覚書 (NHK知るを楽しむ なんでも好奇心 縄文ミステリーツアー 小山修三 より)
【非日常性の演出と人集め】 祭の特性はその非日常性にある。年齢や地位を越えて、男が女に化けたり、動物に化けてさわぎ、命をかけて危険な曲芸をやる。それを見るために、見物客が晴れ着をつけて集まってくる。音、光、色、匂いまで総動員された世界、日常は力をつくして働く生活を送る人々にとっての異界ともいうべき空間。食べ放題、飲み放題、無礼講。英語で、リクリエイション(再生)というように、日頃の鬱憤をはらし、潜在するパワーをとりだし、生かすしかけなのだ。
覚書 (NHK知るを楽しむ なんでも好奇心 縄文ミステリーツアー 小山修三 より)
【祭〜非日常性にあらわれる力】 直径一メートルの柱が出たという三内丸山遺跡の報道はそれまでの貧しい縄文社会のイメージを吹き飛ばすものだった。柱痕の深い穴を覗き込んだとき、この柱は高く空にそそり立っていたに違いないと思った。野球場の広さの発掘現場を歩くと、大小の穴がいちめんに掘り出されていて、もし縄文が石の文化だったら、エジプトやギリシャ、アンデスのような壮大な遺構が残されていたにちがいないと思った。しかし、森の国の建築材は木だったので、すべてが土に帰してしまったのだ。 長く重い柱は(現在の工事現場のように)すばやく、効果的に運ばれたのだろうか、いやそうではないだろう。縄文人は巨木を運ぶという、この難儀な機会を使って何かを仕組んだに違いない。日本の奇祭、御柱祭(長野県諏訪市)の情景が髣髴と浮かんできた。
コリチカム (Colchicum) ギボウシの葉の間から (画像削除)
 実生のホトトギスから白花がでました。
近くの神社で拾ってきた木の実。
□ カヤ (Torreya nucifera) □ スダジイ (Castanopsis cuspidata var. sieboldii) □ マテバシイ (Pasania edulis)
有り難いことに、そこの神社は鎮守の森として残されております。
カヤ、スダジイ、マテバシイ、コナラ、クリ、クヌギ、ミズナラなどのドングリは、私たち日本人のご先祖さま(縄文期)が主食にしていたそうです。 栽培せずとも、時期になれば上から食物が落ちてくるわけですから、自然植生の中で生きることは、保存と調理方法さえ身につければ想像以上に豊かなものかもしれません。 先人の智恵をとり入れることに抵抗のある人間が多い現代では、自然の実像と本質に触れることのないままにそれらを破壊しつづけています。 回復システムとしての自然の容赦の無さ、完全なる秩序を感じとって初めてその尊さも理解できるというものでしょう。 「自然保護」という言葉は、人類が自然から切り離された存在だということを暗に意味し、それこそ自然との隔絶宣言と聞こえてなりません。
狩猟採集で生活しているアボリジニーは、1日の多くの時間を歌、踊り、民芸品の製作に充てているそうです。
 実生から育てたホトトギスが開花しました

 きのう上野公園の陶器市で衝動買いした切り子です。(\1000) 飲み物によって葡萄の色が変わるところが特に好きで、遊び心を感じます。
園内の椿の種子を頂いて帰りました。 どんな花が咲くのか、今から楽しみです。
|