| moonshine エミ |
| 2004年08月23日(月) のんびり月曜日 | ||||
| 女子マラソン、すごすぎ。ずっと中継見てたけど、飽きることなし。ま、途中でしんちゃんとメッセしたり電話したりもしていたのだけど。野口さんがスパートかけてから、興奮しどおしだった、朝まで。4時までオリンピック見て、8時に起きて、「特ダネ!」他でマラソン関係のニュースを見て、NHKでやってたマラソン完全再放送をまたずっと見てた。我ながら情熱的な視聴者だと思う。 中継の解説が有森さんだったんだけど、とても的確で、日本選手を応援する気持ちにあふれつつも冷静で、示唆に富んでて、これがまたよかった。 「顎が上がると、腰が落ちて、そうすると足が出なくなる」 「誰かにくっついて走ったほうがいい。この過酷な条件では、一人になると、気がくじける」 「沿道の応援でモチベーションが上がる」などなど。 しかしあのスタジアムの声援や注目を一身に浴びる瞬間って、本当に感無量だろうね。見ながら思い出したけど、校内のクラス対抗駅伝大会で1区を走らなければならなくなったときがあって、よーいドンで飛び出して春日公園を(超ローカルな話・・・)ぐるっと回って一番で帰ってくるまで、そこここで立ってる級友や先生たちの声援、すごくうれしかったもんなあ。あ、正しい記憶が今よみがえってきた。一番じゃなくて二番目だった。一番で帰ってきたのは一年生の中でのことで、実際はゴールの間際も間際で同じ部の森田先輩に(超超ローカル・・・わかるのはしずどんだけだろう・・・)すごいスパート浴びて追い抜かれたんでした。 何か、オリンピックと比較するには、とてつもなくちんまりとした話だけど・・・。それでも人生において、そういうことって財産になっていたりするもんなんですよね。そういえば持久走でも私としずどんは好敵手(?)で、3区か4区かを走って彼女も区間賞をとっていたような記憶が。 夕方、実家に帰る道をたどりながら、実家に住んでいた頃は6.5キロしか走っていなかったんだよなあ、とふと思った。まだ一年も前のことではないけれど、あと一年、実家に住んで走っていたとしても、10キロ走るようになっていたかどうかはわからないな、と思う。なぜなら、実家時代に走っていた公園は、一周650m。いま走っている大濠公園は、1週が2000m。10キロ走るには、650mの公園では15周しないといけない。あの小さな公園を15周走ろうとする気には、多分なれなかったんじゃなかろうか。今は10キロだって5周ですむ。 こういうことって、あるのかもなあー、と考える。大きな舞台に立って初めて、できること。(大濠公園が大きな舞台か?と突っ込まないように。)小さな舞台では自分でも気づかなかった力が、より広いところ、よりすごい人々の中に出て行くことで、磨かれること。ちょっと違うけど、「まず、飛べ!」みたいな名言もあるなあ。なんて、つらつら歩いていたら、ハッとした。水溜りに七色がうつっていたのだ。これ、油が溶けたとかじゃないよね?! 慌てて空を見上げたら、確かに、虹がかかっていました。久しぶりに見た。 実家に何しに帰ったかというと、早いことに、住んでる部屋の契約更新の季節で、父親(保証人)にサインをしてもらわなければならないから。更新料を払うのみならず、一年一年こんなことしなきゃいけないなんて、まったく、ご立派なマンションに住んでいることだよ、私も・・・。でも、住人みんながこのしち面倒くさい手続きを踏んでると思うと、まあ、安心はできるか。 鶏の唐揚と、なすとピーマンとベーコンの味噌炒めを食べさせてもらって帰ってきました。鹿児島から送られてきたベーコンの味がすごい。ベーコンってこんなにジューシーだったっけ?と思うほど。 そんなこんなで立派にオリンピック戦略に嵌っている私ですが、疑問は感じないでもない。こうしてゴリンゴリン言ってる間にも、なんか重要な政策が決まったりしてるかもしれないし、サマワの自衛隊宿営地近くには、連日、着弾があったそうじゃないですか。古来から祭りにはそうした一面があるのだろうが、少なくとも2週間もこうやって、先進国では祭りだ祭りだって浮かれて他のニュースなんか目にも留まらないくらいなんだから、そりゃ政治的にオリンピックがどれだけありがたいかって話だよねえ。 一方で、応援してるスポーツチームが勝ったりすると、人間を元気にしたり活性化させる何かの分泌物がたくさん出てくるそうで、そう考えると、オリンピックなんか興味もないやい、てそっぽを向いているよりは、みんなが夢中になって感動したりスカッとしたりするほうが、国全体が活気づいて新たなエネルギーが有益な部分に放出される可能性もあるわけで。ま、何事も、バランスの問題なのでしょうかね、結局。 |
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| 2004年08月22日(日) のんびり日曜日 | ||||
| ゆうべから村上春樹の『村上ラヂオ』(新潮文庫)を再読して、さっき読み終わりました。私は“村上朝日堂”シリーズを書棚に揃えているくらいなので村上さんのエッセイは(どちらかというと彼の書く小説よりも)好きなんですけど、とりわけこの本が大好き。とりたてて目新しいことも有益なことも感動的なことも書かれてないけど、なぜか読んでいる最中、読み終わったあと共に、幸せな気分になるのです。この幸福な感じは、吉本ばななのエッセイ集『パイナップルヘッド』(幻冬舎文庫)と似ている。私は小説家の書くエッセイというものが基本的に好きなのでけっこういろいろ読んでいますが、この感じは今のところこの2冊にしかないんだな。 ・・・と思ったら、そういえば両者にはある共通点が。どちらも、雑誌「anan」の巻末に、一年間にわたって連載されたものなのでした。なんかすごい。ananは、私なんかでは言葉にするのが覚束ない、この「特にどうってことないけど、何となく幸福な」感じで書いてください、というようなことを、明確に作家に指示したのか? あるいは作家のほうで雑誌の要望を敏感に汲み取ったのか? 吉本ばななと村上春樹の書くものに共通点があるということなのか? 吉本ばななは村上春樹が好きみたいだし・・・。うーん、不思議。ananの巻末エッセイ、今は誰が書いているのかな。覚えてる最新のでは林真理子でしたが、それももう何年も前のことだったはず。今度(できれば明日)見てみよう。 さて、今日は朝から(昼だけど)ヌードルな食事でした。というのはインスタントラーメンのことです。残っていたキャベツを全部入れて、小松菜とわかめのおひたしを添えて野菜摂取に努めます。ラーメンといっても味のマルタイの「長崎チャンポン」なんですけど、野菜は各自で入れてくださいね、というものですから、ラーメンといえば豚骨スープが当然な博多っ子にとっては、ただのラーメンとあんまり変わりません。麺だって、ラーメンをきもーち太くしたようなものだし。でも、たまに食べるとインスタントラーメンはやっぱりおいしい。日本の文化の味がしますね。余談ながら、味のマルタイは福岡に本社を置く「即席めんのパイオニア」(公式HPにそう書いてあった)ですので、そのCMも九州でしか放送されていないかと思料しますが、これがどれもいいんです〜。 ◆マルタイラーメン (夫)「おい、あれ(取って)」 (妻)「『あれ』じゃわかりません、私はあなたのお母さんじゃないんだから」 ◆マルタイ皿うどん (子供)「もーう、残った野菜なんでも入れるのやめてって言ったやろ〜」 こんな感じ。身に覚えのある食卓風景をさらっと描写していて、くすりと笑えます。 さてさて、自転車のタイヤがスカスカだったので、ご近所のかしわいさん(くりっと男らしく髪を切っていた)ちで空気入れをお借りして、今日は赤坂方面へと向かいました。 一番の目的地は本屋で(またかよ!)、けやき通りの「キューブリック」というお店です。前にも書いたと思うけど、それはそれは素晴らしい本屋さんなんです。一冊一冊が「店主の目で選ばれた」という感じがひしひしとするんです。小さな本屋さんなので、欲しい本が必ずしもあるとは限らないのですが、「何か本が読みたいな〜」というときに行くと、興味をそそられるものに必ず出会えます。紀伊国屋とか丸善とかくらいになると、大きすぎていろんなコーナーをまわるのが大変だし、駅前の本屋さんとかだと新刊や雑誌や売れ筋中心で味気なくなる中、ここの品揃えはとにかく素晴らしい。わずか15坪ほどの店内に滞在して気の向くままに手に取りぱらぱら読むこと一時間以上、ようやく目当ての本を手に入れるべく、レジで尋ねてみました。 「あの、ちょっと探してる本がありまして、小泉今日子さんと、こぐれひでこさんの・・・」 店員さんに尋ねるのはちょっと勇気がいるもので、もじもじと私が言い終わらないうちに、お姉さんも、オーナーと思しきおじさまも共に優しく頷いて曰く、 「あ、対談ふうのやつですね。ありますよ」 ううっ、素晴らしい! さっと選び取って渡してくれました。感嘆する私に、 「いやー、在庫はだいたい、把握してますから」 と、小さな微笑みで謙虚におっしゃるオーナーさんでした。すばらしい、すばらしい。なんだかこれだけで心あったまりました。 さてさてさて、夜ご飯は豚肉のパン粉焼きと(またしても)小松菜とわかめのおひたしでした。本では香草パン粉焼き、になってたけど、香草はなかったので省きました。食べながらぷちっとテレビをつけてみると、「新選組!」をやっている。 堺雅人が演じる山南敬助が切腹する間際。彼を逃がそうと入れ替わり立ちかわりやってくる隊士たち、その意図を察して時間稼ぎに加担する土方、「暗いけどほんとは人情ある奴」感をびしびし出すオダギリジョーの斉藤一、みんな、泣けるけどちょっと笑えて、三谷さんらしかったなあー。源さんが食事の膳にさりげなく握り飯を包んだものを置いて(つまり、これを持って逃げなさい、ってことだったんだろうね)るのを、「これは持っていってください」と言ってさらりと返すとこなんて、ウマイッて感じ。馴染みの芸妓(恋人だったんでしょうね)明里さんとの別れのシーンも良くて、というか、明里役の女優さんがすごく上手で、ほろりと泣けました。 もうすぐ杉田かおるがゴールしそうだな、でも、もうちょっとかかりそうだな・・・と思ってザッピングしていると、教育テレビで(何か教育テレビばっかり見てる人みたい)狂言をやっている。そこで懐かしい人と出会いました。茂山逸平くんです。NHK朝の連続テレビ小説「オードリー」に、主人公の弟役で出ていたかわいい彼は、狂言師茂山一家の生まれなんです。「オードリー」、大学生の頃にやってたので、ほとんど欠かさず見てました。こないだも、しんちゃんと「オードリー(岡本綾さん)は、最近見ないけど、何やってるんだろうね〜」と話してたところです。凛として、しかし地の顔がちょっと悲しげな彼女、好きだったんだよねえ。 さても逸平くん、まあまあ立派になっちゃって、としばらく見ほれていて、はっとチャンネルを戻したら、折しも杉田さんがゴールを果たして、松本潤くんにひしと抱きついた瞬間だった・・・。ああいうことしたあとって、やっぱり人間性の本質的な部分が出る気がするけどどうでしょう。西村知美とか研ナオコとか、泣き崩れてた印象があったけど、杉田さんはすごくしっかりしてて且つすごく素直で、なんか好印象だったわ(戦略に嵌ってる?)。胴上げを拒んで「いや、ビール浴びたいです」なんて、番組にそぐわないことを言ってしまうところが他人のように思えない。 それはそうと、「サライ」がこの番組のテーマソングになったのって、もうけっこう昔ですよね。最初は、サライというのがそもそも何のこっちゃわからんし(今でもわかってないけど)、詞もメロディーも予定調和ぎみだし、感動をあおりたい意志を直球で出してるアレンジもどうかと思って引き気味でしたが、こうして月日が経つと、この歌でしか番組が締まらない気がしてくるのが不思議だ。 この、「最初はイマイチと思ったけど、だんだん良くなってしまいには絶対的価値を感じるようになる」感は、美空ひばりさんの『川の流れのように』と通じるものがある。こんなこと言うと不謹慎みたいだけど。だってね、ひばりさんがあと20年くらい健在で歌い続けてたら、他にいろんなヒット曲が出て、こうまで評価されなかった歌じゃないかと、ひそかに思っているんです、今も。でも、あの曲を最後に若くして亡くなったことで、何度も繰り返し流れて、歌がもつメッセージも、(またも不謹慎ながら)奇しくも最後にふさわしいもので、やっぱり何だか特別な歌だと感じるようになった。 さてさてさてさて、愚にもつかないことをつらつらと書く日記、今日はことさらに長いですね。明日も休みなんですもの。今夜アテネで女子マラソンが行われることを思うと、この休日はランナーのはしくれである私のためにしつらえられたようなものですな。偶然だけど。 |
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| 2004年08月21日(土) のんびり土曜日 | ||||
| 先日の台風でうちのベランダへとやってきた漂流物に、今日気づいた。コンビニ弁当の透明な蓋と、ぞうきんです。蓋のほうは、丸い形なのでパスタとかチャーハンとかみたいな炭水化物系のものだと思われる。雑巾は薄汚れているけどもとのいろは白なので、台風の雨風にさらされてそうなっただけで、タオルとして使用されていたものかもしれません。 今日はゆうきちゃんと遊ぼうとしていたのだが、仕事が忙しすぎる彼女のスケジュールが合わなくなったため、延期に。なんとこないだ、福岡〜宮崎間を5時間で往復したらしいよ。もちろん飛行機だけど、それにしたって、どんな強行だ! それで、ブランチとお洗濯をすませたあと、平尾あたりを自転車で一人、うろついてみることにした。ブランチの献立はお素麺(切らしかけてたら、またいただきました〜、ほくほく)と、茄子とピーマンとエノキのピリ辛煮と、角天でした。 一番の目的地は本屋さんで(またかよ)、出かける前に町地図で場所を確認してから行ったのですぐに見つかりました。CDを販売したりレンタルしたりするコーナーも併設されている、よくあるファミリー向けの店舗設計。いたるところにあるポップ広告がちょっとうるさい感じなんだけど、文庫を買ってつけてもらったその店のブックカバーは硬派でちょっとびっくりした。 山荘小路のカフェでひと休み。ケーキセットが安かったので頼んでみたら、出てきたのが私ごのみのレアチーズでとーってもうれしかった。下のほうに、タルトをもっと砕いたみたいなさくさくした部分があってね。何となく「小屋」風な雰囲気で、冷房がききすぎてなくて、雑誌もいろいろおいてあって、落ち着く。昼下がりにおいしいコーヒーを飲みながら、ウイスキーの本を読むのもオツなもんです。 夕ご飯は、サーモンのお刺身、小松菜と鰹ぶしのおひたし、キャベツとエノキの音サラダ。食後じっくり3時間近く体を休めてから、ランニングに行きました。今日は体が軽いな〜、なんて快調に走っていたのだが、7キロ過ぎくらいから左膝の外側が引き攣れるみたいに痛くなる。でも、こういうときって悔しくてやめられないもので、10キロ走りました。ああ、くだらない自己満足の世界よ。これ書いてるのは翌日ですが、歩くと今もちょっと痛い。すぐ治るといいけど。 関係ないけど、中学の部活で毎日のように外周を走っていた日々、やっぱり足を痛めたことがあります。病院に行くと「ひらめ筋」という名の筋肉が疲労していると言われました。脛の内側の部分です。なんか間抜けな名前の筋肉だな〜と思いながら病院をあとにしたことを思い出しました。(先生は湿布しかくれませんでした。) ランニングから帰宅すると日付も変わっていました。じっくりお風呂に入ったあと、読書。『赤目四十八瀧心中未遂』(文藝春秋、車谷長吉)、今日買った『もし僕らの言葉がウイスキーであったなら』(村上春樹、新潮文庫)、ともに読み終わり、オリンピックを見る。陸上競技が始まってうれしい。トラック競技とフィールド競技、随時、交互に中継するんだよね。三段跳び、棒高跳び、800m。予選であっても見るの楽しいです。女子800mで連覇を狙うという、モザンビークのムトラ選手という人が、それはそれは厳しい、女活動家のような顔つき体つきでとてもかっこよかった。予選、圧勝でした。教育テレビで片岡鶴太郎の絵画番組を面白く見て、3時半就寝。 |
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