というワケでやっとボートが本来の居場所に落ち着いた。 ・・・ってそれだけだねえ。あんまり書く事も無いなあ。ま、初めて横浜港から外に出たワケで、そういう意味では新鮮だったけど。思っていたより波にも強そうな感じだったし、ハイシーズンが今から楽しみ。 とはいえ操船免許がまだなのよね。(笑)来月あたりかね。
というワケで大杉君枝さんというアナウンサーの方が自殺してしまったそうである。まずは黙祷。 実を言うと全然知らん人である。じゃあ何でこんな事を書き出したかというと、私の大変親しい女性が同じ病を患っていたりするからだったりする。何だか文章がクドいな。彼女はオーストラリア人で、11年前にひどい交通事故にあってから発症したという。原因が分からずって今もわからないのだがとりあえず痛みを抑えるために11年間ずっと経口モルヒネに依存してきたらしい。もちろん合法的にね。使用法さえ間違えなければ比較的安全な薬ではあるのだが、とは言ってもやはりマヤクであり通常は癌、しかもある程度進行した状態で使用する薬であって例えば日本への長期滞在中など簡単に入手できない状況になって突然切れてしまった場合などにはやはり悲惨な状態になってしまう。つまりは情動失禁であり情緒不安定でありそれに加えて全身を疼痛が襲うらしい。らしいというのも無責任な話だが知ったかぶりをするワケにもイカンしね。大杉さんという方もこの原因不明で治療のメドが立たない激痛に負けてしまったのかもしれない。 で、そのオーストラリア人の女性はというと、去年までは泣きながらモルヒネを入手していたのだが今年になってから出合ったドクターの治療が効き始めて徐々にながら回復しつつある。症状が完全に消えたワケではないのだが週1〜2回の注射と経口坑うつ剤のみでほぼ通常の生活が送れるようになり、もちろんモルヒネとは完全に手を切っている。長時間の散歩や私でも音を上げるような長い階段の昇り降りが(もちろん休みながらだけど)できるようにまでなっている。彼女曰くこの11年は地獄だったとあらためて気付いた、のだそうだ。 これの何が特別なのかと言うと、あちこちのHPなどをみると発症から3年以内に治療を開始すれば、となっているページが多いがそうでないケースもあるという事だ。ただ、逆に言えば治療法が確立されているワケではないので例えば運良く発症直後から治療を受け始められたとしてもすぐ治る保証があるワケではないとも言える。3年という数字だけ見て不治ではないと書いていたページがあったのでその辺は勘違いしなほうが良いのではないかと思うが、患者自身はやはり不治ではないと信じる事が大事なのではなかろうかと。例外は良いほうにもあるという実例もあるのだ。そう考えると大杉さんの自殺は実に気の毒であり言葉もない。あらためて黙祷。
というワケでもう2月の6日である。 何だか後から自分で読んでも意味のわからんような文章だが本当だから仕方がない。亡くなったのは私の友人、というにはあまりに疎遠だけど以前は一緒に事業などもやった知人でいったい友人と知人のどっちなんだろうね。ま、どちらでもいいんだけどトシの近い知人が(やはりこっちか)突然死するというのは実にショックである。ひとつは何でそんなに若いのにという事でありもうひとつは若くても死ぬ時は死ぬというならじゃあ俺もヤバイのかという事であって特に後者は心臓だの知性だの性格だのに問題のある俺としては他山のさざれ石と割り切ってコケのムすまで眺めているにはあまりにも身近すぎるテーマだったりする。他人事と思えんのだ。というワケで実にヘビーであり鬱でありブルーでありハァやれやれなどとタメ息をついているうちにもう10日も経って2月6日になってしまったのであった。ううん、何とか頭の中を整理しようと思って書き始めたんだけどダメだなあ。ますますワケがわからんくなる。要するに本人が思っているほど若くはねえという事なんだろうけどなあ。頭ではわかっても心は拒否するんだよなあ。ハァ。やれやれ。などと言っているうちにまた月日は過ぎて行く・・・
これはもう、出張と言って良い距離と時間。遠すぎる。 というワケで朝6時に目覚ましで起きる。すかさずスヌーズしてさらに5分寝る。さらに5分と言いたいところを我慢して起きる。くそ。外がまだ暗い。 全ての道は東京に通ず、というコトワザがあるくらいで首都圏の交通手段は道路鉄道とも東京から放射状に伸びている。東京の西から見ると東西への交通路は非常に充実しているが、南北への移動は実に不便である。例えば鎌倉なんぞに住んでるヤツが秩父へ行こうとすると、いったん池袋まで上京しさらに特急などに乗って北へ向かうハメになる。さっさと道を作りやがれ。さもなきゃ九州あたりの使ってねえ高速道路をそのまま剥がして持って来い。グズグズしやがると火ぃつけるぞ。オラッ。 早朝から怒りつつ駅に向かう。大船始発の湘南新宿ライン。座ったとたんに眠り込み目が覚めたら新宿。滞りなく池袋で降りコーヒーを求めてロッテリアに入り込む。実はここで40分近い乗り継ぎ待ちがあり、これはグアム経由チュークの6時間に次ぐ待ち時間である(当社比)。いや、30分後にもう一本あるんだけどね、湘南何とかが。でも朝の8時半に9分で乗り継ぎができるかどうか不安だったのよ。イナカモノの悲しいサガである。 朝から特急レッドアロー。ハイカーらしいオッサン集団で混んでいて、車内にビールの臭いが充満している。かと思うと妙に通りのいいダミ声でしゃべるビジネスマンなどもおり、こヤツは明らかに車内放送より声がでかい。朝から迷惑な連中ばかりだ。眠る事も出来ん。ウンザリだが降りるわけにもイカンしなあ。ビール臭はますます濃くなり、例のダミ声はいつ息を吸っておるのかわからんペースでしゃべり続けている。とうとう電話まで掛け始め、いやあそれは無理ですよ状況を考えて頂かないとなどと言っておる。手前の状況も考えやがれ馬鹿。イライラと眠さで頭が変になり、もしかしたら1発くらい殴っても大丈夫なのではないかという気がしてきた。よし。瓜実顔で出っ歯だったら殴るぞ。チラッと見たが残念ながら狸顔でいかにも厚かましさだけで社会渡ってますというオッサンだった。くそ。残念。 3時間以上かかってやっと到着。さらにタクシーで15分移動し、実作業は1時間弱。ま、そんなモンだよね。別の作業を手伝うフリなどしつつ夕方まで居座り、また3時間かけて帰る。雪もなかったしバイクで来るべきだったのかも。でも日陰とか凍ってたからなあ。冬は行くトコじゃないよなあ。やっぱり。
というワケで上京。新橋へ。 駅から出て最初に思ったのが「わあ懐かしい」。別に駅前でいきなり懐かしいヤツに会ったとかいうワケではなく東京の街並みと広い道路が無性に懐かしかっただけ。最早、筋金入りのイナカモノ。当然、お店までは地図を見ながら移動し、それでも迷子になって10分以上歩き回る。何でこんなにわかりにくい場所を予約しやがった。くそ。イナカモノを馬鹿にすると肥桶かついでアバレるぞ。 遅刻常習の1名を除いたメンバーと店の前で合流。どうやら迷子はワシだけではなかったらしい。考えてみればこ奴らも千葉1東京都下2遅刻男は神奈川と皆イナカモノ。わはははは。迷えまよえ。
お店はどうやら鋤焼経由お肉方面がメインらしい。コースで予約したと聞いてちょっと心配していたのだが意外とちゃんとした料理。ちなみに鋤焼は甘めの割下入りでいかにも東京風。くそ。イナカモノだと思ってこれ見よがしに。いやいやいや。そういう事ではないのだろう。もうすっかり被害妄想。近況やら旅行やらボートやら釣りやらいわゆる世間話に花を咲かせつつ飲んだくれる様を眺める。なにしろこっちはアルコール抜きだ。飲めば飲めるが最後は必ず制御不能のゲロ男と化すので自粛。お店のほうも休日のせいか21時半閉店という早めの設定で飲み過ぎるヤツも出ずに終了。ま、トシのせいもあるんだろうねえ。大人しくなったモンだ。ちなみに会計はひとり4千円台。質と量を考えると安いと言って良い値段。幹事からオミヤゲを貰いつつそのままカラオケになだれ込む。酔っ払い4人に囲まれて歌なぞ歌えるワケがない。誰がどういう酔い方をしているかなどを眺めて楽しむ。1時間で切り上げ、それでもすでに千葉方向は終電間近らしい。やれやれ。こんなに遠くちゃそうそうは集まれんよな。
帰宅後、オミヤゲを見て激怒。40過ぎのヒトリモノに「クリームいろのチーズうさぎ」とは何事じゃ。おまけに「CHEESE 東京 USAGI」などと書いてありやがる。何でこの、元江戸っ子のワシが東京ミヤゲを持って帰らにゃイカンのだ。くそ。イナカモノを馬鹿にすると肥桶かついで。
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