| moonshine エミ |
| 2002年04月29日(月) みどりの日って? | ||||
| 連休なんて、もちろん大好き。 のんびり起きて、YAHOOメッセンジャーをインストール。 ボイス機能を使ってしんちゃんと交信してみる。 お互い同時には喋れない。声も聞き取りにくい。使い勝手はよくないけれど、まあ、タダだから、これから使う機会もあるだろう。 本屋に行って、吉本ばななの新刊を買うかどうか散々悩む。 実際、1時間は本屋でウダウダしながら考えていた。 結局買わずに帰る・・・途中で、待ち構えていた母親と遭遇、スイーツを食べに行く・・・・はずが、私はパスタを食べてしまった。 北村薫「夜の蝉」を読み返しながら、そのまま昼寝。 なんというか、初夏の香りがしたね、そのとき。 ぬるめの風が入る午後の部屋、休みの日にふさわしい清々しい小説、ベッド・・・ 夜は、「HEY!HEY!HEY!」と「空から降る一億の星」を見ながら通信教育のレポートの締め切りが迫っているのでいやいやながらやって(でも半分で挫折)、その後はHP関係の作業などしておりました。 で、今日は眠くないので、これからもうちょっと起きて何かしようと思ってて、でも明日は休みじゃないんだよね〜ちぇ〜 みどりの日って、昭和天皇の誕生日だよね。 もう今ではそんなこと、ニュースでも新聞でも一言も言わないね。 |
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| 2002年04月28日(日) いつか神様が | ||||
| 珍しく午前中からしんちゃんと待ち合わせ。 タウン誌なんかでよく宣伝されてて、前から気になっていた店で昼ごはん。 やたらと塩辛かった。あれでいいのだろうか。 バージンレコードで、新譜をいくつか試聴する。 カサンドラ・ウィルソンとかいうボーかリスト・・・。インディア・アリーとの共演があり、ザ・バンドの私の大好きな曲「ウェイト」をカバーしているとポップに書いてあるので聞いてみる。 ・・・ニーナ・シモンばりに、豊かな低音で歌う女性だった。びっくりした。 シェリル・クロウは、聞いてみると、「あ、買わなくてもいいな」と思ってしまった。 歩き疲れると市役所前広場で休憩するのが私たちのパターンである。 喫茶店でお茶するのも好きだが、市役所前広場というところは、天神にありながら視界が広くて、小さな子供が結構いるのでとてもよろしい。お金もかからないし、のんびりできます。 今日はそこらに、右のほうの街宣車が出ている。 「ああいう人たちこそ、真剣ならヒップホップでもやるべきだよね」と、しんちゃんと意見の一致をみる。 そのあとまた別のCD屋へ。 ここはまだ新しくて、初めて行った。 それがもう、アータ、すごいんですよ、品揃えが。 試聴盤が何百枚という単位であった。それも、新譜だけじゃなくて、 「お店がすすめる’70〜’80ロック10枚」 とか、そういうコーナーがドサッと! そして椅子まで! 「心ゆくまで聞いてください」とも書いてあるし。 低い天井、雑然としたレイアウトだけど、ここには驚いたね〜 「こんどから、ここで待ち合わせよう」 と、しんちゃん、言う。 私はここで、'71年作品であるところの、「SLY&THE FAMILY STONE」の『暴動』を聞く。なんという先鋭的な作品だろうと思う、いつか買ってやる! しんちゃんは古き時代のサンタナを聞いて「エロかった・・・」と言ってた。カルロス・サンタナのギターは、素晴らしくエロティックです。 いつもの靴屋へ行く。 ここがまた、天神のど真ん中にありながら、販売員さんの80%が私の親くらいのおじさん&おばさんという摩訶不思議な店、みんな、ニコニコと愛想がよかったり声のトーンが高かったり、客に媚を売るような感じが全く無いのに、おそろしくすすめ上手。そして、ほかの百貨店と同じブランドの旬の靴も、意味もわからず安い。何より私がここが好きなのは、22センチコーナーの充実ぶり。 家に帰って録画していた天皇賞を見る。 良かった、ユタカ、元気になって・・・ 春の天皇賞らしく、3強で決まって、(馬券を買ってなかったので)すっきりしたレースでした。毎年、「もう馬を追うのはやめよう、もう」と思うんだけど、天皇賞あたりから、「やっぱり馬が好き!」てなっちゃうんだよね〜 自分の気持ちを過不足なく伝えることの難しさよ。 家族だろうと恋人だろうと長年の友達だろうと、決して100%分かり合えることなんてない、そう認識しつつも努力も続けたい。 |
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| 2002年04月27日(土) 没後10年の尾崎 | ||||
| 前日に休みが確定した土曜日なので、おうちにて過ごす。 家の近くでCDやビデオをレンタルして、小説と雑誌を買う。 夕方、持久走。 ジョギング、とかランニング、というより、私の走り方は「持久走」だと思う。あの苦しさを求めて走ってる気がする。 4月25日。尾崎豊の、10回目の祥月命日だった。 私は1978年生まれなので、尾崎とはだいぶ年が離れてるんだけど、小学6年のときから尾崎を聞いた。2年後に彼が死ぬまで、一度もその姿を見たことがなかったし、詳しいプロフィールも知らなかった。 死を知ったとき、かなりショックだった。そのときの私はそういう語彙をもたなかったが、やりきれない、という気持ちがした。 生きるのに不器用な人だったんだろうな、と思う。 うまく言葉が出てこない。 本当はこのことは25日に書こうと思っていたのだが、どうにも書けなかった。今も同じだ。 アーティストとしての尾崎を、格別天才的だったとも、今は思わない。 でも、今でも時々、思い出してはアルバムを聞く。そして、昔はそれほど好きではなかった歌が、心にしみたりする。 鼻歌まじりにつくられた歌だってこの世には溢れているのに、圧倒的に「本気」の感じ、それが痛々しく感じられて、つらいけど好き。今でも。 |
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