moonshine  エミ




2002年08月16日(金)  突撃☆自分インタビュー

ご無沙汰しております、エミです。生きてま〜す。
ちょっとぶりの日記は、チクと趣向を変えまして、「まさに自問自答」自分インタビュー形式でお送りします。バカだなあ。
ちなみに、この手法は、元THE YELLOW MONKEYボーカル、吉井和哉がロッキン・オンで連載してた『吉井和哉のおセンチ日記』の、'96年5月分のパクりでェす。

◆ここんとこ何してたんですか?会社は休みでしょ?
「休みですよ、でも15日だけ出勤。あとは、いつもの友達やいつもの彼氏(あたりまえだ。)やちょっと久々の友達と遊んだり飲んだり。本を読んだり映画を見たり買い物したりと、普通の日々でした」

◆の割には、珍しく日記書いてなかったね。
「うん、いろいろ考えるところがあって・・・」

◆と言うと、日記を書くという行為に疑問が? おやめになるんですか?
「・・・・・(沈黙)」

◆そんなァ、なぜか読んでくれる人だって結構いるし、書いたらいいじゃないですか! ていうか、あんだけ嬉々として書いてたやん! こんな短期間に、どうしたっていうんですか?!
「テヘ。嘘です。やめませ〜ん」

◆(インタビュアー、無言で帰り支度を始める)
「ちょちょっ、ちょっと待ちんしゃいよ、ふざけてみただけやーん。いや、でもね、書かなかった理由はあるんですよ」

◆・・・・・ほんとですか〜?
「ほんとほんと。それはね、休みに入ってすぐ、部屋の整理をしてて見つけたものがきっかけ」

◆ほう?(と、再び、マイクを向ける)
「本棚をね、抜本的に整理してて、そんで出てきたのよ。高校生のときに書いた小説が」

◆ほうほう? 小説なんて書いてたんだ? あんた、病的に読み散らかしてるみたいだけど、やっぱり自分でも書いたりしてたんだね? こっぱずかしくて、今まで黙ってたんでしょ。
(ほのかに赤面しながら)「ま、まーね。そりゃ恥ずかしいサ。小説なんて、根が暗くないと書かないよね〜。内緒にしてね」

◆はいはい。で、どんな話?
「話っていうかね、スケッチみたいなもんですよ。気の向くままに、プラっと書いてはすぐ飽きる。基本的に才能もなけりゃ努力もしてないのね。しょっちゅう書くわけでもなくて、そりゃー面白いもん書けるわけじゃないし、売られてる面白いもん読むほうがよっぽど楽しいからね。私のは、話なんて、あってないようなもん。でも、そういう書き溜めのゴミ溜めみたいなの、捨てちゃうのもかわいそうだけど、全然大事にしてもなくって、本棚の奥ゥゥゥのほうとかに埋まってるわけ。それを見つけちゃったんですよ。ひっさびさに」

◆前フリ長いよ。だからどんなもんなの?
「ごめん、だって恥ずかしいっちゃもん。そう、レポート用紙に2〜5枚くらいずつ、全然違う話が書いてあるんだけどさ、その中の一つがさ・・・。愛しあう二人が初めて結ばれるシーンと、そのあとのシーンなわけですよアータ」

◆(呆れながら)高校生のくせに。勉強しなさい!
「ほんとにねー。でもそれがさ、凄いんよ」

◆すっ、すごいって、事細かに、コトの様子が書いてあんの?
「馬っ、馬鹿な!! 確かに中学生の頃シドニィ・シェルダンや『マディソン郡の橋』が流行って、マセガキらしく読んではみたけど、エッチなシーンに衝撃を受けて話の本筋そっちのけ、“大人って汚い・・・”て感想だけが胸に残ったという私ですよ。そりゃ好奇心旺盛な頃だけど、少女らしい潔癖さは持ち合わせてました」

◆じゃ、凄いって何さ?
「や、潔癖で未熟で、読んでてもう、顔から火ィ噴きそうなほどに恥ずかしかったんだけどさ。“それを通して書きたかったこと”ていうのが、もうはっきり伝わってきたんじゃよ」

◆伝わるっていうか、自分が書いたもんでしょ。覚えてただけじゃんねー。
「その通りスー。そうなんだけど、“書きたいこと”ていうものが、その頃から基本的に変わってないことにびっくりしたの。
 それで、これからも多分、当分変わらない。いや、今現在、書いてるってわけじゃなくて、自分の頭の中の考え方の中心っていうか、そういうことがね。
 勿論それから新しい出会いも経験もあって、時間の分だけ相応に変わった部分もあるよ。
 でも、核は、自分が思ってるよりもずいぶん前から決まってて、たぶんこれからも、当分変わらないんだなー、って思ったんです」

◆(うつら、うつら、舟を漕ぎかけていたが)
 ・・・で、それと日記とどう関係が?
「だからね、もう、日記を毎日書く必要もないかな、って、ふと思ったんです。
 私にとって日記って、今日はアレしたコレした、っていう記録の部分もあるけど、最近の自分がどんなこと考えてるか?ていう、自分の気持ちの確認作業というのもあって。
 それももう1年半以上続いてて、自分のことだいぶ見つめなおしたし、わかったし、その上こんな高校生のときのもんとか出てきて、それでも変わってないことに意味を見つけたんだったらさ。もう、いいやん。新しいステップに進んだら?エミちゃん。
 と、思ったということです」

◆なるほどね。わかったようなわからんような、と言うよりどうでもいいような。じゃ、やめるんですね?
「いいえ」

◆ハ? 
「たぶんしばらくはやめません」

◆なんで?
「だってこの問答、全部自分で書いてるんだよ〜。自分、日記書くの、すごい好きなんやん! こりゃーまだまだ書くんじゃない? 懲りもせず」

◆あっそう・・・。何か、不毛なインタビューだったね。ま、もういいや。
「おつかれさまでした」

◆ほんっと、おつかれさまでした。
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2002年08月10日(土)  タブーに踏み込め!

 まず、昨日書いた、西日本新聞の記事「ナガサキの断層」についてなんですが、私がヘタな要約なんてするまでもなく、全文、西日本新聞のサイトに掲載してあったのでした。
 もうこれまでに何度となく貴重な情報をくださっているQさまが、今回もまた教えてくれました。ここにもリンク貼っときますね。コチラです、「ナガサキの断層」への入り口。上・中・下、ぜーんぶ読めます。
 
 この連載が私にとって衝撃的だったのは、やっぱりある種のタブーに踏み込んでるからなんだよね。たとえば政権のこととか、産業界の不正事件とか、「公然と権力のあること」に対しての批判をするのはマスコミのお得意な分野。
“罪のない”“善良で力弱い”一般市民が原爆という人類未曾有の被害にあった。それが言葉に出来ない悲劇であるからこそ、悲劇以外の言論に踏み込むのはある種のタブーになる。カタカナで“ナガサキ”と書けば、それは世界をも黙らせる、ある種の歪んだ権力さえ持っている。
 けれど同じ被害に合ったもの同士が、信仰の違いや人為的に定めた身分の枠の中で差別しあう。広島では原爆ドームが今もあの日の怒りを伝えているのに、長崎は廃墟の浦上天主堂を壊してしまった。平和記念像にも世俗の思惑が絡み合う。
 そういう、本当はしっかりと受け止めなければならないことであるにも関わらず、“弱い被害者”を鞭打つ行為と澄ました人々が眉を顰めかねないことがらに、マスコミにはもっと踏み込んでほしい。人間は弱い。弱く醜い心を誰でも持っている。被害者がある場面では加害者なのだ。社会にも歴史にも光と闇の側面は必ずある。その、暗いほう、醜い部分に蓋をしたままで、どうやってそれを克服していけるだろう。
 私が好きな言葉に“羞恥心”があるって書いたことがあるけど、そのほかに“批判精神”という言葉もある。誤解しないでね、やたらと粗探しをして揚げ足をとることが好きなわけじゃない、本当に美しいもの、つよいものや正しいことを追求していくためには、必ず現状の問題点を探さなければならないでしょう? 
 温かい心、優しい言葉や善意を重んじるのも必要だ、でもそれだけじゃ。
 素直な気持ちで大きく目を開いて世界を見る。胸の隅には絶えず批判精神を宿らせて。

 こんな私なので、筒井康隆の『家族八景』という小説を去年読んだときは厳粛な気持ちになった。筒井さんのこと特別よく知ってるわけじゃないし、著作も4−5冊読んだだけなので偏愛してるわけじゃないけど、『家族八景』に始まる七瀬シリーズのパワーには慄然とさせられましたよ。
 まだの方は、是非。・・・と、「読み日記」らしく(この"moonshine"は、そういうジャンルで登録してるんですね)たまには本も紹介してみる。

 本といえば昨日、本棚の整理をまた行う。
 はっきり数えたわけではないが、この3月からこれまで、350冊ほどBOOK OFFへ里子に出した。昨日ざっと数えると蔵書は(雑誌、専門書等は含めず)750冊ほどになっていた。
 こざっぱりした本棚を眺めて、だいぶ減ったなァと、晴れやかながらもやはり寂しい気持ちにもなる。もっとも、我が家で読書を愛するのは私ひとり、家の本の9割9分は私のもので、母親などには「いったいどこが減ったとね」と言われる。
 ああ、でも、今のところこれが限界。もう残りは手放せない。きびし〜気持ちで思い出のあの本、この本も売りに出してきたけど、これ以上は無理。もっと減らしたいのに・・・。ぐすん。
 まあ、半年か1年ごと、定期的に蔵書を見直す作業は今後も続けたいと思う。そのココロについては、また今度。

 お盆休みではあるけれど、普通に飲みに行ったり買い物したりビデオを見たりという予定のこの夏。家に居れば、やっぱり本に手が伸びる。
 しかも大物。長編シリーズですね。去年の夏は、やっぱり『竜馬がゆく』文春文庫の全8巻を読み返していた。
 きのう、氷室冴子の『銀の海 金の大地』シリーズを手にとってしまった。・・・が最後、怒涛のように読み進んで今、6巻まで読み終わったところ。いくらジュニア小説だからっていって、これは我ながらハマりすぎ。
 でも、この小説ねー、すごいのよ。古事記くらいのヤマトの国、つまりニッポンが舞台でね。14歳の少女が主人公なんだけど、地方ごとの神々に対する信仰、領土争いの権謀術数、はたまた幾多の恋人たち。ありとあらゆるものを描きつくす壮大さは、とても子供だましなんかじゃァありません。
 文章も、集英社コバルト文庫にしては小難しいけれど、豊かな情景描写や細かい背景のディテールが生み出す格調高さ、迸るような登場人物たちの台詞やモノローグ、すごい迫力です。
 氷室さんといえば、私たちの世代では「なんて素敵にジャパネスク」がマンガ化されたこともあって有名だけれど、この「銀の海 金の大地」は「ジャパネスク」後に氷室さんが全身全霊を込めて書いた11冊の、まぎれもなく「ジャパネスク」以上の傑作。
 作家で、小野不由美さんているでしょう、新潮文庫の人気投票でもかなり上位にきてる人。彼女の「十二国記」というシリーズが、当初は少女向けの講談社X文庫だっけ? そこから出てたけど、あまりの壮大さと大人が読んでも充分大満足の本格的さのために、今は一般の講談社文庫での出版もやってるという・・・。いや、小野さんのは読んだことないんだけどね、この氷室さんのシリーズも、一般の集英社文庫で通用するよ〜。出せよ、集英社!
 でも、氷室さんて、断筆したのかなあ。本を出さなくなって久しいんだよね。「ジャパネスク」が、去年くらいに装丁を変えてコバルト文庫から出してたので、出版社とモメてるとも考えにくいんだけど・・・。情報あったら教えてください。
 大人が読んでもじんとくるような、すばらしい児童文学家がいるように、氷室さんは、すばらしい少女小説家やもん。マジで。

 長いな。今日の日記・・・。「エンピツ」の文字制限、オーバーしないといいけど。(いま、確認。一日に、原稿用紙20枚分までだって。なーんだ、まだまだ余裕やん! でも、もうここまで読んでる人かどれだけいることか・・・)

 えっと、本屋さんといえば音楽雑誌のコーナーもチョコチョコ覗いてんだけど、けっこう対談を巻頭記事にしてるのって多いよね。どっちのファンも喜ぶし、やっぱりオイシイ企画よね。
 いま店頭に並んでる「BREaTH」は、河村隆一と北川悠仁(ゆず)。
 これはまァ、おいとくとしても、「bridge」は奥田民生と草野正宗。
 こちらは思わず立ち読み。民生が、
「自分をスポーツ選手にたとえると?」とかいう質問に、「中山ゴン」と答えていたのがおかしかった。
『ゴンってやっぱりどこか特別視されてて、今回のワールドカップで、ゴンが出るまでは観客は「ゴンを出せ! 出せー」て騒ぐけど、いざ出ると、そこまで活躍すると期待してるわけじゃないんだよね、みんな』
 というように答えてた。うますぎる・・・。

 はあ、もういい加減、やめろってね。今日は福岡はひどい風雨で、私は女の子らしく体調が悪かったので、外出はとりやめてずっと家に居たんです。書きたいことはいくらでもあるが、この辺で。また明日〜!
 と、最初とは打ってかわって、軽い調子で終わる今日の日記でした。バイチャ。
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2002年08月09日(金)  ナガサキの断層

 日本人なら忘れてはならない日というのがある。
 その一つが原爆記念日だ。
 
 一昨日から3日間、西日本新聞で
「ナガサキの断層」
 という記事が掲載された。コラムというのか、ちょっと違うな・・・。
 新聞社の方が書いたようだが、これは、私の新聞史(?)でナンバー1に輝いたといってもいいほどの、衝撃の連載だった。

「長崎の平和運動が、広島ほどに団結し高揚しないのはなぜか?」
 ということについての連載だ。
 以下、エミによる記事の要約。 

 原爆投下中心地の浦上地区(浦上天主堂で有名)には、12,000人のカトリック信徒と1,300人の被差別部落民が住んでいた。
 江戸時代の禁教令以来、部落民はキリシタン監視の役割を担わされ、歴史的に両者は共に差別されるがわにありながら、互いを憎しみあってきた。そうした状況を原爆はさらに悲劇的にした。
 
 浦上地区と長崎市街地とは山で隔てられているため、市街地では被害は比較的軽かった。市街地ではなく浦上に落ちたのは天候の条件のためだが、一部の市民は
「市街に落ちなかったのはお諏訪さん(市街地の諏訪神社)が守ってくれたため」
「浦上に落ちたのは、お諏訪さんにお参りしなかった“耶蘇”への天罰」
 と言って憚らなかった。長いキリシタン迫害の歴史の中で醸成された、一般市民の異教徒への差別観。平時の心優しい善人が、極限状況に遭遇すると悪魔のような差別性を剥き出しにする。

 平和記念像は、犠牲者への冥福は当然としてもそれだけで建立されたのではない。観光長崎の新名所を作りたい市当局と、像制作で永遠に自身の名を残したい彫刻家の自意識。
「なぜ長崎の人はもっと怒らないのか。原爆まで妙な観光にしてしまって」と、『差別と原爆』について書き続けた作家は嘆く。  

 
 ああ、できることなら、全文を掲載したいくらいです。
 原爆という人類の最も悲惨な出来事、それがもたらす様々な形での新たな悲劇。人間が免れ得ない差別意識を明確にしたこの記事。胸に迫った。
 歴史にも人の心にも、必ず闇は存在する。それを克服しようとするために、教育とか言論が必要なのだ。
 そして長崎の原爆は二発目だ。
 いかに戦争終結のために原爆投下が必要だったとアメリカが主張したって、広島のわずか3日後に、違う種類の(ウラン型とプルトニウム型でしたっけ・・・。曖昧な知識で申し訳ない)原爆を落としたことに、戦争終結のためという言い訳が通用するだろうか。
 私たちはもっと知らなければならないと思う。
 小中学校では戦争の悲惨さを平和学習という形で習うけれど、たとえば高校生や大学生、そして社会人と大人になっていく過程で、戦前戦後の歴史的背景や、こういった人間の心の病理といったものを、日本人全員がもっと深く学んでいくような教育の在り方を、考えなければならないと思う。
 もう私たちの世代では、親だって戦争体験がないんだから。親から子、祖父母から孫へと口移しで伝えていくことに限界が近づいているんだから。
 
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