moonshine  エミ




2003年01月23日(木)  アシメトリーまたはフリークス

 長いマフラーを背中に垂らすなら、左右の長さをバラバラに。
 膝が見える細身フレアのスカートにも、ざっくりゆるゆるのセーターを。
 そんなアンバランスで楽しみたい感じ。

 まっすぐなものに憧れて見上げるときもあるけれど、
 歪んでねじれて欠けたものに心は寄り添う。
 いつだって。

 いろんな気持ちがあるよねえ。

 無難なものなんてクソくらえ!
 と思うのが、奇妙だなんてことはない。
 正しいことしか知らない人になんて惹かれない。
 スタイルなんて決めなくていい。

◆◇◆

 月イチ役席会議の資料が、いつものように回覧で廻ってきた。
 各銀行との交渉経過がまとめられた資料があった。これまで添付されていなかった資料だ。
 目を皿のようにして(って、言いたいことはわかるけど、なんで皿なんだろう?)読んだ。
 ドキドキした。
 そっか、そうだよな・・・。と、思った。
 営業と財務は会社の両輪。だけど営業に比べて、財務のなんと孤独なことか。がんばれ、課長!!

 村上龍「eメールの達人になる」(集英社新書)
 鷺沢萠「海の鳥 空の魚」(角川文庫)
 読み返し、おわり。書店に並べてます。
 
 電車本は、花村萬月「あとひき萬月辞典」(光文社文庫)
 ゆうべ寝る前には、芥川龍之介の短編を読んだ。
 芥川が好きになるとは思わなかったなあ、中高生の頃は。
 今夜もこれからベッドで、彼の「芋粥」を読む予定。 

 ドラマ「美女か野獣」
 すごく健全な娯楽。安全なドキドキ。いやー、おもしろい。
 平和な夜です。





↑エンピツ投票ボタン

My追加
Mail Home

BBS blog






2003年01月22日(水)  努力する才能

 なんというか、あまり気が晴れない、ここんとこ。
 何があったというわけでもないけど。
 仕事は定時に終わってるけど、夜の時間はあっという間。
 早く寒い冬が終わって春になって欲しいけど、春になったらまた決算。
 夜の時間なんてなくなるも同然だ。しんちゃんは多分、愛知だし・・・(というか、福岡にいたら大笑いだ。)
 
 有休とりたいなあ。今のうちに。
 こっそり母校に忍び込んで、文学系の授業を聴講したいという野望があったのだが、もうすぐテスト期間だし、もう無理かな。
(そういう問題じゃない?!)

 森博嗣『臨機応答・変問自在』(集英社新書)を読み返す。
 森の大学の授業のやり方は、Q&A形式。
 学生に紙を配って、質問を書かせ、森の答えとともにプリントにまとめて、次の授業で解説する。
 質問はなんでもいい。その質問で、成績を評価する。

 高校までの教育では、問題が提示され、それに答える技術が伝授される。
 でも、本当に大切なのは、問題を発見する力を身につけること。
 問題を見つける行為は、問題を解決する行為よりも難しい。

 人は、どう答えるかではなく、何を問うかで評価される。

 これが森博嗣の教育ポリシー。 
 ポンと膝を打っちゃうよなあ。ほんと、その通りだと思うよね。

 以下、引用。
 Qは学生の質問、Aは森の解答。


Q:99%は努力、1%は才能だといいますが、先生は才能というものが存在すると思いますか?

A:思います。努力できることが才能。だから、成功は100%才能だと思う。
  才能は持って生まれれたものではなく、思い立ったときに、あるいは、やる気があるときに生まれるもので、いつでも消える。
  自分自身をどれだけコントロールできるかが才能です。


Q:友人が繰り返しの毎日に不安と不満を持ち始め、自分の存在価値と目標を見失いがちなのですが、どうすればいいでしょうか?
  先生もそういう時期がありましたか? こういうことをきくのは馬鹿馬鹿しいですか?

A:後ろから答えましょう。馬鹿馬鹿しくはない。誰にもそういう経験はあると思う。森の経験則では、次のことが言えます。
 「何かに悩んでいる人は、解決策を知らないのではなく、最良の解決策を面倒でしたくないだけだ。」
  その友人には、まず、自分の部屋を片付けることをすすめましょう。


Q:今日は久しぶりに頭を使いました。他にも面白そうな問題があったら教えてください。

A:もう少し頭を使って生きてください。問題は山のようにある。問題を見つけることが一番の問題です。
  人は、餌を待っている飼い犬ではありません。


 こういう先生の授業うけたら、多分、ムカつくこともあるだろうなあ・・・。
 でも、うむ。
 気持ちをピリッとさせよう。
 
 がんばらなきゃいけない、って思うだけじゃあ、なんにも進まない。
 どうやって頑張るか、ちゃんと言えないようだったら、考えてないのと一緒だ。
 考えてないことを実行できるわけがない。
 よね。
Mail Home

BBS blog






2003年01月21日(火)  土俵ぎわ

 別に相撲ファンじゃないけど、貴乃花の引退、ちょっとしみじみした。
「ひとつの時代が終わった・・・」
 とかって陳腐な言い回し、いろんな場面で聞くけれど、ほんと、そんな感じがしなくもないよ。

 千代の富士が引退したときのこと、よく覚えてる。
 '91年だっていうから、もう、10年以上も前のことなんだね。 
 タオルみたいなので、涙の顔を拭いながらの記者会見。
 貴花田に負けたのが、最後の一番だった。
 そのときも、「昭和の大横綱、引退! 一時代が終わった・・・」なんてマスコミが報道して、
 あんなに強かった人がかわいそうに、さみしいことだなあ。
 と子供ごころに思ったものだけれど、別の気持ちは、確かに少しワクワクしてた。
 10代だった若貴兄弟。
 新しい時代がやってくる、という感じがした。
(でも、今回のことがあって、千代の富士の現役時代の映像もよく流れてるけど、
 ほんとあの人の体はすごいよなあ。筋肉が・・・。スモウ“レスラー”って呼び名がぴったり! ウルフー!!)

 それから10年以上。
 りえちゃんとのこととか、「不撓不屈」の大関昇進、結婚、「不惜身命」の横綱昇進、
 「まーた貴乃花が優勝か・・・・!」と、飽きられるほどに強くて優勝しまくってた時期、
 兄弟横綱の誕生、兄弟の確執に花田家のいざこざ、小泉さんの「感動した!」発言、けが、休場休場休場・・・・
 いやはや、なんだかんだと、貴乃花、見てきた。

 こういう、つぼみがふくらみ、花が咲いて散っていく、その一部始終を見届けた、というとき。
 引退のこととか、全盛期のところとかの一部分だけじゃなくて、長い道のり、最初から最後まで知ってる自分に気づいたとき。
 私ももう、いい年した大人になったんだなあ、と思う。
 それは、なんとなく切ない感じ。

 全部見たわけじゃないけど、引退会見、すごかったねぇ。
 なんか透徹としてたよね。彼には「不惑」という言葉をささげたい。孔子でさえ、40歳よ?! 
 
 やっぱり、一流のスポーツ選手を見るのって、誰にしろ、好きだなあ。
 野茂もイチローも松井も、中田も、武豊も、やわらちゃんも好き。
 硬軟それぞれタイプは違っても、どこかストイックなところ、前向きなところがあるよね。
 発することばにも力がある。
 貴乃花は山のような力士だった。

 でも、まだ30歳なんだもんね。
 そう、孔子だってやっと「立った」年齢。
 この先が余生なんかじゃないよね。
 

♪劣等生でじゅうぶんだ 
 はみだし者でかまわない

 ブルーハーツの『ロクデナシ』が最近のお気に入り。
 ブルーハーツ(特に初期)、この人たちもなんてストイックな。

 今日の仕事、二の腕が疲れた。
 かなりくたびれた。
 
 本屋さん、ちょこちょこ更新中。 





↑エンピツ投票ボタン

My追加
Mail Home

BBS blog


<< >>