| moonshine エミ |
| 2003年03月18日(火) | ||||
| ああ、戦争が始まってしまう。 従軍するのが夫や恋人や息子だったら、 いつ飛来するかわからない爆撃機におびえながらの夜だったら、 火の中を逃げ惑うのが自分や自分の家族だったら、 どうだろう。 戦争なんてあたりまえに悪いに決まってる。 人間がいる限り、それが地上からなくなる日がくるとは思えないけれど、 でもやっぱりだめだだめだ。 どうしたって傷つくのは武器をもたない人たちじゃないか。 |
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| 2003年03月17日(月) 根無し草のころ | ||||
| ゆうべは、森博嗣の日記本を読んでたら、あまりのおもしろさにつ〜いつい夜更かし。 一気に読みたい気持ちに駆られながら、でも読んでしまうのがもったいなくて、ねぶねぶしながらちょっとずつ読んでいる。ああ、幸せ。 ほんと、おもしろいなー。 「時には自分のことを棚上げしないと、議論なんてできない」とか、 「いったんは輪を広げようとしてもだんだん排斥に向かうファン心理」とか、全くうまいこと書くよなぁと感心しきり。 今週は監査もないので、山積みになりかけてる仕事を片付けていかないと。 明後日、有休なのだ。金曜日も祝日だし。休みが多いのはもちろん嬉しいけど、進捗状況を考えるとやや不安。 4月より、『動物のお医者さん』がついにドラマ化だ。 何でも、ドラマ化の案は長いことあったけど、これまで原作の佐々木倫子さんがずっと拒んでいたとか? みんな大好きなマンガ、もちろん私も大好き! 全巻もってます。 チョビ役(?)のシベリアンハスキーがマンガにそっくりだと、早々にYAHOOのトップトピックスで取り上げられたりもしていたが、 思うに、犬がマンガに似てるのではなく、あのマンガで佐々木さんが書いた動物は、犬にしろ猫にしろニワトリにせよ、かなり写実的なんだよね。 あれほど動物をリアルに絵にした少女漫画って、あまりないんじゃないでしょうか。 ドラマは賛否両論起こるんだろうけど、一回は見てみようと思う。 宮城谷昌光の『玉人』(新潮文庫)を読み終わり、 新たな電車本は『ストリッパー』(二代目 一条さゆり:幻冬舎文庫) 著者が現役の踊り子時代に書いた、数年間の日記ふうエッセイ。 読み返し、もう10回目くらいではないだろうか? 業界暴露的な、下世話なインパクトで勝負しているわけじゃなく、 かといって、「つらいお勤め・・・」みたいな演歌調でもなく。 10日ごとに町から町へとストリップ小屋で興行する踊り子さんの日常、それはさながらロードムービー。 確か、ちょうどハタチになるかならないか、くらいのときにこの本を買ったはず。 その頃の私は、それが過去になった今でも、ちょっと簡単には人に言えないような生活をしていた。 大げさだけど、荒んでた、と言われたって何も言えない。 もちろん、毎日後ろ向きに悩んでいたわけじゃないし、恋人(しんちゃん)と暮らしていた時期でもあるし、楽しい思い出もたくさんあるのだけれど、 一方でどうしても拭い去れない閉塞感に苛まれてた。 自分で決めたことだったけれど、自分が普通の大学生活からどんどん切り離され隔絶されていくような疎外感と、それで何が悪い!という自分の意志への矜持と、そのどっちも辛かった。 まあ、多かれ少なかれ、誰にでもあるものでしょうけどね。青春の葛藤時代というか。 そういう時期の私にとって、この本はとても優しくて、少し哀しかった。 わかりやすい啓蒙本、生きるヒントみたいなのが書いてある本じゃない。 でも、読むたびに、言葉にはできない大事な何かを感じさせてくれたんだよなあ。 今だって、迷ったり悩んだりすることはある。 でも、あの頃の、誰にも言えずに追いつめられていくような、何か大切なものを自分で削ぎ落としてるんじゃないか?と思うような気持ちはない。 たぶんもう二度とない。 それでも何もなかったことにはできない。 後悔がないわけじゃないけど、あの頃があったから考えられたこともたくさんある。 私が経験したあの日々、 いいことも悪いことも、強い気持ちも弱い気持ちも、 あのときに一緒にいた人たち、空虚で濃密だったあの日々を、 いま会社に向かい会社から帰る電車の中でこの本を読みながら、思い出している。 ・・・えーと、ちなみに、その頃ってストリップをしてたわけじゃないですから(笑 誰も見たくない。) |
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| 2003年03月16日(日) 潤いをあなたにも私にも | ||||
| 起きると、唇の真上に新しいニキビが出現している。 しかも、ものすごく大きい。白っぽく膿んで、まわりが真っ赤になっている。 ううう、痛々しい。というか、実際、痛い。 ああ、ダイナシ。ダイナシ。 明日の朝も変わらない状態だろうな〜。U2です。(ユウウツ、の意。くだらない・・・) ついに、「マイケル・ジャクソンの真実」を見る。 マイケル側の反論番組じゃなくて、最初に放送されたほうね。 なんか、単純に、最近のマイケルがたくさん見られて嬉しかった。 ファンってこれだわ。やっぱり、あれは立派なプロモーションの一環だね。 確かに、マイケルは頑な。もう、彼は彼に意見するような人を周りに一人も置いていないんだろう。 7つの大陸出身の子供を、それぞれ男女一人ずつ手許におきたいとは、ああ、なんてマイケルらしい狂気! あそこが一番、衝撃的だったな。 しかし、ジャーナリズムっていったい、なんなんだろうね。 「44歳の男がこんなことをするのを、世間は認めると思いますか」 「44歳の男がこんなこと、という世の中の意見にあなたはなんて答えますか」 どうしてあなたが世間の代弁者たりえるのかね。 一人の人間の個人的生活、趣味を暴いてケチをつけるなんて、しょせん大衆の好奇心じゃないか。えらく崇高な使命を帯びてるような、良識者ぶった姿は滑稽だった。 奇天烈なマイケルも、ペンの正義の威を借りるマスコミも、善良なふりをして楽しむ私たち大衆も、その歪みにどれほどの差があるだろう? ま、関係者すべてにとって、ビジネスという面があるんだろうね、あの番組。マニマニマニー。 人にあげるためのCDを選曲してつくっていたら、これまた自分が夢中になってもう三回聞いてしまった。 自分用にも、一枚焼くかな。 サイトを通じて知り合った、一人の男の子から久々にメールが届く。 彼はお母さんと二人の家庭で、そのお母さんが重い癌で入院したことを彼の日記で知ったのは、もう一年以上前のこと。 日記は今も続いている。 こんな言い方はよくないとは思うが、若いがゆえの青さがはしばしに見られていた彼の文章が、だんだん大人びていくのを感じている。 そして彼の表現することへの渇望には、やはり敬服するしかない。 |
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