日記でもなく、手紙でもなく
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2004年06月04日(金) 三宮・モントレ神戸

 夕方の新幹線で神戸まで。
 
 普通神戸に来るようなときは、一度大阪経由でやってくることがほとんどだった。
 今回は、直接新神戸まで出て、地下鉄で三宮まで。新幹線の中で、かなり熟睡する。

 地下鉄一駅で三宮。
 駅から地上に出たところの位置感覚がゼロ。かなり焦ってしまう。やはり地上の駅だと、大体の見当がつく感じなのだが、地下鉄だと方角が全くわからないことがままある。

 行ったり来たりしながらうろうろしていると、(かなり時間をロスしたが)なんとか目印の東急ハンズがわかり、ホテルへ向かう方角がわかる。やれやれ。
 モントレ神戸は、雑然とした飲食店街のど真ん中にあるようなホテルだ。ヨーロッパのお城の雰囲気が売りというホテルらしいのだが、こんな場所にあると、(夜にここへ到着すると)妖しいラブ・ホテルまがいに見えなくもない。
 中に入ると、全く雑踏の音が遮断されてしまう。


2004年04月26日(月) 吉祥院天満宮

 朝、更新されて表示されるネットのニュースのタイトルを見たら、子供の頃住んでいた家のすぐそばにあった天満宮の春祭りの記事が出ていた。
 昨日の春季大祭の核が、豊作祈願であるのは日本各地の春祭りと変わりはない。ただ、鉦と太鼓、笛などによる六斎念仏が奉納されるというイベントが付随することで、少し有名なところもある。そのような比較的派手な念仏の中で、獅子や土蜘蛛の踊りが絡まり、見世物的な要素もあったりする。

 土蜘蛛の踊りの中には、(細い紙で作られた)蜘蛛の糸をぱぁーっと投げるところがあり、子供にとってはそこがまさにクライマックスの一瞬。
 ただ、六斎「念仏」そのものは、子供にとってはかなりかったるいものであることも事実だった。

 ちょうど家から小学校までの通学路の途中にあった神社で、学校の帰りにはここで少し時間をつぶしたり、遊んでいたことを今でもよく覚えているし、祭りの露店には、当時子供向けパチンコ店やスマートボールの店なども出ていて、今から考えると不思議な雰囲気があった。

 平安期、空也上人により始められたとされる六斎念仏は、室町時代に庶民芸能として普及したと言われている−−、そんな記事を読んで、京都らしく長い時間がその中にこめられていたことをあらためて知る。



2004年03月15日(月) 拾得されてしまったものを取りに....

 先週の金曜日に家に戻ると、運転免許証が拾得物として届けられているというはがき。3月17日までに警察署に取りにくるように書かれている。
 全く落とした記憶のない免許証だったが、よく見ると確かになかった。

 今日、そこの警察署に行って、はがきと引き換えに免許証を受け取る。
 拾って頂いた方は、名前を伏せておいてほしいということだったので、書類はその部分が隠されて、こちらの住所と署名・捺印をして、無事戻ってきた。

 自分で気が付いていればまだしも、全く気が付いていなかったというのは、なかなかギョッとするものだ。


riviera70fm |MAIL