鼻くそ駄文日記
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2001年08月16日(木) 真夏の夜(自作詩)

真夏の空に二尺玉
君の横顔
白く照らす

ぼくは君を
愛していた
それは
永遠のものだと
信じていた

誰かが言ってたよ
永遠なんて
嘘だと
この宇宙だって
永遠じゃないらしい
いつかはなくなるそうだ

あんなに
君はぼくのことを
好きだったのに
あんなに
愛してくれたのに
君はぼくを
好きじゃなくなった
「どうして」と思うぼくの気持ちは
君に愛されることに
慣れていたんだろう

ぼくは
もっと早く
気づくべきだった
君に愛されることが
どれだけしあわせなのかを

当たり前だとおもったとき
君の気持ちは
置いていかれた
愛情表現できない
冷たい男
君はぼくをそう思っているだろう

君がほしいよ
暗い夜空が不安なのが
何よりの証拠さ

失敗は成功のもとだけど
信じられなくなった君は
もう信じてはくれない
今夜も夜がやってくる
無事
乗り越えられるだろうか
ふとんをかぶり
目をつむり
付き合っていた頃の何倍も
君をおもう

チャンスがほしいと叫ぶほど
君の気持ちは遠ざかる
だけど
君をほおっておけないんだ
ぼくが君の気持ちを
わかってあげられなかったように
君はわかってくれない


2001年08月15日(水) 君の自由(自作詩)

思い通りにいかないね
毎日が煮詰まりすぎているよ
心の悲鳴が痛いから
君は
トイレのドアに鍵をかけ
生ぬるい涙を流す

君がくれたプリクラは
バニラの香のかおりがする
プラクラでおどけている君は
目に見えない悩みを
背負っていたんだね

悔しさに胸をつまらせ
歯がゆさに絶望し
悲しみに身を任せても
なんにも
かわりはしないよ
腹が減ったと嘆くより
餌を探したほうがいいのと同じさ

「いつだって話を聞く」
たしかに言ったよ
だから聞いているじゃない
ぼくにできることは限られている
君の行動は君のもの
助けを求められても
ぼくには指図ができないよ
それが
君の自由というやつさ


2001年08月14日(火) 血まみれ国道210号(自作詩)

原チャリをキックする
ぶっこわれてなけりゃいいな
割れたキャッツアイ
破れたジーンズ
血まみれ国道210号

額の汗が目に痛い
クソ暑いぜ、熱帯夜
君は飽きたんだろう
こんな遊び
血まみれ国道210号

もう一度やりなおせるなら
フットブレーキもっと踏んで
大切にあのコーナーを曲がるのに

コンビニひとつ見えないよ
道の駅はずっと先
通り過ぎる車
シカトぶっこきやがる
血まみれ国道210号

ポケットにつっこんだ
携帯電話がやけに重いよ
ついさっきのことだから
君はまだ怒ってるだろうな
血まみれ国道210号

もう一度やりなおせるなら
フットブレーキ強く踏んで
大切にあのコーナーを曲がるのに

君の言い分よくわかるよ
ぼくの言い分とそう違わない
意地さえ張らなきゃ
君を許せば
ケンカなんかしないですんだろう

原チャリをキックする
君の家の近くのコーナー
エンジンはかからない
携帯電話はポケットの中

もう一度やりなおせるなら
あんなことでキレたりしないで
いつも通りあのコーナーを曲がるのに


2001年08月13日(月) 天気(自作詩)

テレビは言ってました
今日の最高気温33度、
真夏日だそうです
でも
ぼくの部屋は
冷房の風で
25度なんです

あなたの職場も
きっと
そんな温度でしょう
君の車の中は
もっと
涼しいかも知れないね

いまが夏だなんて
どうして
言い切れるんですか?

空が青いと
みんな言います
だけど
本当にそうなんですか?
ここのところのぼくは
朝靄のかかった
鉛色の空と
夕焼けが染めた
オレンジ色の空
そして
星も見えないヴァイオレットの夜空しか
見ていません
百聞は一見にしかずと言いますよね
だからぼくには
空が青いだなんて
信じられないんです

小学校に入学して
一日中
学校にいると
外の空気を感じられなくて
哀しくて
泣いたことがあります
あれから
ぼくの生活は
まぶしい太陽を浴びる時間より
薄暗い建物にいる時間のほうが
長くなりました

さんさんと照らす太陽
綿のような雲
一雨きそうなくもり空
地球が
もっとも
輝いているときです
そんなときに
影に潜るなんて
地球人らしくないと
思いませんか

外に出ろ
天気を感じるんだ
ほら
人間らしくなれただろう


2001年08月12日(日) すごく(自作詩)

恋の話をしてあげよう
君たちがすごく聞きたがる話だから
ほら
そこの君だって
ききみみたてているだろ?

あれは
何回目の恋だっけ
クラスの中で
すごく気になる女の子が
いたんだ

女の子の好みに
ぼくはすごくうるさいけれど
あの子はなかなかの
ものだった
すぐにでも
いいことがしたかった
けれど
まずは
ドトールコーヒーに
誘ったのさ

あの子と話すだけで
当分は
楽しめそうだったよ
ショートケーキのイチゴは
最後に食べるよね
熱い気持ちと
みなぎる性欲を
抑えて
ぼくは
あの子と
話したんだ

クラスには
あの子以外にも
何十人も人がいる
いい子もいれば
悪い子もね

ある日
ドトールコーヒーで
あの子がクラスの話を
はじめたんだ
クラスの子の悪口を
はじめたんだ
あの子は
ひとりのクラスの子の
外見的なことばかり
ひどいことを
ぼくの前で
すごく言ったんだ

すごくいやだった
ぼくの中で
あの子が
あんな子に
変わってしまったんだ
すごく自分を責めたよ
どうして
あんな子の
気をひこうとしてたんだろうって

クラスの中で
すごく気になった女の子が
いたんだ
女の子の好みに
ぼくはすごくうるさいけれど
あの子はなかなかの
ものだった
ぼくは
あの子と
話したんだ
ぼくは
あの子と
話したんだ


2001年08月11日(土) サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド(THE BEATLES/EMI)

 ビートルズのアルバムの中でもかなり評価の高いアルバムが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』である。
 ポール色が強すぎてぼくはサージェントよりは『リボルバー』のほうが名盤と思うし、マニア層ではホワイトアルバムのほうが評価が高かったりするけれど。まあ、そんなことはどうでもいいか。
 その、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』の一曲目が「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド」という曲である。そのままだが。
 この曲は、意外にマイナーな曲だ。激しいエレキギターのイントロから、ロックンロールを意識した歌い方をするポールの声が、ヘッドホンで聴いていると片方の耳からしか聞こえない変な曲である。
 んで、ぼく自身もこのアルバムに入っているこの曲は好きではない。
 ちなみに『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』を発売した当時のビートルズは、ライブ活動を一切しなかったひきこもりミュージシャンだったから、ビートルズ自身のこの曲のライブ演奏はないので、この曲のビートルズによる演奏はオフィシャルアルバムにしか残っていない。探せばどっかにデモテイクぐらいはあるかもしれないが、ブートレッグ盤でもあまり「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド」は出ていないからぼくは知らない。
 後にこの曲が、ビートルズのメンバーによって演奏されたことはある。1990年のポールマッカートニーのワールドツアーから、ポール・マッカートニーはこの曲を自らのバンドでやっている。しかし、ぼくはそれも好きじゃない。
 じゃあ、おまえは何が好きなんだ? 結局、サージェントが嫌いなんだろ! と怒られそうだが、ぼくはこの曲の好きなバージョンがひとつだけある。
 それは、ジミ・ヘンドリックスのカバーだ。
 ジミヘンは、ライブでたびたびこの曲を演奏している。これがすごくいいのだ。もっとも、当のポール自身もジミヘンのヴァージョンを聴いて「ジミヘンがぼくらの曲をやってくれた」と感動したそうだが。
 ノイズの激しい歪んだギターで演奏されるジミヘンの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド」は、ビートルズのそれよりも野蛮で激しくラフで、そしてブルーズだ。
 世界一のレノン/マッカートニーの楽曲を、ウッドストックでもっとも注目を浴びたロックヒーロー、ジミ・ヘンドリックスが演奏しているのだ。そこには神がかりてきなものまである。
 ビデオ盤のモンターレポップフェスティバル(オーティス・レディングも同時に収録されてると思う)のインタビューの場面と、ワイト島ロックフェスティバルでこのジミヘンの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド」は聴ける。
聴くたびにぼくは、クラシックの伝統のある白人のほうが曲を作る能力はあっても、ロックはやっぱり黒人のものなんだなあと思ってしまいます。たぶん、これは間違ってないでしょ。
 


2001年08月10日(金) 『この人を見よ』(ニーチェ 新潮文庫)

 ニーチェをはじめて読んだのは十八歳の時だった。しかも、読んだのは『ツァラトストラかく語りき』(新潮文庫)ではない。『この人を見よ』(新潮文庫)を読んでしまった。
 本屋で立ち読みをするために手に取り、目次を見た瞬間、ぼくはまいってしまったのだ。
「なぜ私はかくも賢明なのか」
「なぜ私はかくも怜悧なのか」
「なぜ私はかくも良い本を書くのか」
 この三つのタイトルにやられた。ここまで自分を肯定し、自信に満ちあふれている言葉をぼくは知らなかった。
 これは買わなくては、と思い、その場で購入し、家に帰って読んだ。
 はっきり言って読んでみて、それほどおもしろいとは思わなかった。なんだか、年寄りの大学教授の杵柄を延々と聞かされている気分になった。
 当時のぼくにニーチェが楽しめなかったいちばんの理由は、ぼくが「人間とは本来弱い者だ」と、なんの根拠もなく純粋に思いこんでいたからだろう。
 ルサンチマン(内向的復讐感情、つまり社会的弱者が「弱者こそ善人」だと思う幻想)を余計な感情と呼ぶニーチェの思想にはなじめなかった。
 いま、ぼくは二十代である。純粋さを失い、そのぶん怜悧さを少しだけ身につけたぼくは久しぶりに『この人を見よ』を読んでみた。内容に関しては、まあそういう考え方もあるなあという程度にしか受け取れなかった(ぼくは戦後日本の同和教育を受けているから、なかなか弱い人を切り捨てられません)けれど、すごい衝撃を受けた。
 表現が過激なのである。特に後半部分は強烈だ。軽く引用してみよう。

「神とは我々デンカー(思索人)にとっては一つの大づかみな答えであり、何とも不味い料理なのである」
「私は人間ではないのである。私はダイナマイトだ」
「善人の概念に置いてはすべての弱者、病者、出来損い、自分自身に悩んでいる者、すなわち滅んでしかるべきいっさいの者の擁護者として立つことが証明されており――誇りを抱く出来の良い人間、肯定する人間、未来を革新し未来を保証する人間に対する否定的抗議が、一つの理想として祭り上げられている始末である」

 ぼくはタイトルにショックを受けて『この人を見よ』を買ったのだった。思想に関心があったわけではなく、「なぜ私はかくも賢明なのか」のアフォリズムに惹かれたのだ。
 そうやって読むと、『この人を見よ』はなんとも最高である。
 それもそのはず、『この人を見よ』を執筆した直後にニーチェは発狂している。麻薬に汚染されたミュージシャンが作るサイケデリックなサウンドが心を躍らせるのと同じで、本当に狂っている人の文章は平凡なぼくの心を掴んで離さないようだ。


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