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2006年02月20日(月)  何を見るか、どこまで見るか

8時〜18時、仕事。

ほぼ午前中いっぱい、部内で密室にてみっちり打ち合わせ。先週に続いて2回目になる。人に話すとほとんど笑い話になるが、遂行しろって言われたら、泣いて裸足で走って逃げたいくらい、地味・直接は金にならない・なのに骨だけは折れるというどうしようもないミッションだ。うちは上司が鷹揚な人なので、ミーティングでの発言は年齢・役職に関係なくとても自由。しかし、だからこそ、思いつきで散漫なことを言ったり、変に偏って問題点だけ指摘したり、人を論破することに主眼をおいたりする発言をしないようにすべきだな、と思った。質の高い参加者でありたい。そして、それって案外、難しいことだったりする。

今朝読んだ日経新聞に、キャノンの御手洗会長とどこかの大学の先生の対談が載っていて、おもしろかった。と言いつつ具体的に説明できるほど覚えてないので、明日の朝もう一回読もうと思うんだけど、「当事者意識の大事さ」みたいなことについてが特に印象的。

これは読んで私が勝手に考えたことだが、たとえば、「自分のノルマ・部署のノルマ」「自分がいくらお給料をもらえるか」、あるいは、「自分の生活・家族の生活をどうやって充実させていくか」っていうことについて当事者意識をもつことは、割とクリアしやすい。でも、その先についてはどうか。異なる性別・年代・環境で育ち、それぞれ異なる仕事をしている、そしてそのうえで成り立っているのがひとつの会社だ。そのうえ、お客さんとか債権者とか株主、地域・社会の人々がいる。(それを普通、ステークホルダーっていうんでしょうね。)

ひとりの従業員が、そのどこまでに「当事者意識」をもてるか?

それが、その人のレベルを測る上でのひとつのものさしであり、従業員・役員ひとりひとりのレベルの集合値が、その会社のレベルってことになるんじゃないかなあ、と思う。

もちろん、組織の中で自分に課せられた職務を果たすことが、従業員の第一義ではある。売上や利益の数字も大事だろう。でも、それが目的じゃなくて、結果としてついてくる、というのが理想なんじゃなかろうか。理想論だけでは仕事なんてできやしないとしても、私は、少なくとも、経営者とか役職者っていう人々には、そういう理想を掲げ、経営者であれば理想を社員に向かって啓蒙し、上司ならば自分の部署の実務に落とし込んでいけるような能力を持っていてほしいと思う。

そして、私のように権限も経験もない、一従業員であっても、「自分のことだけやってりゃいいや」じゃなくて、自分が中心でも半径をどんどん広げて、広い視野で物事を見る能力をつける必要性っていうのは、あるなあと思う。ていうか、それができる人とできない人とでは、絶対、差がつくんじゃないかね。

そういうのって難しいように思えるけど、結局は「想像力」とか「分析力」、そして「思いやり」の世界なんじゃないかなーと思うんだよね。

ただ、日々の出来事に一喜一憂できるとか、小さな楽しみ、身の丈にあった生活に充足できることにも、重点をおきたいとは思うのです。足元しっかり固めたい、っていうか。

遠くまで見る、ことと、近くのものを見逃さない、ということ。人生においては、両者に矛盾は生じない。と、信じたい。
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