| moonshine エミ |
| 2004年09月10日(金) 静かの海 はれの海 | ||||
| 日曜日の夜に思い出しながら書く金曜日からの日記。3日分書けるかな? できるかなできるかな? 朝は梨を食べた。外に出たら寒かった。半そでのTシャツを着ている自分がやけに浮いてる気がした。夏よ行かないで! しかも、雨が降っているのに気づかず出たので、傘がない。ぼんやりしつつバスに乗って、降りたらちょうど同僚がいたので、すかさず傘の中に入れてもらいました。 まだ夢心地なのにぱきぱき仕事をしている自分がおかしかった。気持ちを切り替えた、というのとも何だか違う、不思議な感覚だった。しかし昼休みには具体的な愚痴をこぼす。話しているうちに机を叩きそうになったりして。 夜は、缶ビールを手みやげにゆうきちゃんがやってきた。「この部屋、ほんとにいつも静かだね〜」と言われる。音楽を流すくらいで、テレビをつけることがないからだ。あのざわざわした感じがないと何となくもの淋しい、という人もいるのでしょうが、私はテレビのざわめきのほうが落ち着かない。うちによく遊びに来る何人かは、きっとこの静けさに、ひとときの居心地のよさを感じるのだろうな。 しばらく打ち合わせをして、互いの仕事について楽しくぐちぐち言い合う。奇しくも、内容は全く異なることながら、「不動産」なんて同じキーワードが出てきたりして笑う。その後、警固へ飲みに行く。あの店もいつ行っても静か、そしてギリギリまで落とされた照明が、本当に落ち着かせてくれる。時々、うるさいお客さんもいるけれど、店が狭いのでざわめきにも上限があるのでしょう。会話では、勉強の必要性について再確認。 寝込んだ先週とは打って変わって、活動的な一週間だった。月曜日から毎日、放課後まで何やかやと予定があったしね。金曜日の夜らしい疲れをまとって寝た。 |
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| 2004年09月09日(木) 成長しないって約束じゃん | ||||
| 川本真琴の『愛の才能』って歌がリリースのころから好きで('96年)、今でも時々歌います(風呂で)。だから音源も持っていないけど、いまだに歌詞をほとんど覚えている。きっと、一部改ざんありなんでしょうが。 その歌の始まりはこういうの。「成長しないって約束じゃん 冗談だらけで猛ダッシュしてよ わかんない反省しそうでバカでしょ」うーん、いいねえ。サビなんてさ、「あの子にバレずに彼にもバレずにキスしようよ バイトをパスして終電パスしてキスしようよ」だよ。その歌が町で流れてたころ私は高校生で、そういう歌詞が等身大だった。「イケナイ事でも経験したいの 体で悟りたい 窒息しそうなスリルの瞬間 感じたいの」ふふふ、誰もが通り、また自分も通った恥ずかしーい道。 でもさ、考えてみたら、人間、成長なんてたいしてしないもんなんだよね。そして、「はあー私はいつまで経ってもだめでねぇ」とか、「いつになったら成長できるのかしら」なんていうのは大人ならではの落ち込みなんだな。早く大人になりたい、と思う一方で、成長なんかするもんか!って気概があるのが若者というもんだ。成長してない・・・なんてことで悩むのやめようって、たまに思ってもいいよね? 私もまだ若者なんだし! でも一方でさ、過ぎた8月31日で、小沢健二くんの「LIFE」発売から10年経ったよって聞いたら、やっぱりもう若くなんてないんだ、って思う。10年ですって! 衝撃だった。そのアルバムに入ってる「愛し愛されて生きるのさ」では、「10年前の僕らは胸を痛めて“愛しのエリー”なんて聞いてた」って、センチメンタルについて歌うところがあるんだけど、てことは、愛しのエリーは20年前なのね。ああ、センチメンタルの上にまた、センチメンタル。大人になるって、センチメンタルをパイ生地のように重ねていくものなのかもね。 時間が過ぎていくこと、変わってくこと、変わってないこと、そんなこと考えるのは、フラッシュさんのライブを見に行ったから。頭にタオル巻いて出てきたフラッシュさん、「いい夢を見たいのなら トイレはすませておきましょう けっこうこれは肝心よ しっかりとすませましょう」って歌い始めた。最初にこれをもってきたライブって初めて見たな、なんて思うくらい、私ももうけっこう前から、フラッシュさんを見てるんだよな。 終わった後、フラッシュさんと飲む。焼酎をぐびぐび飲む。何しゃべったかうろ覚えだし、むしろ失礼なこといろいろ言ってしまったような気がする、いつものことだけど凹むなあ。でもいいの。成長なんかしなくていいもん。フラッシュさんと飲めるなんて、それだけで舞い上がってしまう私なのよ。今日のライブすごくよくてビールいつもは1本だけどおかわりした。「次はどこに行こう」って歌う歌が好き。どこにでも行けるんだ、ってそのときは思うの。良くも悪くも、どこにも行ってない私だけど。フラッシュさんがからっぽな自由について歌うの聞くと泣けてくるよ。 2004年9月9日は私にとって特別な日になった。「救急の日」って言ったら、「それでも文学部? 重陽の節句っていいなさい」と会社の先輩にたしなめられた。 |
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| 2004年09月08日(水) わいわい天王さわぐがお好き | ||||
| ぐっすり寝た。6時間くらい寝たんじゃないかな? そして二日酔いはなし。神様、ありがとうございます。酔っぱらって寝たときって、不思議と面白い夢を見ることが多いのだけれど、今日はどんな夢だったか覚えていない。残念。 私は割とよく夢を見る(というか、覚えているということか)ほうだと思う。このあいだの病気のときは、自分の肌から小さくて白い、腐ったキノコのようなものがびっしりたくさん生えてきて、生えていないところもみるみるうちに焼けただれていく、そして同じような肌の人たちの列にまざって歩いていく・・・という身の毛もよだつ夢を見た。でも、薬湯プールみたいなのがあって、その中にざぶんと飛び込んだら、ジューッて音がして治ったよ。 冷蔵庫のごはん貯金がなくなっていたので、ベーコンと野菜のクリーム煮だけ作ってもっていこうとしたら、野菜を刻んでクリームチーズをチン、としたところで、ノーッ!牛乳も切らしていたことに気づいた。急いでコンビニまで買いに行って、事なきを得ました。朝ごはんはバナナ。お昼はそのほか、生タラコおにぎりとつくね棒を買って食べました。ラムレーズンクリームどら焼き、という恐ろしげなるものをもらって口に入れてみると、ものすごーくおいしかった! 夜は同僚と少し飲みました。久しぶりにありさとメッセして楽しかった。 驚くべきメールが入ってきた。「えーっ!!!!」と携帯に向かって叫ぶことなんてそうそうないよね。いやー、何が起こるかわからないものです。びっくりしたといえば、最近、ある人が言ったこと。えーと・・・。書いていいかな。えいっ、ごめんなさい。「こないだ、3年ぶりくらいに、奥さんとエッチした」。ひょえー! ど、どう思いますか、皆さん?! したい盛りの高校生同士とかアツアツの(アツアツって死語やね・・・)新婚さんとか、あるいは女子高生とずいぶん年上のサラリーマンとか、はたまたつきあってもう7年にも経つ、まるで親友みたいな恋人どうしとか、男女の仲というのはいろいろあるでしょう。しかし、この発言に飛びぬけて淫靡な印象を受けた私はおかしいでしょうか。むしろ社会的とさえ言っていいような、極めて自然な営みであるのに。しかし、いったいぜんたい(あ、衝撃のあまり、また死語が。)どういう経緯でそういう状況になったのでしょう。こみあげる鼻血は何とか抑えたものの(じょ、冗談ですよ)、うずく好奇心に蓋をすることはどうしてもできずに、私はマイクを向けてしまいました。「で、どうでした?」「うーん、、、、中途半端、かなあ」。!!!。!!!!。こんなにもリアルな答えってあるでしょうか。何という年の功。ひれ伏したいほどの境地です。「あの、そういうあとって、やっぱり何となく、仲良くなった感じがするものでしょうか?」「うーんそうねえ、、、ぎすぎすしてたのはなくなったかなあ。」「あかちゃんできたかも・・・?」「できてないよ」な、なんでわかるんですかー?! ああ、『夫婦生活』。現在のところ、私をもっとも興奮させる単語かもしれない・・・。 (↑長っ。書きながらまた赤面しそう。) ところで人って、自分のことをいやらしいと思っているものでしょうか。男性には聞かずもがなって感じがするのでいいとして、女性諸君にうかがいたい。私はもしかしたら、けっこうそうかもなーと思うことがある。というか、比較的早い時期からそういったことに興味があったような気がする。興味とは違うな、セックスそのものに対するものではなくて、なんというか、子供って、わけもわからないながらに何となく性的なものを嗅ぎつけることがあるような気がする。これはやっぱりプログラムされているのでしょうか。ああ、何書いてるんだ俺は。消すかも。 タイトルは、『燃えよ剣』(司馬遼太郎 文春文庫)の中からとりました。わい談でさわいでしまったので・・・。失礼しました。 |
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