moonshine  エミ




2002年09月08日(日)  メガネ、メガナー、メガニスト

 土曜日の後半、楽しい記録。

 天神へ。
 新しい財布を買おうと物色したが、気に入るものが見つからず。
 以前に使っていたものが、どんなに良いものだったのかを痛感させられる。
 高校生のとき付き合っていた人に貰ったものだ。フェンディだった。今まであんまり考えたことが無かったけど、あれは結構高かったんだろうなあ。でも、高いだけあるよ、フェンディ。耐用年数が長い長い。まだまだきれいだったもん。
 というか、しんちゃんと付き合いだして(途中別れたりしつつも)もうすぐ6年目に入るっていうのに、そんな昔の彼氏から貰った財布をまだ使ってた、というのが何だか凄い。そういえば、しんちゃんの財布も高校時代に付き合ってた彼女に貰ったものじゃないか? 
 とにかく財布はまた今度。
 ということで、可愛いブラウスを発見して買う。
 久しぶりにChild Womanで買ったのだが、紙袋がこれまた可愛くて感激した。こういうカジュアルブランドって、大好き。ファッションはまだまだ、遊び心を大切にしたい。いかにも「私OLです」て感じのファッションは、まだ何年かあとでいいナ。中身が追いついてないし。
 新しい季節の洋服や小物を見るのは本当に楽しくて、ハァ、もっとお金があればいろいろ買えるのに。まーしょうがない。
 
 その後しんちゃんと合流、ビックカメラへ。
 MDウォークマンを買う。結局ソニーを選んだ。消去法で選んだ感じだったけどね。他のとこの製品は、どこかしらダサいとこが目に付いてねぇ。
 財布をなくした際に、ビックカメラのポイントカードもなくしていたので、溜まっていたポイントを引き継ぐ形での再発行をお願いする。
 若い店員さん、一生懸命に再発行の手続きをしてくれた。それが店員さんの仕事といってしまえばそれまでだが、面倒なことをお願いして、けっこう時間がかかって、こっちも恐縮した。お互いに恐縮してておかしかった。パソコンを買ったときといい、あそこのビックは面白い店員さんが多い。これまでのポイントが3000円分以上残ってて、ちゃんと引き継いでくれて、早速今日のお買い物に使った。
 ジークスのマックで腹ごしらえをしつつ、ウォークマンを箱から出してセットする。感激! やっぱりお買い物は嬉しい。大事にしようっと。
 
 バスで店屋町へ移動。
 デジャヴでライブを見るのだ。marbleさんとひろのぶくんと一緒に座る。
足の傷を見せる。二人のびっくりする様子を見て、満足する私。ばかだ。
 最初にichibitっていうギャルバンが出た。みんな20歳いってないんじゃない?ていう感じだった。親御さんたちも見に来てた。
 うーんかわいい! 若いってすばらしいよ! もはや、上手い下手の問題じゃないよね! 時々もたつく演奏も、恥ずかしそうなしゃべりも、ぴょんぴょん跳ねるアクションも、何もかもかわいいよ! かわいくてしかたがないよ! オッケーオッケー! これからもっと練習して、ライブして、うまくなってくんだろうな、あのコたち。一年後くらいにまた見たい。

 そしてフラッシュバック9登場。早速ichibitのマネして飛んで踊るフラッシュさん・・・。好きだ。
 ライブは、これまで見た中でもしかしたら一番良かったかも。まーこれって、見るがわの問題でもあるかもしれないけど、でも今回のは、ほんとに良かった。なんか新しいものを掴んだみたいな彼らだった。あ、そういえば、しゃべりで「これからはブロードバンドフラッシュバック9になります」と言ってたな。
 50分、8曲か9曲くらいやったのかな? いつもながらにあっという間に感じるライブだった。それって重要なことだ。「チューしなきゃ、眠れやしないぜ!」
 終わって、marbleさんたちと、「いやいや、良かったね、こっち来て」と胸を撫で下ろしあう。実は、金曜日の深夜、1時間以上にわたって延々と電話でしゃべりながら、今夜フラッシュバック9に行くか、「たま」に行くかを散々迷っていた私たちだったのである。「たま」って、あの「さよなら人類」のたまですよ。あの二者択一に悩んでたのは、デジャヴの中でも我々だけだっただろう・・・。かなり熱く悩んだ。
 ランニングかメガネか?! 最終的にはメガネを選んだわけだが(フラッシュバック9は、メガネ率100%のバンド。)、正解だった。でも、たまもちょっと見たかった。ライブ、おもしろいらしい。たまの方に行ってたら、すっかり洗脳されて「ランニング買わなきゃ・・・ランニング・・・」なんて、うわ言のように呟きながら帰っていたのだろうか。
 デジャヴ出たらブリスコのベースになったわちさんがいた。スタジオで練習やってたらしい。声が枯れてた。歌ってるんだな・・・。

 しんちゃんと、みちみち写真を撮りながら帰る。蚊に刺される(私だけ。) 赤信号の横断歩道を渡ろうとしたら、おまわりさんに注意される。お仕事ごくろうさまです。

 
 そして今日、日曜日といったら体調が最悪で、本当に苦しかった。おなかが痛くなるのはいつものことだけど、こんなに一日中貧血っぽかったのは初めてだったかも。
 ふらふらしながら薬局と本屋に行く。具合が悪くてもやっぱり、本屋チェックは欠かせない。財布を失くした自分への罰として、次のお給料日までは本は(あんまり)買わないことに決めている。今日は1冊だけ。8月22日のお給料日以来、まだ2冊目の購入だ。初めての高村薫。火曜日に読む。楽しみだ。
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2002年09月07日(土)  泣く

 会社が休みの日、目が覚めて最初にするのは、「本を読む」こと。ベッドの中での行為です。
 鷺沢萠の「駆ける少年」を手に取った。久しぶりだ。
 これには三つの短中編が入ってて、どれも、ベースが暗い。
 こんな暗い話、20歳そこそこで書くこの人が私は好きでしょうがない。
 読み終わって、かなり自分も暗い気持ちになって、ベッドに転がったまま、ウダウダいろんなこと考えた。
 私はこの本が好きで、この「好き」って気持ちは、共感にすごく近い。登場人物たちの哀しみが、たぶん本当に、痛いくらいに分かる。分かる、と断言できる。
 だけど、分かってしまう自分を、弱い気持ちの日には悲しく思う。これは・・・多分、分からない人も大勢いるんだと思う。傲慢になってるわけでも被害妄想でもなくて、それが現実だなあってわかってる。
 この哀しみを自分のものとして分かる人と、分からない人。そこに横たわる埋められない溝、そこに立ちはだかる越えられない壁。仕方がないことだ。人生、いろんなことを自分で選べるけど、選べないことだってあるんだから。この本の哀しみは実感として理解できても、私に理解できない哀しみだってある。ということも、だいぶ大人になった私にはわかってる。
 でもそれで何か、すごく泣いてしまったんだよねぇ・・・。
 こんな激情、時々やってくる。もてあますよ、まったく。
 欠落感。孤独感。不安感。
 あーあ。
 でも、泣くのって、人間にとってすごく必要な行為だと思う。そう考えると、男の人って泣きにくいから、かわいそうかも。
 ひとしきり泣いたあとって、けっこう気分が変わる。しゃんとするか、てへへって自分に照れるか、疲れて寝ちゃうか。
 今日は照れつつ、しゃんとした。
 この哀しみが満たされる日なんて来ないと思ったほうがいい。本当につらくなるのはこれからだ。
 でも、生きてく。なるべく楽しいふうに。汗して働いて。

 楽しい土曜日の後半は、また明日書きましょう。
  
  
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2002年09月06日(金)  “Simple and Clean” 宇多田ヒカル

 仕事のあと同期と飲みに行く。
(大丈夫です今日は財布も記憶もなくしてません)

 しゃれた造りで実際以上に空間を広く感じるような、はやっているお店。
 宇多田ヒカルの曲がずっと流れていた。
 そうやってBGMとして聞いて、あらためて「いいなー、宇多田ヒカルって。」と感じる。
 味わって聞いたらすごく味わい深く、こうやって流して聞くとものすごく心地いい。
 宇多田ヒカルのすごさってのは、「職人」としても「芸術家」としても素晴らしいところだと思うな。あの若さで両方もってる。それを才能と呼ばずに何と言う?
 
 宇多田ヒカルが書く詞には、いたずらに聞く人を驚かせるような激しい言葉や、薄っぺらい理想や、露骨な反骨精神、それらがなんにも見られない。
 表現方法としては実は簡単なそういうものは、若い人は無意識のうちに手段として選びがちだというのに、彼女はそれとは無縁だ。
 素直な印象。
 シンプルでわかりやすい言葉を選んで使っているから、何となく心地よく流しちゃいそうになるけど、曲全体を聴いたら、すごく雰囲気が伝わる詞になっている。
 言葉を重ねていくことによって、ちゃんと厚みが出て、なおかつ言葉にされていない感情まで自然と伝わってくるような作りになっている。
 大量生産のピークに達していた時期の小室哲哉の詞を挙げるまでもなく、平面的な歌詞の曲はちまたに溢れてる。どんなにエキセントリックな言葉をつかっても、ただ表面をツルっと撫でただけのような。宇多田ヒカルの詞はそれとは真逆で、一見普通だけれど奥行きがある。すごーくたくさんのひだがある感じがする。
 音の感じもそれと似ていて、一聴してわかるような凝りまくったアレンジやメロディーはそんなにないけれど、通して聞くとゆらゆらと快感が湧きあがってくるような曲が多い。
 すごいな、と思う。
 若さ、若いうちにきらめく才能っていうのは、尾崎豊にせよ椎名林檎にせよ、何かしら激しいもののはずなのだ。たいていは。
 こんなにも浮き足立ってない、深いものを、もう4年も世の中に発表し続けてきて全然質が落ちてないのがすごい。
 もちろん彼女の父親をはじめとした一流のプロたちが集まったチームが、協力に彼女のサポートをしているとしても、あの詞は宇多田ヒカルが書いたものでないはずがない(だって、それだけ落ち着いているにも関わらずちゃんと若い!若い感性が溢れてるもん!)ように、きっと曲づくりだって中心に居るのは彼女に違いない。
 
 そして、宇多田ヒカルの曲は聞き方を要求しない。
 部屋で一人で歌詞カードを見ながら味わうのも、この夜みたいに広いお店でお酒や食事、おしゃべりのBGMとして聞くのにも、どっちにもピッタリ、しっくりハマる。
 リスナーの年齢や性別も、たとえばあれだけ売れてる浜崎あゆみと比べても、広い範囲にわたってるはずだ。
 懐が広い。すごく大きく、腕が広げられている。
 
 公式サイトの宇多田ヒカルからのメッセージを読んでも、音楽雑誌のインタビューを見ても、ものすごい力を感じる。感じる力と表現する力。前向きな心と時々弱い気持ち。的確な比喩表現をいっぱい使える。ユーモア。コミュニケーションしようとする姿勢。
 
 私は音楽を聴いてると、音楽に感動したり「すごい!」て思っちゃうと、そこで鳴ってる音楽と、それを作った人が別物だなんて、絶対思えないから。
 生まれてきて生きてきて何年も、生きている環境があって積んできた経験があって、それが音楽と関係あるものでもないものでも、全部ぜーんぶがルーツとしてあって、そして作られる「音楽」だと思ってるから。
 それは、たとえば、いつも笑顔がすてきで誠実な態度のお嬢さんが、「きっと親御さんもいい人なんだろうねえ」って想像されるのが普通であるのと、ちょっと似た気持ちかもしれない。(うーん、これはちょっと違うところもあるたとえだなあと思うけど)。もちろん、音楽だけでその人を「わかった気」になりはしないけど、一人の人間がこの世でいろんな人と関わって生きていてその上で音楽をやってるんだから、音楽とそれを作った人が縁もゆかりもない(?)わけない、と思ってる。
 
 結婚の報告にあたって彼女のHPに記された言葉、
「なにが起こるか分からない世界なら、全ての確信は希望であり、また希望こそが最大の確信でもあると思うのです」
 『今』を大事にしてる気持ちを、こんなにも素直に書ける才能に、感嘆せずにいられない。
 そんなこんなで、宇多田ヒカルさん結婚おめでとう。


★ちなみに、知ってる人も多いと思うけど、“Simple and Clean”は英語版『光』のタイトルです。
 あの曲を“Simple and Clean”という言葉で。こんなセンスが大好き!
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