結婚式の写真を現像して初めて、我々夫婦2人のツーショットが無い事に気付いた。 どうせ私では碌なショットが撮れないから、写真機は主人に任せっ切りで、私は只管食べていたので(腹が減って仕様が無かったのだ。乾杯の音頭は無駄に長いし!)、誰かに頼んで撮って貰う事すら考え付かなかった。 そして今になって後悔。来年の年賀状に使いたかったのに……。 そうそう、我が家では毎年年賀状は2人の写真入りにしているのだが、そうすると年配の親戚に顔を覚えられて可愛がって貰えると言う利点が発覚した。 子供が生まれた途端に家族写真付き年賀状にするのが嫌だったので、結婚した翌年からそうして子供が出来ないままに続けていたが、このままずっと続けようと思う。
ツーショット写真は無いものの、主人の写真の腕はなかなかだと思う。(比較対象が私なので圧倒的に彼が有利な訳だが) 私が可愛く撮れているわあ〜♪ 中には、大口開け過ぎて二重顎になっている大笑い写真もあるけれど。 気の利く主人は、新郎新婦の写真もちゃんと撮ってくれていた。 しかし気になったのは、どれも新郎にピントが合っていない事。 何せ主人は霊能者、これは良くない前触れでは……! 不安に思って主人に見解を訊いてみたところ、 「多分、新郎が目にも留まらぬ速さでプルプルしてたんだよ!」 と、いつものお巫山け回答。 違う! そうじゃなくて、真面目に訊いているの!と再度問い質したら、 「ただ単に、新郎が新婦より一歩下がっているだけだと思うよ」 えー、何か遠慮しちゃっているの? 大丈夫かなあ、うまくやって行ってくれるといいんだけれどなあ。
| 2012年10月06日(土) |
飼い馴らされた日本人 |
日本人は礼儀正しく、震災時の大混乱でも暴動など起こさずに列を作って順番に並ぶ。 というのが日本の良いところで、311の後でも世界で賞賛されたらしい。 ひねた見方をすればそれは飼い馴らされていると言うことで、政治に文句があっても暴動を起こさない、精々デモ行進するだけ、しかも報道されるかどうかはマスコミの胸三寸。 おかしいと思っても胸の中に仕舞っていて、口に出したとしても行動には移さない。 誰かがやってくれると思っている。 主体性が無い、そんな人が多いと思う。 政治的な話でなく、日常生活の中でもそう感じる。 誰かが列に割り込んでもヒソヒソするだけ、黙って耐えるのが美徳だと思われている節がある。 しなくてもいい我慢ってのはあると思うんだけれど。 勝手にこんな事やっちゃ駄目かなーと、遠慮するんだろうな。
暫く前の話。 暴風雨の翌日の新幹線ホームは、全ての窓が締め切られていた。 当然、風が入らないので蒸し暑い。 窓開けちゃいけないの?と一瞬思った。 でもそんな注意書きは無いし、嵌め殺しでもない。 開けていいんだよね?とほんの少しだけびくびくしながら、幾つか窓を開けた。当然自分の近くだけ。 気持ちのいい風が流れ込んで、汗が引いた。 周囲の人もホッとしたような顔をしているけれど、何で開けなかったの? ヘンなのーと思った。
日本人て、横並びが好きなんだよな。 皆一緒がいい。他人と違うのは良くない。そんな感じ。 馬鹿みたいだ。 子供の頃は、家庭でも学校でもそんな価値観の中で育てられたから、窮屈で仕方なかった。 今は幸せ。
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