| 2012年01月20日(金) |
自民党はこの女を何とかしろ! |
フジテレビの野田聖子親子番組を見た。最初のちょこっとだけ。 というのも、主人が「子供が可哀相で見てらんない」と、途中で音を上げたからである。
この企画、野田聖子が自分でテレビ局にねじ込んだらしい。どんだけ自分大好きなんだ、この人。 しかしそれを受け入れるフジテレビもどうかと思った。 何なのこの作りは。 映像無しの音声だけ聞いていると、野田聖子が愛に溢れた悲劇の母親であるという錯覚に陥ってしまう。 これじゃあ洗脳される人もいるんじゃ……と思ったら、やっぱりいた。 後でツイッターを覗いてみたら、大半は野田聖子を批判するコメントだったが、ちらほらと野田聖子への応援&感動メッセージも散見された。 こんな風に簡単に情に流される馬鹿がいるんだ、そりゃマスメディアを使って扇動するのは容易いよなあ。
最初から最後まで見た訳では無いので、番組については偉そうな事は言えないが、結局野田聖子は何をしたかったのだろう。 以前彼女は、産みたい人が産めるように国が補助すべき!と主張していたようだが、ここまで無理を通して税金で賄えとか、我が儘にも程があるだろ。 うちも子供が出来なかったクチだが、そんなものに皆様の血税を注ぎ込むのはヤメテと思ってしまう。 少子化対策をしたいなら、他のところに力を注ぐべきかと。 つかアンタ、何年か前に頑張って妊娠したものの、仕事にかまけて流産してなかったっけ? 命を何だと思ってるんだよ。 私が受け取った彼女のメッセージは、「頑張っている私を見て!」だった。そうとしか思えなかった。 この人、若い時から周囲にちやほやされて、間違った方向のまま大人になってしまったのかしら。 何かもう、色々と間違っているとしか思えないし、誰も彼女に物申してくれなかったのか、とても不思議だ。 周囲に彼女に意見出来る人がいないのか、或いは彼女の事などどうでもいいと思われているだけなのか。 どちらにしろ、不幸な事である。彼女にとっても家族にとっても。 いつまで生きられるか判らないけれど、折角生まれて来たからには、辛さより少しでも多く幸せをこの子供が感じられる事を願う。
朝鮮半島の国はかなり我々と感覚が違うという話の一例として、諺で「水に落ちた犬は棒で叩け」というのがあると聞いた事があるが、元は中国の「水に落ちた犬を打て」らしい。 そして中国では元々「水に落ちた犬を打つな」という、普通に卑怯な行為を戒める言葉だったのだという。 それが、魯迅によって「打て」に変えられ、中国共産党の粛清スローガンになったのだと、のりたまみ著「へんなことわざ」には書いてあった。 車に轢かれて瀕死の幼女を大勢が見て見ぬ振りをしたというあの事件も、魯迅の時代から続く、中国共産党が生んだ歪みなのだろうと思った。
さて、弱っているものを叩いてはいけないというのは非常に道徳的な教えだが、手を差し伸べたいと思うかどうかは、弱っている者の態度によるところが大きいのではないか。 津波の被災者達が、別の自治体に集団疎開して来た。 受け入れ先は厚意で仮設住宅傍の公民館のトイレを開放したが、まあ使い方が酷いの何のって。 散々汚しておいて、自分達では決して掃除をしない。 そしてありとあらゆる事に文句ばかり言うのだそうだ。 いやいやそれぐらい自分達で何とかしなよ、と言おうものなら、俺達は被災者なのに!酷い!と逆切れして、手が付けられない。 そんな感じで、受け入れ先は非常に困っているのだそうだ。 聞いているこっちも、なんだかなあ、という気分になる話である。 津波の被災者は気の毒だし、事実弱っているが、それが他人に迷惑をかけていいという免罪符にはならない。当然だ。 こんな事を大っぴらにしたら、中にはそうじゃない人もいるんだから、その人達に迷惑がかかるからそんな事言うもんじゃない、と窘める人もいるだろう。 でも、こういう話もあるという事は、是非知っておいて欲しい。 被災者なら無条件で同情されて我が儘も許されるなんて、決して思ってはいけないのだ。 次は自分が被災者になるかも知れない。 でも、こういう被災者にだけはなりたくない。
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