白馬鹿日記

2007年02月24日(土) ボート免許・学科講習編

というワケでボートがあるのに免許がない馬鹿。>俺。
予定では去年の今ごろには行き始めていたハズのボート免許取得計画、延びに延びてやっと始動。日本では最大手と言って良いY社の免許教室に申し込み、今日はその初日。初日ってまあ、学科と実技を1日ずつだから初日と最終日しかないんだけどね。2級は。
新杉田からモノレールに乗って鳥浜下車。徒歩約5分。9時開始だが8時35分に到着。しかし現場には9時半オープンの文字が。おいおい。仕方がないのでボーっとしながらタバコを吸う。後からそれらしい人たちが到着し始める。うち数人が建物裏手に消えたきり戻ってこない。そちらに別途入り口があるものと見当をつけて侵入、30ftオーバーの高級クルーザーをかき分けて進むと講習会場はこちらの文字が。ううん、わかりずらいぞ。

土曜日というのに参加者は15名うち1名欠席。これが多いのか少ないのかよくわからんけど、水上バイクが別免許になった事を考えるとこんなモンなのかもね。シーズンオフにしては多いのかもしれないし。
戦争直後から大型船で世界の海を渡り歩いていた、という大ベテランの先生が講義を担当。これで大丈夫かい、というくらいノンビリしたペースで授業が進む。実際、最後はちょっと駆け足気味だったのだがこれはむしろ全ての学科を1日で終わらせようというスケジュールの問題であり、先生の話は面白くもタメになった。もっとも、実際にタメになったと感じるのは自分で操船し始めてからなんだろうけどね。バイクの教習所の授業と一緒で。というワケで授業内容は重点部分及び試験によく出る箇所のチェックとなる。これが身についたかどうかはあとで自分で問題集を解いてみるしかない。実際、灯火や標識類などの暗記物を除けば全て常識問題であり、「117で天気予報を確認する」などという引っかけ問題にヤラレなければ特に難しいモノではなさそうな気がする。ンな事言って落ちたら馬鹿丸出しだが。(笑

というワケで講義自体はあっさりと終了。ちなみに終了時刻は夕方5時。久々の座学で疲れたわい。次は来週末の実技講習。トシと運動神経の関係上、こっちのほうが心配なんだよね・・・



2007年02月15日(木) 確定申告

というワケで今年もまた面倒なシーズンが来ましたね。
とは言っても私の場合、ざっと計算してあとは会計士の先生にオマカセなんだけど、それでもやはり面倒臭い。自分でやってる人は尊敬してしまう。って、ンな事言ってるヤツが会計ソフトとか作ってたんだからなあ。もう、笑うしかないわな。
ちなみに去年は一昨年より少し収入増。で、支出も増。但しこれは引越しのせいで全て認めてもらえればの話。でも横浜は東京より保険とか高いらしいからねえ。やはり今年もキビシイ生活になりそうな予感。ハァ。働けどはたらけど我が暮らし楽にならず・・・

ちなみにあの、六カ国協議の甘やかしっぷりは何なんでしょうかね。ああいうのがアリなら日本もアブナイ事言ってゴネてやりゃいいのよ。面子より金。金金金。ってそんな気分にもなるよなあ。こう貧しいと。ああ情けない。



2007年02月06日(火) 母港回航

というワケでやっとボートが本来の居場所に落ち着いた。
・・・ってそれだけだねえ。あんまり書く事も無いなあ。ま、初めて横浜港から外に出たワケで、そういう意味では新鮮だったけど。思っていたより波にも強そうな感じだったし、ハイシーズンが今から楽しみ。
とはいえ操船免許がまだなのよね。(笑)来月あたりかね。



2007年02月03日(土) 線維筋痛症

というワケで大杉君枝さんというアナウンサーの方が自殺してしまったそうである。まずは黙祷。
実を言うと全然知らん人である。じゃあ何でこんな事を書き出したかというと、私の大変親しい女性が同じ病を患っていたりするからだったりする。何だか文章がクドいな。彼女はオーストラリア人で、11年前にひどい交通事故にあってから発症したという。原因が分からずって今もわからないのだがとりあえず痛みを抑えるために11年間ずっと経口モルヒネに依存してきたらしい。もちろん合法的にね。使用法さえ間違えなければ比較的安全な薬ではあるのだが、とは言ってもやはりマヤクであり通常は癌、しかもある程度進行した状態で使用する薬であって例えば日本への長期滞在中など簡単に入手できない状況になって突然切れてしまった場合などにはやはり悲惨な状態になってしまう。つまりは情動失禁であり情緒不安定でありそれに加えて全身を疼痛が襲うらしい。らしいというのも無責任な話だが知ったかぶりをするワケにもイカンしね。大杉さんという方もこの原因不明で治療のメドが立たない激痛に負けてしまったのかもしれない。
で、そのオーストラリア人の女性はというと、去年までは泣きながらモルヒネを入手していたのだが今年になってから出合ったドクターの治療が効き始めて徐々にながら回復しつつある。症状が完全に消えたワケではないのだが週1〜2回の注射と経口坑うつ剤のみでほぼ通常の生活が送れるようになり、もちろんモルヒネとは完全に手を切っている。長時間の散歩や私でも音を上げるような長い階段の昇り降りが(もちろん休みながらだけど)できるようにまでなっている。彼女曰くこの11年は地獄だったとあらためて気付いた、のだそうだ。
これの何が特別なのかと言うと、あちこちのHPなどをみると発症から3年以内に治療を開始すれば、となっているページが多いがそうでないケースもあるという事だ。ただ、逆に言えば治療法が確立されているワケではないので例えば運良く発症直後から治療を受け始められたとしてもすぐ治る保証があるワケではないとも言える。3年という数字だけ見て不治ではないと書いていたページがあったのでその辺は勘違いしなほうが良いのではないかと思うが、患者自身はやはり不治ではないと信じる事が大事なのではなかろうかと。例外は良いほうにもあるという実例もあるのだ。そう考えると大杉さんの自殺は実に気の毒であり言葉もない。あらためて黙祷。



2007年01月28日(日) 訃報

というワケでもう2月の6日である。
何だか後から自分で読んでも意味のわからんような文章だが本当だから仕方がない。亡くなったのは私の友人、というにはあまりに疎遠だけど以前は一緒に事業などもやった知人でいったい友人と知人のどっちなんだろうね。ま、どちらでもいいんだけどトシの近い知人が(やはりこっちか)突然死するというのは実にショックである。ひとつは何でそんなに若いのにという事でありもうひとつは若くても死ぬ時は死ぬというならじゃあ俺もヤバイのかという事であって特に後者は心臓だの知性だの性格だのに問題のある俺としては他山のさざれ石と割り切ってコケのムすまで眺めているにはあまりにも身近すぎるテーマだったりする。他人事と思えんのだ。というワケで実にヘビーであり鬱でありブルーでありハァやれやれなどとタメ息をついているうちにもう10日も経って2月6日になってしまったのであった。ううん、何とか頭の中を整理しようと思って書き始めたんだけどダメだなあ。ますますワケがわからんくなる。要するに本人が思っているほど若くはねえという事なんだろうけどなあ。頭ではわかっても心は拒否するんだよなあ。ハァ。やれやれ。などと言っているうちにまた月日は過ぎて行く・・・


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