| moonshine エミ |
| 2003年03月21日(金) 悲しむことない | ||||
| 母親が、ロト6で3等を当てた。 86万くらいらしい。オドロキ。 臨時収入にしてはたいそう大きく、かといって人生を変えるような額でもない不労所得、家族の心をぽかぽかあっためた。 そして、家族全員がプチギャンブラーになりそうだ。 「いやー、ロト6って、当たるもんなんやねー」 「毎週、ひと口ずつ買おっかな」 「そうよ、買わんと当たらんちゃけんね」 箱崎へ。 今日は、めっきり春の陽気であったかい。 しかし、しん邸に到着して少したつと、冷えが体を上ってくる。 寒い部屋だ。もちろん夏は暑い。日もあたらない。 「外は〜春らんま〜ん お部屋は〜 まっくら〜」 と、思いつきの歌を歌う。 男の子というものはいつでもどこでも即座に「肉モード」に入れるみたいだ。 でも、女の子というものは、いつでもどこでも「パスタモード」に入れる子が多いもんな。 同じだ。 ということで、夜ごはんは「牛角」で焼肉。 もちろん中落ちカルビを中心にオーダーするのだが、今日はごはんを頼むときに、奮発してふつうのカルビ(一人前490円だが・・・)を頼んでみた。 ものすごくおいしかった。 しかも、お酒を飲まなかったので、ものすごく安かった。 外で酒を飲むのがいかに財政を圧迫するか、てなもんだ。 酒を無駄遣いだと言い切ったりしないけど。 しん邸へ帰り、引越しのための片づけを始める。 先日、サークルの子たちからもらったというジミヘンのバンド・オブ・ジプシーのDVDをかけながら。 ジミヘンのプレイを見ると・・・・・(以下自粛)。 さてしんちゃんの部屋。 出てくる出てくるいろんなものが。まったく、大笑いだ。 授業のレポートとか。ミニサイズのボードゲームとか。 キティちゃんの貯金箱とか(←しかも2個も。お金は入っておらず。) 数々のバンドスコアとか。 雑誌のギタースケールについての解説が載っている部分を引きちぎったものとか。 一年生の頃にカーディガンズのコピーを一緒にやってたんだけど、そのときに使った楽譜も出てきたよ。 キョロちゃんの付箋と、ISDNはじめちゃんのメモ用紙をもらった。 しん邸にある、たった2冊の小説ももらった。 しんちゃんはどんどん捨てるタイプではないので、なかなか片付かない。 「捨てりぃ、それも捨てりぃ」 と促した。 くたくたになってるけど見慣れたTシャツ、久々に見て懐かしさが込み上げてくる品、それらをゴミ袋に入れていく。 さみしい。 同じ時間を過ごした証のものたちを捨てる。 モノがいっぱいの、ごちゃごちゃしん邸がこれからカラッポになっていく。 でもだいじょうぶ、モノを捨てるのは、訣別するってことじゃないんだよ。 形あるものを手許に残しておかなくても、かつてそれが与えてくれた豊かな気持ちを忘れずに進んでいけたら、それはとてもすがすがしい生き方じゃない? |
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| 2003年03月20日(木) 戦争反対と叫ぶけど | ||||
| 始まった戦争についての、いろんな人の考えを見たり読んだりの今日。 やっぱり森博嗣が書いてることが、またまた目からウロコだった。 昼休みが終わって席に戻ると、ゆうきちゃんからのメールが届いていて、それに書いてあったことにも、うなずいた。 戦争はぜったいイヤ。許しちゃいけない。 だけど、戦争がないなんてことが実現したことはないのだ、人類の歴史の中で。 やっぱり、ただ祈るだけでは、反対するだけでは、なくなることなんてないだろうと思う。 もちろん、平和を願うこと、戦争に反対を表明することは、とても大事だけれど。 あーあ。 いま、いろいろ書いたけど、消してしまった。 何を書いても、軽々しい。むなしいね。 私だってまだこの日本で平穏を甘受してるんだもの。 外で見てるだけ、ガソリンが高くなるとか、その程度の影響しか受けないんだから、なんとでも言えるよな。 じゃあ、北朝鮮が攻めてきたら、ただ無抵抗に日本という国は蹂躙されるの?て聞かれたら、やっぱりそんなのイヤだ。こっちが話し合いしようとしてるうちに、どんどん殺されるなんてイヤだ。撃退してほしい。 結局、アメリカに守ってもらうしかないんだもんね、現段階では。 有事になって、たとえ職業軍人だからって、命をかけて日本を守るために戦う(はずの)アメリカ兵を見たら、「戦うなんてバカげてる」って言えるのかな。 民主主義の教育もなく、不毛な土地、厳しい自然環境生活環境、娯楽だって乏しく、血で血を洗う民族の歴史、父や母や子供を殺された人がたくさんいる環境で生まれて、自分達の信仰、信念が正しいんだとだけ教えられて育った子供が、大人になって武器を手にとってまた戦おうとするのを、 ひとまず平和で衣食住の心底の心配をしないでいい私たちが「野蛮な民族」なんてとらえ方をしていいんだろうか? 当然、戦争を肯定してるんじゃない。 それと今回の戦争とは違うし。 でもな。 人々が殺し合いをやめないのは、戦わざるを得ない理由があって、 それについて考えないといけないんじゃないかな。 「戦争反対、とにかく反対!」ていう気持ちは絶対必要だけど、 「すべての戦争に反対」するなら、すべての戦争について考えないといけないような気がするんだ。 戦争や紛争や権力の犠牲になって死ぬ人だって世界中にたくさんいるんだから、ある一つの戦争についてだけじゃなくて、すべての地域、すべての状況の犠牲者について、同じように考えないといけないと思うんだ。 武器を捨てて愛しあおう。 もちろんそれが誰にとっても理想だけど、じゃあなぜそれができないのか?っていうところが重要なんじゃないの。 それができない人たちの生活に思いをはせないといけない、というか。 そこを考えるのが、他民族を理解しようってすることなんじゃないの。 平和な世界で暮らす人間が、「戦争をやめよう!」ってそれだけを訴えるのって、「あなたたちを解放するために空爆する」っていうのと同じくらい、当事者にとっては空虚に聞こえるんじゃないかな、なんて思ったりする。 でもやっぱり、私たちのような草の根からは、やっぱりひとまず戦争の悲惨さを訴えて平和を訴えていくのが現実的なのかな。願いは通じると信じて。 ああ、それに、権力者を裁くのが権力者ってとこに歪みもあるし、結局戦争を起こすのは権力者だし、権力者を正しく封じ込める手段を考えないといけないのかな。 考えれば考えるほど、簡単に言葉に出来ない問題だ(これだけ書いといて何を言う、て感じやけど) こんなことをウダウダ書けるのも、北朝鮮の脅威があるとはいえ、まだ震えるほどの危険を自分の身に感じているわけじゃないから。 でも、危険が迫ったら何も考えられないんだから、 日本は今こそ、みんなが戦争と平和について考えないといけないとも思うんだよな。 日常に埋もれてる私だけど。 |
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| 2003年03月19日(水) 福岡にて最後の贈り物をもらう | ||||
| 本日は晴天なり。 本日は有休なり。 相方しん氏が、5年と5ヶ月ほどの付き合いの中で、初めて我が実家にやってきた。 というのも、もうすぐ新天地の愛知へ向かうしんちゃんが引越しに際し、今の家に置いているプリンタを私にくれるというから、持ってきてもらったのだ。 ん? 先週、既に記念品をもらったはずじゃないかって? あー、それはそれ。 だいぶ前、ふとした拍子に 「プリンタ、いる?」 と言ったしんちゃんの言葉を、しっかり脳内メモリに登録してたからね。 「くれるって、言ったよね? 言ったよ、ね。ね。ね」 ということで。 きちんと買ったときの箱に詰めて、買ったときの発泡スチロールで固めて、紐でしばって、紐に取っ手までちゃーんとつけて、 電車に乗ってしんちゃんはやってきた。 相方との付き合いも、もういい加減長いんだけど、私の家族はしんちゃんという存在をほとんど知らない。 私は家族のこと、そりゃー悲しくなるくらいに大事に思ってるんだけど、自分の日常についてあんまり家族に話さないのだ。自分が読んでる本のことも、聞いてる音楽のことも、仕事のつらいことや楽しいことも、友だちのことも、いわんや恋人のことも。 それは、親と仲が悪いとか、そういうんじゃなくて。 なんというかね、この辺わたし、けっこう男の子っぽいのかも。 というか、私はそれが普通と思ってきたんだけど、会社に入ってから、「へー、女の子って、(特に母)親と、友だちみたいに仲が良くて、何でもしゃべるものなんだ〜」 と感心したものだ。 先週、お友だちのゆうきちゃんがやってきたときも、それほど部屋を念入りに片付けたりはしなかったのだけれど、本日のしんちゃんの訪問に際してはさらに全く片付けず。 なんせ、約二年間、行ったり来たりしながら一緒に暮らしてきた人だ。今さら何を繕う必要があろうか。 私の部屋は、箱崎のマンションの頃と基本的に変わらない。実家だから、本の数(と、つまりは本棚)が多いだけで。 私のギターをしんちゃんに弾かせたり、私が弾いて一言アドバイスをもらったりして、その後ササッとプリンタをセッティング。先日買ったばかりの軽快なスライ&ファミリーストーンや、エロく絡みつくファンカデリックのCDを聞きながら。 しん氏がこのプリンタを買ったとき、 「ったくー、たいして使うこともなかろうに、無駄遣いしちゃってー」 と言わんばかりの反応をした私だが、プリンタはヒューレッド・パッカードの、予想外にしっかりしたものだった。 いやー、いいもの買ってたんだね! (ゲンキン。) デジカメで撮った写真を、初めてプリントアウトした。 感激! きれいに印刷できるやん! ありがとー!!! 定時で退社する人々が行きかう頃に博多駅まで出て、ヨドバシカメラをうろうろする。 携帯やプリンタのインクジェットやヘッドホンや作曲用ソフトやアンプやホームシアターセットや、とにかくいろんなものをゆるりと見て廻って、 焼き鳥屋さんで夜ご飯を食べた。 おいしい串を食べておいしい焼酎を飲んで、お店の人もとてもいい人で、 「一人の職人さんと一人のエンターテイナーがいて、それだけで、すごくいい感じだねえ。適材適所だねえ。」といいながら、ゆっくり長居した。 それでも私達にしては短いほうだったかもしれないが。 帰り際、 「ありがとうございました〜!! また二人で、仲良く〜〜!」 と、大きな声で送ってくれるお店の人。 私たちは、「もう来れないんだよなぁ・・・」と小さく言葉をかわして、店を出た。 家に戻り、お風呂上りにリビングに寄って牛乳を飲んでいると、 もう今年還暦を迎える母親が、 「優しそうで感じのいい、なかなかいい顔をした青年じゃない。 エミちゃんとちょっと、(顔が)似てるんやない? 似てるって言われるっちゃない?」 なんて言う。 「似てるわけないやん!」 と言いながら、部屋に戻ると、どうにも泣けた。 |
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