moonshine  エミ




2003年07月19日(土)  プラザホテルにて

(7月19日(土)22時45分)

 いま、私はプラザホテル天神1222号室でこの日記を書いている。
 やってみたかったのだ、こういうこと。こういうタイトル。
 旅先で書く日記。
 旅?
 天神だけどね。
 しかしここは、れっきとした旅先である。
 ホテルだもん。
 ホテルに宿泊するって、旅気分が盛り上がるよねえ。
 シングルのツイン扱いって感じで部屋は広くないけど、窓から見えるのは路地裏の町だけど、とても気に入りました。
 清潔で、こじんまりと、少しこじゃれた感じで、大名のローソンが目の前です。
『旅の窓口』サイトから予約しました。

 そうそう、しんちゃん。(いま、風呂。)
 愛知からの道のりは大変だったようだ。
 昨晩からの大雨で、福岡は中枢部も大打撃。
 JRのダイヤが乱れるのはもう毎度のこととなっているが、
 博多駅は地下街など広く浸水、そして空港から天神まで(正確に言うと中洲川端まで)の地下鉄まで止まってしまった。土砂崩れだとかで、バスまで不通。
 そのほか、愛知でもいくつかのアクシデントに見舞われたというしん氏である。いやー、公衆トイレに魚肉ソーセージは・・・痛い・・・。
 おつかれさまでした。
 よくいらっしゃいました。
 
 アクシデントといえば、些細なことではあるけれど、
 昼下がりに一緒に一風堂でラーメンを食べたのだが、しんちゃんしか食べていない替え玉の料金を二人分徴収されてしまった。
 懲りずに、また連休中に行こうと思っています。
 そういえば外でラーメンを食べるのは久しぶりだったなあ。
 前回。西新の『しばらく』だ。しんちゃんと。
 去年のクリスマスイブの、ライブ前にね。
 ラーメンへの愛情が少し甦った気のした、クリスマスイブでした。

□■□
(ホテルのメモ帳みたいなのに書いた日記に、少し加筆修正。
 紙にペンで自分の文章を書くって・・・久しぶり・・・書きにくい・・・)





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2003年07月18日(金)  綾なす愛憎で結ばれている

 また、雨の金曜日。
 今日は母の誕生日であったので、一年のうち数えるほどしかない、家族でのちょっとした夕食会を外で催した。
 姉が別居しているからというだけでなく、我が家ではもう長いこと「家族そろって食を摂る」という概念がないので(しかしそういう一事で物事の良し悪しを判断なさらないでいただきたい処。)、4人で顔を合わせて食べるというのは新鮮なような、あらたまってしまってむず痒いような、妙な心持ちである。食べ物はおいしかったです。

 早くも還暦を迎えた母を前にして思うのは、私ってやっぱり親孝行な娘じゃないよなあ、ということ。一緒に住んでいても親と全然重ならない生活をしている。連れ立って外出することは無論、毎日の出来事も日々考えていることもほとんど話さないし、家事なども私は母と一緒にではなくて一人でやりたいタイプ。まあ、これはもう、ある種しかたのないことのような気もする。であるからして、私はむしろ親とは離れて暮らすのが向いているように思うのだが、親のほうはそれでも子供と一緒に暮らしたいようだ。その気持ちもまたよく分かる。
 
 大学のころ自活していた(ここが密かなポイントで、私は仕送りをしてもらっていなかった。)ので、「離れて初めて親のありがたみが分かる」という定型句もよく理解できるのだが、しかし離れているほうが真に親孝行な気持ちになるかというと必ずしもそうでないことも身をもって知っている。

 一緒に暮らしていない、イコール、してあげられないことが多い、ということから不安や心配が募ることは多い。だが逆をいえば、心配や不安の気持ちを心中で温めていればそれでよいということでもある。私が家族と離れて暮らしている間、実家では姉と夫が不仲になり、小さな子供を手放してまで離婚するという(家族にとっての)大事件が時間をかけて進行していた。私への電話口で母が泣いたことも何度もあった。もちろん私も胸を痛めていたが、その一方で私は日常の大半で大学生活を謳歌し、親の目を憚らずアルバイトや遊びに精を出していたのである。あの時期に実家にいたなら、そうはいかなかっただろう。私もまた何かしら、家族の荷物を背負って生活しなければならなかったはずだ。
 
 再び実家暮らしをしている今、親にいろいろなことをしてもらっている。
 いつでも何でも話し合い睦み合うような間柄ではないが、うちの両親はたいへん愛情深い性質だし、そうやって育てられた私たちもそれなりに愛情深いタチのつもりである。うちは基本的に寄るべない核家族だから、各場面、それなりに助け合ってもいる。
 が、同時に、実家暮らしであるがゆえの面倒もそれなりにある。
 大げさな物言いだが、家族同士でも相容れない部分というのも、やはりある。離れて暮らしていれば目をつぶれるようなことも、一緒に暮らしていると、お互いに不満がたまることもあるのだ。
 まあしかし、そんなものかもしれない。
 家族というのは、美しい愛情だけでなく、もっと濃い、どろどろした、生活にまみれた、こもごもの愛憎でしっかりと結ばれているものだ、というのが実感かな。
 
 何をだらだら書いているんでしょうね。
 兎にも角にも、私にとって、家族というものは結構なウイークポイントであり、且つアイデンティティー(そんなもんがあるのかどうか分からんが。)最大のルーツなのではないかと。うちは、ギリギリ平凡といって差し支えないかな、くらいの、けっこう波瀾万丈な家庭なのです。 
 まあ、平凡な家庭なんて、ないものかもしれないが。 

□■□

 さて、『一年前の日記を読み返す』企画、静かに実行中。

 一年前の今日は、前日に見た映画「スパイダーマン」の感動を反芻中。
 だから一年前の昨日は、有休をとって「スパーダーマン」を見て感動爆発長文を書いている。
 ちなみに、一年前の一昨日は、会社の上役においしい焼肉をごちそうになっていた。

□■□

 さて、明日、しん氏が福岡に帰ってくる。
 どんな連休になりますことやら。
 ていうか、いま、すごい雷雨です。怖いんですけど。
 飛行機とぶんでしょうねー、明日の朝。





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2003年07月17日(木)  消費税に(消極的)反対

 消費税の問題、というのがあります。
 
 払わなくてよけりゃ勿論それに越したことはないけど、
 所得というものに税をかけると、経費と称して様々な節税が行われ、
 法人税だとかの申告書なんてあんな分かりにくいものができてしまう。
 消費する人が税を負担する、というのは、
 ある意味とても明快なのかもしれない。
 お金持ちの人はたくさん消費するわけで。
 お金持ちの人がたくさん税を負担するのは、所得税や法人税と同じ考え方だし。
 所得税や法人税をチョロまかしてる団体というのはたくさんあるでしょうが、
 消費税ならその場で厳然と払わなければいけませんからね。
 海外旅行とかブランド品とかに、
 もっともっと高い税率をかけたっていいんじゃないかと思いますが
(ええ、わたし、貧乏人ですから。)

 なんて、よくわかってもないのに適当なことを書いてみました。
 適当なので、論破しようとしなくていいですよ。
 
 本題はそれじゃ、ないのです。
 消費税というものとは、
「些少な金額を負担する一市民としてだけ」
 関わっていればいいものとこれまで思っていましたが、とんだ落とし穴が。

 会社で行う様々な相手先への支払い、これにも当然、消費税が伴います。
 また、会社というところは事業を行っているのですから、
 収入を得る際には、取引先から消費税も同時にいただいているわけです。
 この、会社が払った消費税、受け取った消費税は、どうなるか。
 ・・・そのままにしておくわけにゃ、いかんよね。

 ということで、払った消費税と受け取った消費税はきちんと集計して、
 税務署に申告しないといけないのです。
 これがもう、面倒で面倒で。
 会社では様々な部門で様々な計算が行われていますし、
 私の部署なんてその名も「主計」なんていったくらいだから
 日々是計算なんですが、
 この消費税申告のための下準備。
 叫びだしたくなるほどに苦しい。
 ボリュームのある計算や、とんでもなく頭を使う計算は他にも多々あるけど、
 消費税申告・・・キライだ・・・・。
 なくなれーーー!!!
(かといって、法人税申告のほうがもっと煩雑でしょうがね。
 それは私の仕事じゃないもん)

□■□

 芥川賞、直木賞発表。
 石田衣良、ちょうどそろそろ読もうと思ってたんだ、「池袋ウエストゲートパーク」。
 村山由佳も、ついに獲ったね。
 高校の頃に、何冊か読んだなあ。初期の作品。
 性の取扱いが好きじゃなくて引いたんだよなあ。





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