潔 ノ 森

2006年08月13日(日)

台湾ホトトギス

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2006年08月12日(土)


ゼフィランサス・カリナータ
後ろはランタナ、サルビア・グァラニチカ、イネなど



2006年08月11日(金)

JISE国際生態学センターの「マレーシア&ブラジル熱帯林再生実験プロジェクト」に参加するため、19〜24日までマレーシア・サラワク州ビンツルに滞在します。
不可能といわれてきた熱帯雨林の再生が、宮脇方式によって10年でほぼ回復するところまで実証されてきています。このタイミングでこのツアーに参加できることを思うと喜びを抑えることができません。焼畑跡地に樹の苗を植え、土地本来の自然の森(生態系)を復活させるお手伝いをしてきます。



2006年08月10日(木)

覚書
いのちの森を生む 宮脇 昭 著 NHK出版 より

第五章 植生学の金字塔――『日本植生誌』

 どこまでを自然というか

 一方、現存植生はどのようになっているか。照葉樹林帯でも、落葉広葉樹林帯のブナ、ミズナラ帯でも、木炭や薪を取るために、数百年あるいはそれ以上の昔から二〇〜二五年に一回の定期的伐採が行われていた。とくに第二次大戦後は木材の不足に伴って、ブナ、ミズナラ林など山地に残っていた自然に近い広葉樹林も、全国的な針葉樹拡大造林計画によってほとんど伐採されて、自然林はせいぜい白神山地や日本海岸側の山地、さらに下北半島などに部分的に残っているにすぎない。針葉樹林帯の自然林は照葉樹林帯や、ブナ、ミズナラ林を主とする落葉広葉樹林帯よりは比較的残されている。しかし下限付近では伐採されてカラマツが植えられているところも少なくない。
 このように見てくると、われわれが自然林だと思っていた日本の緑、森も、現在では土地本来の森からかけ離れた二次林、造林されたスギ、ヒノキ、カラマツなどの人工林の代償植生であり、極端な表現が許されるなら「ニセモノ」である。では、どこまでを「自然」というのか。
 私の日本列島各地、世界三八ヵ国を足で調べた調査結果では、長い人類文明の歴史の過程で、日本、中国、ヨーロッパはもとより、白人が入植してわずか五〇〇年余しか経っていない南北アメリカ、さらに新しい国のオーストラリア、ボルネオ、アマゾンなどの熱帯雨林や北方針葉樹林帯のバイカル湖周辺でも、厳密な意味での原生林(バージン・フォレスト)は全くないといっても過言ではない。
 ただ、厳密な意味での原生林でなくても、その植生、森を構成している樹種群の組み合わせが原生林と同じか極めて近いものは自然林と呼んでいる。林業的には、植えたものでなければ、森林が破壊された後に自然に出てきた二次林なども自然林と表現する場合があるようである。それはあくまで、土地本来の森の終局相の中途段階、先駆植物(パイオニア)群落や遷移の途中相である。いろんな意見があると思うが、自然植生、あるいは自然の森とは、植物社会学的には、その植生、森を構成している種の組み合わせが自然林に限りなく近いものをいう。すなわち、それぞれの立地の現在の潜在自然植生が顕在化した植生や樹林である。
 『日本植生誌』全一〇巻の各植生図を比較してみても分かるように、首都圏を含む関東、あるいは古くは都のあった近畿地方はもとより、北海道から沖縄、さらに小笠原諸島にいたるまで、厳密な意味での自然林はもちろんのこと、種組成が自然に近い樹林も今やきわめて限られている。
 とくに日本文化の原点ともいわれる照葉樹林帯では、われわれの調査した結果、さらに現存植生図と潜在自然植生図を比較しても分かるが、残された鎮守の森、屋敷林、斜面林などを含めても、照葉樹林は本来の森の領域、潜在自然植生域のわずか〇・〇六%しか残っていない。原生林ではないが、それに近い自然林では九州の宮崎県の綾の照葉樹林などしかない。これが冷厳な事実である。



2006年08月09日(水)


クロアゲハ
嵐が去るのを待っているのでしょう。



2006年08月08日(火)

ツリガネニンジン (Adenophora triphylla var. japonica)
実生からの開花

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2006年08月07日(月)

ブドウ‘デラウェア’

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売るほどなったので、ジュースやワ○ンもつくれそうです。

家庭でお酒を造ることを禁止しているのは世界的にみても日本だけだそうで、酒税法は日本独自の食文化の衰退を招いてきた要因の一つではないかとおもわれます。
台所から芽生えるべき食文化を今一度見直していきたいとおもいます。


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